怖かった地震
携帯・パソコン・電話で地震のお見舞い・ご心配をいただきありがとうございましたお返事が短文ですみませんでしたm(__)mでも、とってもうれしかったです(*^。^*)今日の地震は、命に係わる被害はなかったようですが、ほんとに怖かったです東海沖地震がとうとう来たか!と思ったけどどうやら規模は小さいようです揺れた瞬間に起き、真っ暗な中、足元にいるあられを即、押さえると同時にすぐにパパさんも飛び起き、3人で止むのを待つ状態でした(すぐにまた揺れました)こんな時、何にも出来ないですね逃げる事も・・・(逃げ方の基本も正直勉強しなければ・・と改めて知らされました)地震が治まってから、ベッド下にある引き出しからあられの首輪付リードを付け、崩壊を想定し運動靴を用意し、パパさんは「まだ、ここに居ろ!」と外に様子を見に行っている間は恐怖そのものでした(雨も降っていた)余震の恐怖もその後何もないのと東名が不通になっている情報もあり、仕事に行こうか悩んでいる中6時4分、7分、11分と11分の時は、けっこう揺れました 恐怖の中、それから16分後の27分にも大きな地震が・・・・この大きく感じた地震が震度2だったようです(揺れた都度、時間を書き留めていました)それからは、またまた恐怖が・・・仕事へ行くには国道150号の小坂のトンネル(東名日本坂の横)を通過しなければならない難関が恐怖でした道路情報をずっと見ていたけど、時間が経つにつれ赤くなってる(渋滞)ようやく腰をあげ7時ごろに家を出て、会社に着くと社長をはじめ数人の社員が片づけを・・・・通勤途中は、とくに変わった様子はなかったけど、会社の一部の事務所のある棟はスゴイ事に。事務所内の本棚はすべて散乱、掛っている絵画などは斜めに。食器棚の中の軽いガラスコップは割れて散乱。自分のパソコンは倒れており、重たい書庫は十数センチもずれていたり、上階にある倉庫はもう足の踏み場もないほどの散乱でした(軽量もの商品だったので散乱もひどかったようで・・・)この地震が日中だったらどうなってしまっていたんだろうと思うゾッとします(パニくる事間違いなし)お昼は近くにある祖父母が眠っているお墓を見に行ったけど、とくに異常はなかったのがなによりでした静岡よりも焼津、焼津よりも御前崎・牧の原と震源地に近づくにつれ被害は大きかったようです何事もなく一日が終わって帰る途中にまたまた恐怖との戦い、トンネル通過です出て、ほっとしたのもつかの間テレビのニュースで、数分前に”震度2”の地震速報が・・・・エッ~~~、トンネルの中で地震があったんだ~~~(>_