・・・そば!ソバ!蕎麦!・・・酒そば本舗奮闘記!

2021/08/04(水)06:51

さま変わり

ひとり言(1331)

土曜日のお楽しみ、NIKKEIプラス1より、 最終面の「生活モニター会議」、今週のテーマは"里帰りして驚いたこと"でした。 やはり何といっても両親の変わりように驚いたという人が多いですね。 高齢の母親の元気さ。「趣味のフォークダンスの衣装研究のため大学の聴講生になっていた」とか、「若いアイドルのポスターがベタベタ壁に」とか。確かに驚くかもしれませんが、これはこれでうれしいことに違いありませんね。 一方父親の方はどうかというと、『家事は何もできなかった父親が洗濯物を畳んだり、掃除機をかけたりしていてびっくり」というのがありました。・・・何だか身につまされます。(笑! 私は学生時代を4年間名古屋で過ごしたのですが、数年前に同窓会に出席した折、懐かしさのあまり4年間を過ごした下宿先があったところを訪ねてみたことがあります。 思えば当時私は、木造2階建ての民家(全部で4部屋あった)の4畳半一間を、一月5000円の家賃で住まわせてもらっていたのでした。その隣の同じ作りの家には、仕事先の社宅に移った大家さんのお兄さん夫婦が住んでおられて、管理人のかわりをしておられた。携帯電話などない時代でしたから、こちらから実家へ電話するときは公衆電話を利用しましたが、家からの電話はお兄さん夫婦の家で取りついてもらった。家から電話があると、奥さんが呼び出しに来てくれたものでした。 大家さんはともかく、お隣のお兄さん夫婦はおられるに違いないだろうと思って、手土産の一箱もつまんで、かの場所へ行ってみたのでしたが・・・。 大家さん兄弟夫婦の家のあったところには、高層マンションがドーンと建てられていて、木造2階建ての同じ作りの家2軒は跡形もなく、はじめ私は道筋を一本間違えたのかと思ったほどでした。近所にあったまかないの食堂もモーニングセットをよく頼んだ喫茶店もお好み焼き屋(名古屋なのに、なぜか間に焼きそばを挟んだ広島風のお好み焼きだった)もなかった。目印となったのは向かいにあった内科の町医者の古めかしい建物と道に突き出したように設置された看板。これは当時のままだった。 考えてみれば、当時でさえかなり古い作りの木造の民家でしたから、それから40年以上もそのままであるわけがない。大通りから脇道1本隔てた住宅街でしたから、不動産開発の波が大家さんの家とお兄さんの家を飲み込んでしまったのでしょう。 私はその場でしばらくたたずむや、がっくり肩を落としてかって通学に通った駅(中央線千種駅)へと引き返したのでした。 ◆酒そば本舗トップページへ◆ **貴方の共感できる生き方がきっとある** にほんブログ村 FC2ブログランキング 人気ブログランキング PINGOO! ノンジャンル

続きを読む

このブログでよく読まれている記事

もっと見る

総合記事ランキング

もっと見る