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・・・そば!ソバ!蕎麦!・・・酒そば本舗奮闘記!

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詩、俳句、短歌、川柳、都都逸等

2020年08月04日
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今年は暦の関係で土用の丑の日が7月に1回と8月に入ってからもう1回、都合2回あったということです。

・・・そういえばウナギの蒲焼を二度食べたような。(笑!


わが家でそうであったように、現代人は土用の丑の日と言えばウナギを好んで食べるようですが、ウナギを蒲焼にして食べるようになったのは比較的新しいということご存知でしたでしょうか。

ウナギはもちろん日本にも固有種が古くから生息していて、食用にされて来たのは間違いないことですが、どのようにして食べていたかというと、江戸時代の初めころまでは、開いて蒲焼などにせず、ぶつ切りにしてそのまま煮るか焼くかして食べていたということですから、ずいぶんワイルドではありませんか。(笑!

そもそも江戸人はウナギをあまり食しなかった。では何を食べて暑い夏を乗り切ったのだろうかというと、どじょうを好んで食べたというのです。


江戸の美味いものを題材にして、当時の人々の暮らしと生き様を鮮やかに蘇らせるエッセイ「大江戸美味草紙(むまそうし)」(杉浦日向子著)。

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当時の江戸人が好んで食べた美味しい食べ物を川柳とともに紹介しています。その「暑気払いの切り札」の章に取り上げられていたのは、「どじょう」。

そのどじょうはどのように調理されて食べられたか?


ささがしの牛房(ごぼう)のそばで皆殺し

念仏も四五へん入れるどじやう汁


笹掻(ささが)きにしたごぼうと一緒に煮られて、あえない最期をとげるどじょうをうまく表現していますね。江戸人はどじょう鍋が大好物であったそうです。

私も東京観光で浅草の有名な老舗のどじょう料理屋で、このどじょう鍋を食べた経験があります。

先にあげた川柳では「どじょう」を「どじやう」と表記してありますが、私が訪れた老舗のどじょう料理屋の暖簾には「どぜう」と書いてあったと記憶しています。

「どじやう」と「どぜう」、何れが正しい表記か?

正解は両方とも「 ○ 」。(笑!


杉浦さんがどじょうの表記の仕方の違いについて、説明してくれています。

「どじやう」はどじょうが生きているときにこう書き、「どぜう」は食い物になったときの呼称であると。

すなわち、「どじやう汁」は生きたのをそのまま鍋に入れるからあくまで「どじやう」で、「どぜう鍋」はあらかじめ骨までやわらかく下茹でした姿煮や、裂いて頭を落とし骨や内臓をきれいに取り除いた開き身を用いるから、すでに「どじやう」ではなく食材としての「どぜう」なんだそうです。

なるほど、そういうわけだったのですね。江戸人は妙なところにこだわりを持ったんだな?これも江戸人が命の次に大切にしたという粋というものなのでしょう。

そういえばかの老舗のどじょう料理屋では、柳川鍋の注文を取るとき、「骨付き」「骨抜き」を問われました。「骨付き」にしろ「骨抜き」にしろ下処理されているから、「どぜう」ということになりますね。暖簾に書かれていた文字には、そういう深い意味があったのでした。


土用の丑の日はすでに過ぎましたが、今宵「どじやう汁」で江戸人の粋をいっしょに味わってみるのもまた乙というもでしょう。






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最終更新日  2020年08月04日 11時50分04秒


2020年04月08日

昨夜は日本各地でスーパームーンが観測されたということです。
太陽と太陽の周りを回る地球、そして地球の衛星である月の軌道上の位置がどのような配置になったときに、月が大きく見える現象が起きるのか、またその配置は何日ごとに繰り返されるのか、私にはその知識がありませんが、前回スーパームーンが話題になったのはついこの間のこと、今年の3月のことでしたから、一月ごとに発生するということ?

おそらく今回たまたま太陽と地球、そして月の軌道上の配置が短い間隔でそのようになったということでしょう。毎月スーパームーンが観測されるって話聞いたためしがありませんからね。


有史以来私たちの先祖は、月を見て来たのは疑いのないことですが、日本人はなぜか月が大きく見えることにはあまり注意を払わず、月が満ち欠けすることに強く琴線を揺さぶられたようです。


天の原ふりさけ見れば春日なる 三笠の山に 出でし月かも 阿倍仲麻呂

月やあらぬ春や昔の春ならぬ 我が身ひとつはもとの身にして 在原業平

願わくは花の下にて春死なん そのきさらぎの望月の頃 西行


古の人たちが月を見て詠んだ歌は、それこそ数あまたありますが、私が今思い出せるのは、上記の三首。私の拙い知識によらずとも、月がいつもより大きく見えるというようなことを歌にしたものは、まったく見当たりませんね。





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最終更新日  2020年04月08日 11時50分04秒
2020年03月11日

遠くにあるものは小さく見え、近くにあれば大きく見える。これは普段我われが経験していることですから、別段不思議なことではありませんね。

ところがその対象物が月となると、普段より大きい月が観測されるというのは、人の心に新鮮な驚きと感動を生じさせるものです。

ウエブトピックスより、
世界各地でスーパームーンを観測 巨大な?月が夜空を照らす

同時に配信されている写真を見ると、これは確かに大きい。スーパームーン(super moon)という言葉は正式な天文用語にはないということですが、これほど的確に事象を表現している言葉は他には見当たらないでしょう。

さて、太陽の周りを回る地球とその地球の周りを回る月の軌道上の位置によって、スーパームーンは周期的に観測されるわけですが、これは今に限ったことでなく銀河系に太陽とその惑星の地球、そしてその衛星である月が出来てよりこの方、繰り返されて来た天文学的事象であるわけで、有史以来の我々の先祖も月が明るく大きく見えることが繰り返されることを知っていたはずです。

それは日本でも同様であるはずなのに、日本人はなぜか月が大きく見えたり小さく見えたりすることにはあまり関心を払わなかった。むしろ月が満ちたり欠けたりすることに強い趣を抱いた。

それは月に関する言葉をあげてみてもわかりますね。「望月」「三日月」「十五夜」「十六夜(いざよい)」・・・。

これに対してスーパームーンをいう言葉はと探してみても、「大月(おおつき)」という表現にしてもはたして正しくスーパームーンのことを指しているのかというと、どうも怪しい。


月見ればちぢにものこそ悲しけれ
  わが身ひとつの秋にはあらねど

と詠んだ古の歌人は、いかなる月を見て憂愁に沈んだのでしょうか。少なくともスーパームーンなどではなかったと思いたいものです。




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最終更新日  2020年03月11日 11時50分05秒
2019年09月14日

一昨日9月12日(木)の日本経済新聞の気象欄を見ますと、昨日9月13日の暦が載っていて、旧8月15日と書き添えられています。月齢は、13.7となっています。昨晩は各地で中秋の名月を観賞された方も多いのではないでしょうか。

ものの本で読んだ話の受け売りですが、月をめでるという行為を楽しむのは日本人だけだそうですね。アメリカ人に月見をしようと誘ったら、当日望遠鏡持参でやって来たのには往生したとか。なるほど月見に違いありませんが、日本人のいう月見の感覚を教えるのに苦労したということです。


月みればちぢにものこそ悲しけれ わが身一つの秋にはあらねど


観月に望遠鏡を覗こうとするかのアメリカ人に、月を見ると身の回りのことがあれこれ際限なく悲しく感じられてくる。私一人だけではなく、みんな月を見ているだろうに(みんなもやはり悲しい気持ちになっているのだろうか・・・)と詠じた、古の平安歌人の心の中を見せてやりたいですな。





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最終更新日  2019年09月17日 17時28分39秒
2019年08月30日

紅くして黒き晩夏の日が沈む  誓子


山口誓子の目には、晩夏の日が紅くて黒く映ったということです。

人が夏の終わりに抱く物寂しい感情を紅くして黒いと表現したこの俳人の非凡なる感性には、驚き入るばかり。


春夏秋冬季節は巡るのですが、季節の終わりに同じように「晩」をつけても、どうして挽歌だけがこうももの悲しく感じられてしまうのでしょうか。






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最終更新日  2019年08月30日 14時47分57秒
2019年08月09日

今や花の都東京の新名所となって久しい東京スカイツリー。その高さ634mは、かっての武蔵の国の「ムサシ(六三四)」にあやかったものというのは、皆さんご承知のとおり。

逢坂の関より東へは足を踏み出したことがないという古の都人は、武蔵の国などというのは、家康が江戸に幕府を開いてからさえも、僻地も僻地、人の住むところではないと思っていた。

事実、「武蔵野は月の入るべき山もなし 草より出でて草にこそ入れ」という狂歌が残っているくらいですから、荒漠とした荒れ野原であったことが想像されます。

今私が狂歌と言ったのは、この歌には別の意味が込められていて、荒れ野原を歌ったというよりは、むしろこちらの方が本筋と言えるくらい。


江戸の美味いものを題材にして、当時の人々の暮らしと生き様を鮮やかに蘇らせるエッセイ「大江戸美味草紙(むまそうし)」(杉浦日向子著)に、この歌が紹介されております。

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その「酔い覚めて」の章より、酒について。江戸人はどのくらい酒を飲んだか?杉浦さんは文献を徹底的に調べて、当時の酒量をこう計算しています。

上方から入って来る上質な清酒(下り酒)は、一樽が3斗6升入りで年間100万樽。当時の江戸の人口を100万人として、その半数が飲酒したとすれば、1人1年7斗2升、一か月6升。すなわち一日2合、休肝日なし。

このほかに関東の地酒が年間15~16万樽、焼酎が3万樽消費されたことを合わせると、まさに江戸は酒びたしの街であったと。江戸ッ子がおっちょこちょいで喧嘩ッ早いのは、いつもほろ酔いかげんだったからではないかとまで言わしめています。

江戸人と酒を語るとき、冒頭にあげた「武蔵野」は切っても切れない関係にあると、杉浦さんは書いておられます。


武蔵野は見渡す限りの原野。すなわち、野見尽くせぬ地。呑み尽くせぬ・・・。

そこで呑み尽くせぬほどなみなみと酒の入る大盃のことを「武蔵野」と呼んだのだと。

この「武蔵野」を使った大酒飲み大会の記録が残っているのだとか。文化14年(1817年)3月23日、両国柳橋の料亭「万八桜」で行われたのだそうです。その記録たるや俄かには信じられないほどの大記録。

68歳の堺屋忠蔵さんは、3升入る「武蔵野」で3杯(9升)飲んだとか。かたや30歳の鯉屋利兵衛さんは、こちらはなんと6杯半(1斗9升5合)。さすがに酔いつぶれてしまったそうですが、この話には続きがあって、利兵衛さんは目覚めてから茶碗に水を17杯飲んだということです。

・・・よく目が覚めたものだと感心しますね。(笑!


酔い覚めのぞっとするとき世に帰り

あの世から急転直下生還したような気持、したたかに酔いつぶれ、目覚めたときの酒飲みの心中を押し測った川柳、見事ですね。

水を17杯飲んだという利兵衛さん、閻魔大王に酒臭いと言われ、この世に舞い戻れたのでしょうか?







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最終更新日  2019年08月09日 11時50分06秒
2019年08月04日

わが故郷北陸富山は、南側には北アルプスの3000m級の山々が屏風のようにそびえ立ち、そこを源とする川が中央の平野部を流れ、富山湾に注いでいます。

私は富山県西部の商業都市高岡市の在住。仕事の関係で県都富山市へはよく出かけますが、この行き来には、富山平野を流れる二つの大河を渡ることになります。

まず高岡から富山方面へは、出発してすぐに庄川を渡らなければなりません。それから車を走らすことおおよそ30分。富山市中心街へ入る直前には、神通川を渡ることになりますね。

昨日も所用で富山まで出かけたのですが、2本の大河を渡っていると、何れの川でも川の流れの中に胸まで浸かって竿を繰り出している多くの釣り人を見かけました。

・・・おおっ、これは釣りだな。釣果はどうかな?


鮎釣りといえば、20代のころ、これに熱中したことがありました。鮎といえば友釣りが有名ですが、私が凝ったのはドブ釣り。毛針釣です。

ここでその鮎釣りの変わった経験談を一つご披露したいと思います。

朝から釣果に恵まれ、ホクホク顔で竿を操っていると、いつにない大きな引き。釣り上げた鮎を見ると、鼻には鼻管が、尻ヒレには逆さ針が打ってあり、鼻管からはてぐすが長く延びていました。

ナント友釣りの囮から逃れた鮎を釣ってしまったのです。囮になるだけに良型の鮎、25~6センチはあったでしょうか。さすがにおとり針は切れて引きずってはいませんでしたが・・・。

いかに生きていくためには餌を捕食しなければならないとはいえ、どこまで人間にいたぶられれば気がすむのか、この鮎がかわいそうになり、鼻管と逆さ針を外して、川に逃がしてやりました。それからどうしたというのでしょう、ピタリと釣れなくなって、早々に竿を収めたことが思い出されます。

きっと逃がした鮎が、今日は虫に喰らいつかないほうがいいと、仲間の鮎に言いふらしたのだと釣仲間から冷やかされましたが・・・。(苦笑!



鮎の香を聴かんと 窓下げ橋上をゆく





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最終更新日  2019年08月04日 11時50分06秒
2019年07月23日

一昨日の日曜日のことです。早朝に会社に来てみると、周りがずいぶん騒々しいので驚きました。

これはどうしたことかと窺えば、会社社屋から市道一本向こうに流れる川の土手に生えた草を刈っている草刈り機のエンジン音。市から委託されているのでしょう、7~8人の人が背丈ほどにまで成長した草木と格闘しておられました。

社屋2階の事務所の窓からその様子をパチリ。

土手の草刈り


たまたま機械の調子が悪くなったのか、一番左の人がしばらく機械を止めて調整しているようでしたが、上手くエンジンが始動しないので、同僚を呼んでいるところです。

写真を撮るのに窓を開けると、ブ~ンという草刈り機のエンジンの合唱音とともに、エンジンの排気ガスと刈られた草の青臭い臭いが混じった、何んとも表現のしようのない臭いが鼻をつきました。

気温が上がらぬ早朝から、おそらく明け方の薄暗いころから始められたのではないでしょうか。この写真を撮った6時ごろには見てのとおりだいぶ仕事も進んだようです。7時過ぎに気づいたときには、エンジンの音もすっかり止んで、何事もなかったかのようにいつもの静かな日曜の朝に戻っていましたから。


夏草や夢も見ぬまに刈られけり


和歌の世界では本歌取りという手法を用いた歌があることは、私も高校の時に習って知っています。確か古の有名な歌から一句か二句取って来て、本歌とは違った内容の歌に仕上げるというのでしたか。

ところが俳句の世界で「本句取り」というようなことは、聞いたためしがありませんね。俳句に使える文字数は、短歌よりさらに14文字絞られて全部で17文字ということになりますから、古句から取れる文字数にも制限があるということなのでしょう。駄句になるのがオチですね。

俳句をこよなく愛し俳句に精通した人たちからひんしゅくを買うのを覚悟して、あえて駄句を披露してみました。・・・ゴメンナサイ。






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最終更新日  2019年07月23日 13時00分05秒
2019年03月27日

日本人は学校で10年間も英語を習って来ても、ろくに会話もできないという話をよく耳にします。

正直に告白します。・・・私もその口です。(笑!

ところで新しい学習指導要領の改訂にともなって、2020年度から初めて小学校で使われることになる英語教科書が、この度検定作業に入ったと報じられています。

ウエブトピックスより、
「聞く」「話す」重視=日常の場面想定-発音など検定で修正・英語教科書

ほぉ~、これからの子どもたちは小学校5年生から英語を習うことになるのですか。そうすると10年間ではなく12年間習っても、ろくに会話もできないと言われることになりますな。(笑!

・・・そうではなかった。そうならないためにも小学5年生から、聞くこと、話すことを中心に英語を習おうということなんでしょうね。


英語には日本語にない発音をする語があるため、日本人には聞き取ることも発音することも難しいということが理由として上げられていますね。

皆さんは「L」と「R」の発音を正確に聴き取れますか?正確に発音できますか?

これからの子どもたちは、そこのところを重点的に小学校から習おうということですから、しっかり学んで英会話に慣れて欲しいものです。しかし、私に代表されるごとく、すでに「10年習っても・・・」組は、どうしたらいい?



ウエブトピックスより、
LとR、装置で聞き分け改善 日本の研究チームが開発

このほど情報通信研究機構や大阪大などの研究チームが、「L」と「R」を聞き分ける能力を装置を使って向上させる手法を開発したという話題。

この装置を使って1日1時間のリスニングの訓練を5日間続けたところ、平均で6割だった正答率が、5日後には9割近くまで上がったということです。

なになに、本人は音を聞き分ける学習をしているつもりがなくても、無意識のうちにリスニング力が高まったと。

・・・私も訓練受けてみようかな。(笑!


しかし、よくよく考えてみれば、私は1日1時間も英語のヒアリングの勉強などしたためしがありませんでした。

うん?・・・なんだ、そういうことか!

毎日1時間勉強を続ければ、そりゃあ誰だって能力が向上するでしょう。


たしかこれを英語では、「Practice makes perfect.」と言いますよね。

求道に王道なし。「習うより慣れろ」というのは、西洋でも日本でも同じということでしょう。


そこで一句、
過ぎ去りし十年偲ばる 「L」と「R」


・・・お粗末でしたっ!(Poor enough!)


いや、10年どころかもはや50年前のことになりますね。

「This is a pen.」、もはや伝説的な英文となりました。



 


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最終更新日  2019年03月27日 11時50分06秒
2019年01月28日

武蔵野は月の入るべき山もなし 草より出でて草にこそ入れ

世界でも屈指の近代都市・東京は、その昔逢坂の関から東には足を踏み入れたことがないという都人からすれば、辺境も辺境。人の住めるような地ではないと思われていた。

冒頭の歌は、その辺境の地「武蔵野」の見渡す限り原野が続く風景を詠んだものですが、「武蔵野」には本来の地名の他にもう一つ別の意味があったことをご存じでしょうか。

杉浦日名子箸 「大江戸美味草紙(むまそうし)」に書いてありました。

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野が見尽くせないほどの原野。・・・野見尽くせない。呑み尽くせない。すなわち呑み尽くせないほどなみなみたっぷり入る大盃のことを「武蔵野」というと。どれだけ入るのかというと、これが3升はゆうに入る。

文化14年(1817年)3月、両国柳橋の料亭万八楼で行われた酒合戦の記録が、今日まで残っているのだそうです。酒合戦とは早い話が大酒のみ大会。この「武蔵野」が活躍したのはいうまでもありませんね。

どれほど呑んだのかといえば、3升入り「武蔵野」3杯空けたという堺屋忠蔵(68歳)は、まだ序の口。鯉屋利兵衛(30歳)は若いだけあって、なんと「武蔵野」で6杯半(1斗9升5合)呑んだとか。さすがに酔いつぶれてしまったそうですが、目を覚ました後、茶碗に水を17杯飲んだそうです。

・・・よく目が覚めたものですね。それにしても水は「武蔵野」ではなく、普通の茶碗なんですね。(笑!


酔い醒めのぞっとする時世に帰り


杉浦さんは、酔生夢死。新たなるあしたと、永遠の闇は紙一重。いつでも酔い醒に必ず蘇ることが出来るとはかぎらないと書いておられます。

利兵衛さんも紙一重のところでこの世へ舞い戻れたのでしょうね。きっと閻魔様にお前は酒臭いと言われたのでしょう。(爆笑!








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最終更新日  2019年01月28日 11時50分05秒
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