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・・・そば!ソバ!蕎麦!・・・酒そば本舗奮闘記!

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2020年03月25日
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新型コロナウイルスの猛威はとどまるところをしらず、世界中で拡大の一途をたどる様相です。「パンデミック」という言葉が重く人々の心にのしかかります。

昨日立ち寄った書店で、こんな書物が目にとまりました。




この世の中には自ら単独では生きていけないものの、他の生物を宿主としてその生物に寄生して生きるという生物が多くいることは知っていましたが、題名にあるごとくまさにこんな「えげつない」寄生生物がいるとは知りませんでした。

寄生した宿主から栄養を摂るだけでなく、その宿主の行動までコントロールしてしまう「えげつない」というより恐ろしい寄生生物がいるとは、俄かには信じがたいです。

ところでコロナウィルスというのは、生物のなのか生物でないのかという議論は専門家に任せるとして、人の細胞内に入り込みそこで増殖するということからすれば、これは生物とは言いがたいとしても、コロナウイルスは人に寄生するといえるのではないか?

本書に取り上げられているさまざまな生態をもった寄生生物よりも、「えげつなさ」については群を抜いた感のある新型コロナウィルスといえます。




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最終更新日  2020年03月25日 11時50分04秒


2020年03月19日
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天は二物を与えずといいますが、何ごとにも例外があるのは世の常でもありましょう。例えば文壇に目をやれば、作家にして医者という大きな二足のわらじを履いているという人いますね。

まずすぐ名前が出るのは、明治の文豪・森鴎外。鴎外は軍医でしたね。斎藤茂吉は歌人にして精神科医。その子息である北 杜夫も父同様精神科医で作家。手塚治虫は医学博士でありながら、医者の道に進まなかった変わり種。まあ、その種は言うまでもなく大天才の種だったわけですが。

昭和・平成にまで時代を下ると、「失楽園」の渡辺純一は確か外科医でなかったか。時代小説で次から次へヒットを飛ばす上田秀人は、歯科医師の顔を持つ。

もう一人私の好きな作家をあげるとすれば、篠田達明。かなりお歳を召されたようですが、整形外科医としての知見をもとにした『モナ・リザは高脂血症だった』『徳川将軍家十五代のカルテ』『歴代天皇のカルテ』『偉人たちのカルテ』などのユニークな作品を書いている。

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モナ・リザは高脂血症だった [ 篠田達明 ]
価格:734円(税込、送料無料) (2017/3/11時点)




ところで近頃の若い医者は、カルテに記入された検査データばかり見て、患者を診ようとしないと言われて久しいです。大きな病院へ行けば、レントゲンを撮られ、血を採られ、尿を調べられ、あれやこれやの検査、検査検査の連続。それだけで半日を費やしてしまう。ようやく診察室に通されてみれば、若い医者が検査データが打ち込まれたパソコンのモニターを見つめながら、こちらを向うともせず、「〇〇の数値が異常ですねぇ~」などと言うだけ。数字が高いか低いかぐらいなら、私にだって言い当てられる。

その昔名医と言われた医者は、まず「どうなさいました?」と患者の顔色を優しくうかがったものです。

篠田先生こそ、患者の顔色どころか名画に描かれているモデルの顔を見るだけで、ピタリと隠れた病気を探り当てるという名医。

篠田先生は、かの名画を見ただけで、モナ・リザは高脂血症だったと診断されています。


皆さんも『モナ・リザの微笑み』に隠された意外な病気の秘密を探ってみてください。

『モナ・リザは高脂血症だった』お奨めの一冊です。








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最終更新日  2020年03月19日 11時50分05秒
2020年03月17日
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「腹八分目に医者要らず」と言いますが、八分目より七分目の方がいいらしいです。皆さんはサーチュイン遺伝子ってご存じですか?

ウエブトピックスより
老化を防ぐサーチュイン遺伝子 「腹七分目」で活性化促進


サーロインなら聞いたことがありますが、サーチュインなんて初耳です。
しかもサーロインを腹一杯食べるとサーチュインが休眠してしまうというのですから、健啖家にとってこれほど皮肉なことはありませんね。

詳しくはこの本をご覧あれ。




若く健康な体を維持するには、絶えず腹をすかせていることだそうですが、はたして皆さんは鉄の意志の「サーチュイン」派、それともあきらめの「サーロイン」派?

えっ、お前はどうなんだ、ですって?

私はどうかといえば、あきらめきれぬ「サーロイン」派です。(爆笑!




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最終更新日  2020年03月17日 11時50分05秒
2020年02月28日
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お奨めの一冊。本棚から取り出してまた読んでいます。

「江戸川柳で現代を読む」 (小林弘忠著 日本放送出版協会)


当時詠まれた江戸川柳から読み取れる時代背景を考証し、はたして当時と現代とどちらが住みよいだろうかと、読者に鋭く問う。名著です。



傑作ぞろいの川柳の中から、私が選んだこれぞ江戸川柳というもの二首をご紹介します。

夕立に取り込んでやる隣の子

出ぬ乳も泣く子の口へ箸やすめ



にわか雨に隣の家の洗濯物と子供を家に入れてやる隣の御かみさん。

・・・エライ!

母親が用事で留守にしている間、ひもじいと言って泣く隣の乳飲み子に、もうすでに出なくなって久しい自分の乳首を含ませる長屋の御かみさん。

・・・かぁ~、泣けるね!


情にあふれる当時の江戸市民の生活ぶりがじ~んと伝わってきて、まさしく涙ものだ!

書名にあるごとく現代の世相と比較すると、はたして当時と今とどちらが住みよい世の中なのだろうと思ってしまいます。



現代なら、さしずめ・・・・・(以下の二首は私が作りました)


マンションの上から落とす隣の子

我が子にも飲ませてなるか乳たれる



人の痛みに敏感である、そんなやさしさって、やはり大切だと思った次第です。





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最終更新日  2020年02月28日 11時50分06秒
2020年02月22日
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何もかも忘れて、ぶらり放浪の旅に出てみたいという誘惑に駈られることありませんか?

しかし、今の生活や仕事、さらには家族のことを思うと、それらを打ち捨ててまで自由奔放に行動する勇気を持ち合わせていない小心者の私は、ある意味幸せであるに違いないと思ったりもしています。 
   

放浪の旅をしてみたいが、そんな勇気は持ち合わせていない。しかし、それ故に幸せであるだろう人々にお奨めします。この本を読んで放浪してください。


篠藤 ゆり著 「旅する胃袋」

本棚から取り出して、また読んでいます。


【送料無料】旅する胃袋 [ 篠藤ゆり ]

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価格:720円(税込、送料別)



標高4000メートルにある寺でバター茶に癒され、香港で禁断の食材を味わい、砂漠で人生最高のトマトエッグスープに出会う。

見知らぬ世界各地を旅し、土地土地の珍しい食べ物を口にしてみたい・・・、誰でも思うが、なかなか叶うことがない願望を、この一冊は寝床で温かい布団に包まりながら叶えてくれます。

ただし、お腹がへってなかなか寝つかれなくなってしまうのが欠点ではありますが・・・。(笑!


それに今は新型コロナウィルスの感染が騒がれていますからね。そんな物騒なリスクは、寝床で放浪の旅をさせてくれる「旅する胃袋」にはまったくありませんから。(笑!





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最終更新日  2020年02月23日 06時35分07秒
2020年02月16日
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日経連載の伊集院 静氏による「ミチクサ先生」は、今日が第154回目。

若き日の漱石の日々を伊集院氏は「ミチクサ」と呼んでいますが、今日まで連載を読んできて、なるほどなと思います。

若き日の漱石が歩んだ「ミチクサ」については、これはやはりどうしても正岡子規との親交抜きでは語れないのは言うまでもありませんね。伊集院氏もこの二人の天才の若き日の交友に、これまで多く紙面を費やしています。

ところで俳句ということであれば、日本人なら松尾芭蕉を知らぬ人はいませんね。同じく与謝蕪村も同様でしょう。時代が新しくなって明治期ということであれば、どうしても正岡子規をあげぬわけにはいきません。

芭蕉といえば「古池や蛙飛び込む水の音」、蕪村なら「菜の花や月は東に日は西に」の句が名前と一緒に浮かんで来るように、子規であれば「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」ということになります。

今日の「ミチクサ先生」は、この子規の名を永遠たらしめた「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」の発句の場面がみごとに描写されていました。

この時すでに子規は結核菌によって体の奥深くまで蝕まれていて、おそらく子規も自分には残された時間が限られていることがわかっていたのでしょう。東京でやらねばならぬことがあると、母親や妹、そして漱石の必死の説得にも応じず、帰郷し療養していた故郷松山(漱石は松山中学の教師としてこの地に赴任していた)を発っています。

その途中、神戸、大阪、奈良、京都と旅をしている子規。旅といってもこの当時は、どうしても道中歩くということになってしまう。腰の痛みのために旅を続けることが出来なくなった子規は、奈良で宿を取り数日逗留することにした。

伊集院氏は、子規が発句したのはその宿の一室で所望した御所柿を口にしたときのことであると、このように描写しています。


美味い、と子規が声をあげた時、釣鐘を打ったような音色が聞こえた。

「どこの鐘ぞな?」

「東大寺ですね」

「ふぅ~ん」


調べてみると、子規が故郷から奈良、京都を旅して東京へ向かったのは明治28年のこと。明治25年に日本新聞社に入社し、日清戦争の従軍記者として中国に赴いたのが前年の27年のこと。日本へ帰って来るときの船中で、激しい吐血をしたことは、おそらく子規の手記に残されていたからでしょう。「ミチクサ先生」でも書かれていましたし、「坂の上の雲」でも描写されていました。

すでにこの時子規の体を蝕む結核菌は肺はおろか脊髄にまで達していて、カリエスを発症していたために、歩くことも困難になりつつあったことが想像されます。

いわば、自分に残された生を見極めた時に発句したのが、かの句であったということになるのでしょう。


ところで「ミチクサ先生」の連載は2月20日で終了し、新連載が始まるということです。伊集院氏が突然の病で倒れられ、執筆が困難と報じられていますから、若き日の漱石の「ミチクサ」が途中のまま終了するのは残念の極みですが、子規の最後を見送ることになる「ミチクサ先生」を見ずにすむのは、なんとなくほっとした心持ちではあります。

伊集院静氏が健康を一日でも早く回復されることを心より祈念してやみません。




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最終更新日  2020年02月16日 11時50分06秒
2020年01月03日
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日経連載の伊集院 静氏による「ミチクサ先生」は、今日が第111回目。

冒頭「明治22年の暮れ、金之助は牛込の家に戻った」と書かれています。

明治22年といえば西暦1890年。漱石は1867年(慶応3年)の生まれであるから、この時23歳の青年ということになりますね。大学予備門(のちの第一高等中学校)に入学してから5年の歳月が流れた年の暮れということになります。

漱石に多大な文学的、人間的影響を与えることになる正岡子規は、このとき病気療養のため故郷の松山に帰省中で、東京と松山の間の漱石と子規との手紙のやり取りについて書かれています。

この明治22年の大晦日にしたためた漱石の手紙は、実に巻紙にして4尺(1.2m)。これを年が明けた正月に読んだ子規がその日のうちに書いた返事が、7尺(2.1m)にも及ぶ長文だったと紹介されています。

しかも、両者とも恐ろしいくらいの早書きで、それでいてほとんど書き直しが見当たらないというのですから、幼い頃より漢書に慣れ親しんでいた両者には、こと文筆に関しては天与の才能がそなわっていたことを物語っていますね。


さて、この若き日の漱石について語る「ミチクサ先生」、子規はもとより、秋山真之、そして当然のごとく鴎外もその名が出てまいります。元旦の110回では、松山の実家に戻り静養中の子規のもとに東京の様子を聞こうと数多くの若者が訪れたと書かれており、その中に高浜清の名が見えます。その前の109回では河東秉五郎(へいごろう)の名も。

清少年(のちの高浜虚子)については、「清は偏向者(へんこうもん)じゃなもし」と誰かが言ったと紹介されており、秉五郎少年(のちの河東碧梧桐)については、母親が心配するほどの恥ずかしがり屋であったが、このときはっきりと子規に俳句を習いたいと申し出たと。

俳句の17文字の規律にあくまでも厳格にこだわったという虚子と、17音の縛りにとらわれず自由奔放な発句もいとわなかった碧梧桐の少年期が、実にさりげなく巧みに描かれていますね。

のちに子規の門下生となり、その後継者となるこの両者に、子規はどう答えたかというと、

「偏向者、結構じゃないか。他人と同じことをするより、よほどええぞ」

「そいか、君は俳句をやるか。今日は俳句でなしに、これから原っぱでベースボールをやるけえ、それを教えたろう」


若き日の子規のすがすがしい姿が目に浮かぶようです。





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最終更新日  2020年01月03日 20時05分29秒
2019年12月28日
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日経連載の伊集院 静氏による「ミチクサ先生」は、今日が第106回目。

若き日の「ミチクサ先生」こと漱石を語るとき、東大予備門の同期生であった正岡子規との出会いは欠くことができないのは、少しばかりでも「漱石」か「子規」を学んだことのある者にとっては常識。

ましてや同じ文学の道をこころざし、"物書き"を生業としようとする伊集院氏ですから、この「ミチクサ先生」で子規について大きく紙面を割くことになるのは、なんの不思議もないことでしょう。

前回取り上げた時は、第67回の時。この時は子規と"野球(のボール)"について書かれていた。

そしてやはり子規がはじめて喀血をみた時のことが書かれていたのが、つい数日前のこと。その子規を励まそうと若き日の「ミチクサ先生」・夏目金之助が子規に送った手紙に、「漱石」という号が初めて記されていたことについて触れているのが、今日ということになります。


驚くべきは、「漱石」の由来となる中国西晋時代の「枕石漱水」の故事を、幼いときから漢書に親しんでいた二人が、当たり前のごとく共有していたということ。

手紙には子規が著した「七草集」を読んだ漱石の感想が、28文字からなる七言絶句で書かれていたと。

・・・漢詩を書く方も書く方。その漢詩の意図するところをたちどころに理解し、「夏目君は本物の畏友じゃ」と涙する子規もスゴイ。さらには「漱石」という号は、子規も松山時代から名乗ろうと考えていた号の一つだったと紹介されているではありませんか。

ほぉ~、・・・もし子規が肺病を患わず喀血することもなかったとしたら、この大天才は「正岡漱石」と名乗っていたかもしれませんね。

そうしたら若き日の「ミチクサ先生」は、夏目何んと号しただろうか?






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最終更新日  2019年12月28日 12時48分45秒
2019年12月09日
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暇と少しばかりの金があれば、貴方は何をしたいと思われますか?

私なら在り来たりかもしれませんが、あてもなく世界中を巡って、その土地々々に住む人々が食べているものを食べてみたい。

貧乏暇なしということばを地で行く生活をしている身の上を思えば、とても叶うべくもない願望ではありますが、本屋でこんな本を探してきて、眠りにつく前の30分余り、行けもしない世界ぐるっと一人旅を寝床の中で味わっております。




現地に住む人が普段食べているものにこそ、とびっきり美味いものが味わえるというのが著者の信条。

写真家であり料理研究家でもある著者が、世界中を食べ歩いて50年、その折々に書き留めたエッセイを豊富な写真とともに紹介してくれています。



寝床の中にいながら世界をぐるっと回り、現地の美味しいものを堪能できる「世界ぐるっとひとり旅、一人メシ」。あなたもいかがですか?

ただ、時としてお腹がグーグーなって眠れなくなることがあるのを覚悟しなければなりませんが。(爆笑!




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最終更新日  2019年12月09日 11時50分06秒
2019年12月07日
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「御用だ、御用だっ!神妙にしろいっ!」

時代劇の捕り物のシーンで必ず耳にする取り方の掛け声ですが、このような掛け声を発するのはあくまで町方の御用聞きの小者(町人)で、町方の同心は決して言わなかったってこと、ご存知でしたか?

本屋で偶然手にした本、「うちの旦那が甘ちゃんで」の冒頭に書いてありました。

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うちの旦那が甘ちゃんで (講談社文庫) [ 神楽坂 淳 ]
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本書の主人公は、江戸南町奉行所の風列廻り同心・工藤月也とその妻・沙耶。

南北の奉行所にあわせて250人あまり配されていたという同心の中でも、風列廻り同心は、凶悪な事件を担当する同心で、いわば花形。4人しかいなかったと書いてあります。

その花形であるはずの工藤月也は題名にあるように実に困った「甘ちゃん」。のほほんとした性格から、盗人を取り逃がすことが多く、付き人である小者たちは愛想を尽かして次々に辞めてしまう。

小者を持たぬ同心は、猟犬を持たないで狩りをしようという猟師のようなもので、「ワン、ワン!」とほえたててキツネを追い込んで、ご主人様の出番を待つ猟犬を想像してもらえば、同心と小者の大切な関係がわかってもらえるでしょう。

冒頭にあげた「御用だ、御用だっ!」は、いわば「ワン、ワン!」に当たるということでしょうね。(笑!


ブックカバーに画かれたイラストを見てみると、月也とおぼしき同心が挟み箱を担いで歩いている。その後をアジサイの植木鉢を抱えて歩いているのが沙耶なのだということがわかります。


この挟み箱こそ小者が担ぐべきもので、これを担いで主人である同心のあとを追うのが、町方同心と小者の本来の姿。この箱の中には捕り物に使用するもろもろの道具(例えば捕り物専用の大きい十手や捕り縄など)が入っていて、これがなければ同心は仕事にならなかったというのは、ちょっと驚きです。テレビの時代劇には、小者が挟み箱を担いでいるなんて、決して出て来ませんものね。

さて、その己の分身ともいえる大切な小者に逃げられてしまった風列廻り同心・工藤月也は、この窮地をどうしのぐというのでしょう。

「うちの旦那が甘ちゃんで」・・・、亭主の前では決してそんな素振りも見せないしっかりものの女房・沙耶は、甘ちゃんの月也をどう支えるというのでしょう。

同心の女房が「御用だ、御用だっ!」と叫びながら駆けるっていうのは、見たことも聞いたこともありませんが・・・。




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最終更新日  2019年12月09日 04時57分59秒
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