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遊遊漢字学が楽しみ♪

2020年03月29日
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毎週日曜日のお楽しみ、漢字学者阿辻哲次氏の日経連載「遊遊漢字学」

本日阿辻先生が取り上げた漢字は、「春」。この「遊遊漢字学」の掲載が開始されたのが2017年の春3月のことでしたから、丸3年にわたって、私は日曜日の朝をワクワクしながら迎えたことになります。春は卒業式のシーズン。別れの季節でもありますね。本日の投稿を以て最終回となるこの講座のテーマが「春」というのは、これはいかにも阿辻先生らしい心配りといえましょう。

「春」はもともとは、「艸(くさ)」と「屯」と「日」と書いたのだと阿辻先生は教えてくれています。「屯」には「草木が芽生えるさま」の意があり、そこから「春」とは「うららかな陽ざしのもとに草木が芽を出す」ことなのだと。

日本人なら春をサクラの開花とともに実感するでしょうけれど、漢字の本場中国では「柳絮(りゅうじょ)」(ヤナギの綿毛)が飛ぶ時期に春の到来を知ように、いかなる国でも人々が心待ちにする春は、厳しい冬に耐えて静まりかえっていた木々や花々が、うららかな陽光をあびて成長をはじめようとする時に凝縮するようだと。

また「春」と「青」をつなぐと、これまたお馴染みの「青春」という熟語になりますね。まあ今さらこの歳ともなれば、ただただ甘酸っぱい感傷がのどをつくばかりの感はありますが、阿辻先生は「青春とは芽吹きだした植物のように無限の可能性を秘めて、これから花を咲かせていく時期なのだ」とおっしゃっておられるように、たとえ枯れ尾花と後ろ指を指されようとも一花咲かせる努力をしてみましょうか。(苦笑!

阿辻先生、3年間の長きにわたってありがとうございました。しばらくして後、この「遊遊漢字学」が編集校正されて出版されることを心待ちにしています。そうしたら私もかの孔子を少しでも真似て、「葦編三絶(いへんさんぜつ)」に勤しみたいと思います。

阿辻先生には、ご健康に留意され、今後ますますご活躍されますことを心より祈念しています。

私の『「遊遊漢字学」が楽しみ』も、本日のPART116を以て終了とさせていただきます。




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最終更新日  2020年12月24日 12時24分40秒


2020年03月22日

毎週日曜日のお楽しみ、漢字学者阿辻哲次氏の日経連載「遊遊漢字学」

今週阿辻先生が取り上げた漢字は「竹帛(ちくはく)」。

何とも見慣れぬ言葉です。まあ「竹」はお馴染みの漢字ですからわかるとして、問題は「帛」。読みは「ハク」で絹、絹布のこと。

つまり「竹帛(ちくはく)」とは、竹と絹のことで紙が発明される前に文字を記した素材のこと。

竹を削って長さ23センチ幅7ミリくらいの短冊とした「竹簡」や「木簡」は、古代中国で紙が発明される前に最も広く使われたたことは、以前この講座で学びました。

一方絹は三千以上も前の甲骨文字の時代から、「桑」や「蚕」の文字があるそうで、すでにその時代から養蚕がおこなわれていたことがわかると阿辻先生は教えてくれています。

現代においてさえ絹は高価な繊維で、絹の着物など庶民にはなかな身に着けることは出来ないように、そんな高価のものに文字を書き付けるということは、さすがに漢代より前にはほとんど見当たらないそうです。しかし逆に、大切な文章は絹に記してまで残す価値があったということでもあるわけで、文字がいかに大切であったかの証明でもあります。

孔子が説いた儒学では、親に対する「孝」を大切にしましたが、もっとも究極の親孝行は、「あの優れた方のご両親はきっと素晴らしい人だったのに違いない」と、世間に両親の存在を顕彰することにあったと阿辻先生は教えてくれています。

儒学の経典『孝経』の冒頭には、「立身行道 揚名於後世 以顯父母 孝之終也(身を立て道を行い、名を後世に揚げ、もって父母を顕かにするは孝の終わりなり)」と記してあると。

これを「名を竹帛(ちくはく)に垂(た)る」というと。


・・・う~む、私も後世に「竹帛」垂(た)りたいものだとは思いますがね。今この歳になって初めて「竹帛」ということばを知るようでは、とても無理というものです。(涙!




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最終更新日  2020年12月24日 12時23分30秒
2020年03月08日

毎週日曜日のお楽しみ、漢字学者阿辻哲次氏の日経連載「遊遊漢字学」

今週阿辻先生が取り上げた漢字は「婦」。

予習の意味で字引きで「婦」を調べてみると、「女」+「帚(ほうき)」で、家事をする女性。音は「付」「扶」と共通し、「よりそう」の意とありました。

今日3月8日は国際婦人デー。20世紀の初めにニューヨークで女性の参政権を求めるデモが行われた日に由来すると、冒頭に阿辻先生も述べておられます。女性解放論者からすれば、成り立ちが女性は箒(ほうき)をもって掃除をするものと決めつける「婦」という漢字ほどけしからんものはないということになるのでしょうけれど、もともと古代中国では完全な男尊女卑の社会。それを最も象徴しているのが、「女」という文字。「女」という字は、ひざまづいて両手を前に組み合わせている人間をかたどった象形文字だと習いましたね。

しかし、「婦」は「女」と同列に扱うわけにはいかないというのが、今週のテーマ。紀元前の中国では、宗教的な儀式の前に神が降臨する神殿を掃き清める重要な道具が「箒(ほうき)」で、それを手に出来る女性は特別な存在であったと阿辻先生は教えてくれています

・・・なるほど、それで今日でも「婦」には高貴な女性、貴婦人の意が残っているのですね。


私は既婚の女性が「婦」で、同様に男性なら「夫」。二人合わせて「夫婦」ぐらいにしか思っていませんでした。「婦」にそのような高貴な意味が込められているというのであれば、これは私もカミさんのことを軽々に侮れないなと、思い直した次第です。

もっとも近頃では、私が箒を持ったり、包丁を持ったりすることも度々ですが・・・。(爆笑!




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最終更新日  2020年12月24日 12時22分31秒
2020年03月01日

古のわが国は中国より伝来した世界に類を見なない優れた表意文字・漢字を国字とし、その漢字より独自に作り出した文字、平かなとカタカナを組み合わせた漢字仮名混じり文で文章を表現するという、極めて合理的な表現方法を編み出しました。

一方漢字の本家本元の中国では、漢字にこだわったがゆえにすべての言葉を漢字で表さなければならない。ゆえに膨大な数の漢字が作り出され、一文字が20画も30画もある漢字も出現してしまった。その膨大な文字を暗記するというのも大変なら、文章を書くにしても画数が多ければ時間がかかるという欠点を余儀なくされたのは言うまでもありません。

さらには、時代が新しくなって欧米の文化が入って来るようになると、その新しい外来言をどう表記するかという問題に直面することになった。


毎週日曜日のお楽しみ、漢字学者阿辻哲次氏の日経連載「遊遊漢字学」

今週の講座は、もともと中国になかったことばをどう漢字で書き表すのかということがテーマでした。

阿辻先生曰く、漢字はその本質が表意文字であるから、外来語も単語本来の意味に即した漢字で訳すのが普通であると。

すなわち、サッカーを「足球」、ピアスが「耳環」、アレルギーは「過敏反応」、ホームページが「家頁」のごとく。

う~む、上手く考えるものですね。まさしくアレルギーは過敏反応そのもののことですし、ホームページにいたっては、「ホーム」と「ページ」を直訳してある。まるでクイズの回答を見ているようでもあります。

わが国ではサッカーを「蹴球」、ピアスを「耳輪」と表現することもあるようですが、同じ漢字文化圏でも微妙な違いがあるのは、実に面白い。

では最新科学技術の分野の言葉を中国ではどう漢字で表しているのかと調べてみると、テレビは「電視台」、ラジオが「廣播電台」。コンピューターは「電腦類」、パソコンは「個人電腦」。インターネットは「網際網路」。

まあ、我われは幼いときより国字として漢字を習って来ましたから、「網際網路」は少し首を傾けなければ出て来ませんが、「電腦類」がコンピューターだとわかれば、「個人電腦」はすぐに想像できますね。

ところがソフト(ウエア)を「軟體類(ルワン・ティ・レイ)」、そのソフト上の欠陥をいうバグを「蟲子(チョン・ツー)」となると、降参ということになってしまいます。

ソフトウエア上の細かな欠陥を蟲(むし)と結びつける中国人の発想は、表意文字たる漢字への並々ならぬこだわりが垣間見れるといえましょう。

ところがそんな中国人でもどう考えても表意をもった漢字が見つからないということもあるようで、自動車のアクセルになると、「阿克塞爾(ア・ク・セ・ア)」とストレートに音で表現しています。ちなみにブレーキのことは「煞車(シャー・ツー)」と「煞」という見慣れぬ漢字を用いて表意文字本来の表し方をしています。調べてみると、「煞」は音が(サツ、 サイ、 セツ)で、訓が「ころす、そぐ」という意味を持っています。

私なんぞに言わせれば、あくまで表意にこだわってブレーキを「煞車」などと難しく表現するくらいなら、アクセルを「加速板」とでも書けばよかろうになどと思ってしまいますがね。(笑!

さてここまで書いてくると、皆さんはわが国の漢字かな交じり文の優れた表記方法にお気づきになられたに違いないと思いますが、阿辻先生はさにあらず。「中国語の外来語の作成方法に比べると、カタカナに置き換えるだけの日本の外来語は、ちょっとお手軽過ぎると私には思える」とおっしゃっておられるのには驚き入ります。

阿辻先生、それは先生が漢字をご専門になさっているひいき目じゃないですか?

・・・う~む、しかし、これまで私も「遊遊漢字学」でずっと学んで来ましたからね。世界に類を見ない優れた表意文字・漢字の漢字たる所以は、まさに表意にあるわけですから、さすがは阿辻先生。感服仕りましたと申し上げておきましょう。

これを漢字二文字で「忖度」というなどと、おっしゃらないでくださいね。(大爆笑!





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最終更新日  2020年12月24日 12時22分05秒
2020年02月23日

毎週日曜日のお楽しみ、漢字学者阿辻哲次氏の日経連載「遊遊漢字学」

今週阿辻先生は、中国前漢の武帝の時代に司馬遷によって編纂された中国の歴史書『史記』より、「夜郎自大」ということばを題材にされておられます。

「夜郎自大」とはあまり見慣れぬ言葉ですね。「夜郎みずからを大とす」と読むのだということですが、その意味は「井の中の蛙大海を知らず」と同義だと聞けば、私なんぞは、ほぉ~、そんな言葉が中国にあったのかと思ってしまいます。

「夜郎」とは前漢時代に中国西南地方にあったとされる国の名。2000年以上も後の世の、しかも大陸から海を隔てた東方の島国にまで、不名誉な名を伝え残すことになった「夜郎」にしてみれば、司馬遷をさぞかし恨めしく思うことでしょう。(笑!

漢の武帝の領土拡大策により、「身毒」(インド)へ通じる道を探すため西南地方へ使者として派遣された王然干(おうぜんう)が、滇(てん)という国まで来たときに、滇王が「ところで漢とわが国とでは、どちらが大きいのだろうか」と王然干にたずねたと。さらに夜郎国まで進むと、そこでも同じことを尋ねられたことが「夜郎自大」の由来であると阿辻先生は教えてくれています。


高校の漢文の時間に、副読本として「十八史略要解」という何とも難しい本を読ませた漢文の先生がいたことを思い出しますな。漢字ばかり並べられた何と読みどう解釈するのかさっぱりわからぬ本で、ずいぶん難義したものです。

その「十八史略」にもやはり王然干と滇や夜郎国の話しが出て来るのではないかと想像しています。

今思えばもう少ししっかり読んでおくのだったなということになりましょうが、そのころは蛙どころかオタマジャクシでしたからね。大海の存在を知らぬのは、滇王や夜郎国王と同列かそれ以下であったということになりましょう。





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最終更新日  2020年12月24日 12時21分42秒
2020年02月17日

毎週日曜日のお楽しみ、漢字学者阿辻哲次氏の日経連載「遊遊漢字学」。今回の講座はいつもと違って漢字や熟語ではなく、「ケモノヘンを持たぬ動物」という題になっています。

冒頭「馬や象や羊にはどうしてケモノヘンがつかないの?」という小学生の質問が紹介されています。これは中国語学を専攻している大学院生でもなかなか思いつかない質の高い質問だと、阿辻先生もおっしゃっていますが、私はこの「遊遊漢字学」を毎週逃さず読んで勉強してきましたからね。その答えはすぐにわかりました。

「馬」や「犬」「象」「羊」は、人々の日常生活に密接に関わって来た動物で、身近に接して来たはずですから、象形文字として漢字があみ出された初期の段階ですでに存在したはず。一方「ケモノヘン(犭)」のつく動物は、人々の生活に密着してはおらず、それこそ動物は自然界にあまたおりますから、「犭」で動物をであることを意味し、その動物の呼び名を音として表記して両者の組み合わせで表したというわけですね。

ところで我々は、「犭」は「ケモノヘン」と呼ぶことに何の疑いも持ちませんが、「犭」は「犬」がヘンになったものだということ、ご存知でしたか?いわば「イヌヘン」というわけです。

もともとは「犬」に関することを表したものに限って「犭」が使われていたものが、「犬」以外の動物一般も意味する漢字の部首として使われるようになったのだと。


世界に類をみない優れた表意文字漢字であればこそ、「猫」「猿」「狼」と書かれれば我々は一目でそれが動物を表しているとわかります。ところで今回阿辻先生は「獺」という漢字も紹介されていますが、「獺」っていかなる動物か私にはわかりませんでした。音もなんと発音すればいいのか思い浮かびませんし、訓で読めと言われればなおのことわからない。(涙!

しかし、まあ、これを「カワウソ」と読める人は、阿辻先生ぐらいのものでしょうよ。(笑!




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最終更新日  2020年12月24日 12時21分13秒
2020年02月09日

日本は中国より伝わった漢字を国字として採用し、その漢字から独自に編み出したひらかなとカタカナを組み合わせて表現する、漢字かな交じり文という優れた文字体系を編み出した国です。

漢字四文字からなる「四字熟語」については、普段よく目にしたり自ら用いたりしていますが、ほとんどの四字熟語は前と後の二文字ずつにわけて解釈するように作られているということ、ご存知でしたか?

毎週日曜日のお楽しみ、漢字学者阿辻哲次氏の日経連載「遊遊漢字学」。今日の講座はいつもと違って、我われが普段用いる四字熟語の構成について書かれていました。

なるほど、そういわれてみれば、四字熟語は個々に意味を持つ前後二つの熟語が合わさって一つの意味をなしていますよね。その例として阿辻先生がお示しになったのは、「四面楚歌」と「臥薪嘗胆」。「四面」が「楚歌」の状態で、回りを敵に取り囲まれ孤立していることを表し、「臥薪」したり「嘗胆」したりして敗戦の恥をすすぎ仇を討たんと決意するというわけですな。

ところが何事にも例外があるもので、その例として「一衣帯水」と「五里霧中」をあげておられます。「一衣帯水」は、「一」「衣帯」「水」で意味をなしている熟語であり、「五里霧中」は、「五里」「霧」「中」の塊として意味を持つと。

・・・正直に申し上げます。「五里霧中」なら承知しておりましたが、「一衣帯水」って、初めて目にする言葉です。どういう意味なのかまったく想像もつきません。文字どおり五里先まで深い霧に閉ざされて手探りの状態ですな。(苦笑!


いったい四時熟語ってどのくらいあるものかと調べてみたところ、9241語あるとありました。

冒頭私は、四字熟語は「普段よく目にし、自ら使うこともある」と書きましたが、9000余もある熟語の内、いったいいくつぐらいその意味を承知して「目にし、自ら使うこともある」のだろうかと、自らの薄学を深く恥じ入っています。

願わくば「遊遊漢字学」で少しでも漢字の知識を深めることが出来ればと、思いを新たにしているところです。

まあ、これを「困知勉行」というのでしょうかね。(苦笑!






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最終更新日  2020年12月24日 12時20分29秒
2020年02月02日

毎週日曜日のお楽しみ、漢字学者阿辻哲次氏の日経連載「遊遊漢字学」。本日阿辻先生が取り上げた漢字は、「爪」でした。

冒頭阿辻先生は、『「爪」につめなし、「瓜」につめあり』と習ったものだと述懐なさっておられますが、私も確かにこのように習った覚えがあります。どうでしょう。最近でも学校ではこのような教え方をするのでしょうか?もしかしたら、私らが最後の世代かもしれませんね。

確かに私らは「爪」につめなしとは習いましたが、「爪」は人が手を上からかざして、なにかをつかみ取ろうとするさまをかたどっていて、さらにはそこから「つかみ取る」という意味を持つようになったとは習いませんでした。

その例として、阿辻先生は「争」と「為」の旧字体、「爭」と「爲」をあげておられます。なるほど「爭」と「爲」にはどちらにも上に「爪」がありますね。

「爭」の下の部分の「尹」は手で杖を握っている形を表していて、それを別の「爪」が奪い去ろうとしているのが、「爭」であると。だいたい杖を握っているのは長老か権力者としたもので、その杖を奪い取ろうとするすることから、「爭」には「あらそう」という意味が生まれたと言われれば、なるほどと納得ができます。

驚いたのは、「爲」。これは手で象の鼻をつかんでいる形を示していて、本来は象を使役することを意味したと阿辻先生は教えてくれています。象は従順で頭の良い動物で力持ちですから、古代黄河文明にもおおいに貢献したことが容易に想像できます。そんな象の鼻を手でつかんでいるのが「爲」で、こうして象を家畜として使役することから、「爲」は「仕事をする」という意味を表すようになったと。

古代の黄河流域には、野生の象がいたというのも驚きですね。その便利で有益な動物を文明の利として使用したばかりか、そのことを漢字として文字にも残していたということに、優れた中国の古代文明とそのスケールの大きさに感心せずにはおられません。





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最終更新日  2020年12月24日 12時15分55秒
2020年01月26日

毎週日曜日のお楽しみ、漢字学者阿辻哲次氏の日経連載「遊遊漢字学」。本日阿辻先生が取り上げた漢字は、「年」でした。

日本人なら「年」を知らぬ人はいないでしょう。音は「ねん」、訓は「とし」としたものです。時の単位。歳月。年月。年齢。季節。時節・・・。ざっとその意味するところをあげることが出来ますが、「年」には穀物、特に稲が実るという意味があることをご存知の方、少ないのじゃないか。

「年」にはもともと実った穀物を背負う人の形をかたどった象形文字だと、阿辻先生はおっしゃっています。「年」と書いて「みのり」とも読むことが出来るとのご指摘には、驚きました。「年」を「みのり」と読める人など、おそらく阿辻先生ぐらいのものでしょうよ。(笑!

それにしても豊穣の収穫を背負う人の姿を表しているというのは、やはりその根底には農耕民族の遺伝子が働いているということなのでしょう?





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最終更新日  2020年12月24日 12時14分54秒
2020年01月19日

毎週日曜日のお楽しみ、漢字学者阿辻哲次氏の日経連載「遊遊漢字学」。本日阿辻先生が取り上げた漢字は、「蟹」。

寒さが一段と厳しくなるこの時期、ズワイガニ、毛ガニなどが格別に美味しい旬を迎えます。

冒頭阿辻先生も、カニが大好きで、この時期になるとスーパーの中を歩いているだけでも胸が高鳴って来ると書かれています。

さてそのカニを漢字で書けば「蟹」となることぐらいは、誰でも承知していますが、「蟹行」はどう読んだらいいかとなると、すぐには口をついで出てこないのではないか?

先生が高校生のとき、国語の時間に「蟹行」を「カニコウ」と読んだ旧友の話しが紹介されていましたが、私も「カニコウ」とか「カニギョウ」といったように重箱に読んでしまいそうです。(苦笑!

世界に類をみない優れた表意文字・漢字は、音を表す文字と意味を表す文字の組み合わせで作られていることは、この講座で何度も習って来ました。その原則に従えば、「蟹」という漢字は、音が「解」で、「虫」が意味を持つということになります。

したがって「蟹」の音は「カイ」となりますから、「蟹行」は「カイコウ」が正しい。では「解」の下にある「虫」にはどんな意味があるのかということになりますね。

カニは虫ではないのは明らかでしょうから、古代中国ではカニは虫の仲間だと考えられていたのだと思いたくなりませんか。

ところがさに非ず、「虫」は頭の大きな「蛇(まむし)」をかたどった象形文字で、音は「キ」。我われが毛虫、羽虫などを指す「虫」は、もともとは「蟲」と書いたのだということは、前に習っていましたから、今日はいわゆる復習の時間が持てたというわけです。

「虹(ニジ)」は、生き物ではなく自然現象なのに、どうして「虫」がつくのか?それは、山から山にわたる大きな龍だと考えられていたからというのも、いかにも中国らしい。さらにはその「虫」が、水中の小動物も表すようになって、「蛸(タコ)」「蝦(エビ)」「蛤(ハマグリ)」「蜆(シジミ)」などと書くようになった。「蟹(カニ)」もまた同様であると。

さらには今日は、「蝌(オタマジャクシ)」のおまけまでついていて、これには「虹」の龍以上に驚いています。

オタマジャクシを漢字で書ける人って、まず阿辻先生ぐらいのものでしょうよ。(笑!





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最終更新日  2020年12月24日 12時14分19秒
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