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2024/01/07(日)11:50

富士は日本一の山

ひとり言(1346)

初夢は、読んで字のごとく新しい年を迎えて初めて見る夢ということになりますから、元旦か2日の未明に見ていることになるのでしょうけれど、私に限って言わせてもらえれば、そもそも夢を見るということは案外少ないのではないかと思っています。・・・っていうか見ているには違いないのでしょうけれど、覚えていないのでしょうね。どちらかといえば、目覚めの悪い夢は覚えているのに、いい夢、楽しい夢となると記憶にないというのは困ったものです。 ・・・正月早々まったく夢のない話をしていますね。(笑! 今年は元旦の夕刻に発生した能登半島沖大地震の余震が今も続いているので、夜も揺れで目を覚ますことしばしば、夢を見るどころではありません。 さて皆さんは、どんな初夢をご覧になられましたか。初夢は、一富士、ニ鷹、三なすびと言われていますが、これは何も縁起のいい夢の順番を言っているのではなく、この三つの夢のうち何れか一つでも見れたら、縁起が良いということだそうです。 富士山といえば、 あたまを雲の 上に出し 四方の山を 見おろして かみなりさまを 下に聞く 富士は日本一の山 日本人なら誰しも口ずさむことができる文部省唱歌「ふじの山」を思い起こすことでしょう。ところがその富士山が日本一の山ではなかったと言えば、誰しもそんな馬鹿なと思われることでしょう。 少し古くなりますが、2013年5月2日の日経コラム"春秋"を読むと、この歌が発表された1911年当時は、富士山は日本一の山ではなかったと書かれています。 真相はこうです。皆さんは「新高山」をご存知でしょうか?ご存じない人でも「ニイタカヤマノボレ一 一ニ〇八(ヒトフタマルハチ)」は聞いたことはあるでしょう。 台湾の中央を南北に走る山脈の中南部に位置する「玉山」の標高は3,952m。「ふじの山」が尋常小学唱歌に載った1911年(明治44年)当時、台湾は日本領であったことから、標高3,776mの富士山は2番目に高い山であったというのが、コラム氏の茶目っ気たっぷりの主張。 日本統治時代に明治天皇により富士山よりも高い「新しい日本最高峰」の山という意味で、「新高山」と名づけられたというおまけまでついていました。 明治帝が新高山を「新しい日本最高峰の山」とおっしゃられたにもかかわらず、富士山が日本一の山であり続けたのは、日本人の心の中に昔も今も流麗にそびえ立ち続けているからと言えましょう。 ちなみに我が郷土富山県を代表する民謡・越中おわら節の合いの手(囃し)にも、富士山が出て来ます。 越中で立山 加賀では白山 駿河の富士山 三国一だよ ここでも富士山は日本一だと言っていますね。郷土の立山を自慢しながらも、富士山は別格であると褒めるているところに、奥ゆかしい越中人の気質を見ることが出来ます。 ことほどさように日本人なら、富士山には切っても切れない格別の思いがあるといえましょう。 さて歴史を遡ると、下関講和会議により、台湾が日本に割譲されたのが1895年(明治28年)のこと。そしてこの唱歌が発表される前年の1910年(明治43年)には、日本は韓国を併合しています。 当時台湾や韓国でも日本と同じ教育制が引かれたわけだから、この文部省唱歌「ふじの山」は、台湾や韓国の子どもたちも尋常小学校で歌った(あるいは歌わされた)と想像されます。 我々は何の違和感もなく、「富士は日本一の山」と声を揃えますが、当時の台湾や韓国の人たちはどのような気持ちでこの歌を歌ったことだろうか。今日ただ今のわが国とお隣の友好国・韓国、さらにはその北に位置する半島の付け根にある国とのぎくしゃくした関係を思うとき、暗い気持ちに心が沈みます。 富士山も 玉山も 白頭山も 三国一だよ こんな合いの手を入れたいものです。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「酒とそばと」幻冬舎から好評発売中 この度幻冬舎さんのご協力を得て、拙著『「酒」と「そば」と』を出版しました。このブログの酒とそばについて書いたものを加筆修正したものです。肩肘張らずに気軽にお読みいただけるエッセイ集です。 まず「はじめに」から、書店での立ち読み気分をお味わいください。 はじめに 小粋な蕎麦屋に入って、いきなり「天婦羅そばを一つ」なんて注文するのは、いただけませんな。まあ、うどん屋に入ったわけじゃないのだから、蕎麦屋に入ってそばを注文して何が悪いということになるのでしょうけれど。しかし、もしあなたが「そば通」と呼ばれたいのなら、そして真の「酒飲み」と呼ばれたいのなら、カウンターに座ってまずは厨房からこちらの様子を眼光鋭くうかがういかにも頑固そうな店主の視線を浴びながらも、店の雰囲気をしばし味わうようなそぶりを見せてから、おもむろにこのように言ってみたいもの。 「酒を一本つけてください。熱燗がいいでしょう」 そんな古き良き時代の蕎麦屋の流儀なるものについて書かれた本を、書店で目にしたことがありました。私がまだ高校に上がったばかりのころだったでしょうか。 ほぉ~、蕎麦屋とは、まず酒を飲むところだというのか。俺もやがて蕎麦屋へ入ることがあったら、そんなセリフを吐いてみたいものだと思ったものでした。 ・・・あれから五十年、何の因果か製麺業を営むことになった私は、その蕎麦屋へそばを納めに行っては、「毎度ありがとうございます。今日から新そばで打ってあります」などと言うことはあっても、「酒を一本つけてください。熱燗がいいでしょう」などと言ったためしが久しくなかったことに今さらながら気づき、失望に打ちひしがれています。 日々仕事に追われながらも、いつかきっとそんな至高の悦楽を味わうことができる日の来ることを夢見て、「酒」と「そば」のうんちくを秘かに温めていると、驚いたことにこれはこれで楽しいではありませんか。 そのささやかな楽しみの一端を披露して、世の酒好き、そば好きといわれる皆さんと喜びを分かち合うことができれば幸せと、ペンを執った次第です。 「酒」と「そば」、二編に分けてご紹介していきましょう。 まずは「酒」編より、人は何故酒を飲むのでしょうか? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 第一部「酒」編 「過ぎたるは及ばざるがごとし」 古来より「酒は百薬の長」といいます。実にいい響きを持ったことばですな。私は常々この心地良い響きを妻に言って聞かせるのですが、妻は私にこう言うではありませんか。 「あら、そういうものですか。では『過ぎたるはなお及ばざるがごとし』って、どのように響きになって?」と。 このほど世界保健機関(WHO)が発表したところによると、2016年に世界で死亡した人のうち約三百万人が、飲酒関連が原因と考えられるということです。「酒は百薬の長」とも語り継がれているのに、これほど多くの人が、飲酒が原因で命を落としているということは、これはやはり飲み過ぎたから、ということになるのでしょうか。 大雑把な計算になりますが、世界の人口を約七十億として、アルコールを摂取する人の数を約半数と考えれば、35億。 3,000,000 ÷ 3,500,000,000 = 0.086% という計算になりますから、なんだ、酒飲みの千人のうちの一人以下じゃないかと胸を撫で下ろした愛飲家の方、多いのではないでしょうか? しかしながら、どうしても気になるのは、どれだけ飲めば「過ぎたる組」になるのかということ。WHOの定義によれば、大量機会飲酒とは純アルコール換算で60グラム以上の飲酒機会を30日に一回以上持つことと書いてあります。そこで早速調べてみました。エチルアルコールの密度は、0.789g/ml ですから、 60 ÷ 0.789 = 76 ml、ビールのアルコール度数は、概ね5%と考えれば、 76 ÷ 5% = 1,520mlビール大瓶(633ml)二本半という計算になります。同様に清酒のアルコール度数を15%として計算すると、2.8合。 すなわちビールなら三本、清酒なら三合をひと月に一回でも飲む機会があれば、WHOは大量機会飲酒と定めているということになります。 確かにわが国はWHOに加盟しているかもしれないが、私個人はWHOになど加盟していないと主張する人もいるでしょう。見上げた心意気と拍手喝采を送りたいところではありますが、清酒三合以上を飲んだ翌朝のことを常々経験している者からすれば、やはりそうであったかとうなだれるしかありませんね。 あなたはうなだれる口ですか、それとも清酒三合ぐらいではうなだれませんと豪語する口ですか? う~む、古来より語り継がれてきたことわざ「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」とは、なるほど深い含蓄のあることばだと認めざるを得ません。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 飲ん兵衛な製麺会社社長が綴る、クスっと笑える蘊蓄(うんちく)が満載。 酒の文化や歴史、あらゆる種類の「○○そば」の由来、偉人の逸話に至るまで。 世の酒好きとそば好きに贈ります。日本人たるもの、これを知らなきゃはじまらない。 ぜひご一読いただければ幸いに存じます。 ◆酒そば本舗トップページへ◆ **貴方の共感できる生き方がきっとある** にほんブログ村 FC2ブログランキング 人気ブログランキング PINGOO! ノンジャンル

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