ミステリの部屋

2007/06/12(火)19:02

一瞬の風になれ:佐藤多佳子

ミステリ以外の小説(45)

「本屋にいるんだけど、何か面白い本ない?」という夫からの電話に、思わずこの本の名前を言っていました。 図書館での予約数はものすごく、さらに3巻もあるし、これは大変だと思っていたところだったからです。 もちろんそれだけじゃないですよ。 夫は元陸上部だからきっと楽しめるだろうという気持ちもありました。 かなり前に読んだ佐藤さんの作品、『しゃべれどもしゃべれども』が面白かったという記憶もありました。 そして、結果的に正解だったのです。読んで良かったと思える作品でした。 春野台高校陸上部。とくに強豪でもないこの部に入部した二人のスプリンター。ひたすらに走る、そのことが次第に二人を変え、そして、部を変える―。思わず胸が熱くなる、とびきりの陸上青春小説、誕生。 主人公の新二は中学までサッカーをやっていましたが、プロを目指している優秀な兄にはどうしても追いつくことができず、限界を感じていました。 幼なじみの連は生まれながらの才能を持つスプリンターですがやる気がなく、中学では陸上を途中でやめています。 この二人が、とくに強豪でもない春野台高校陸上部に入部することになってからの3年間が描かれています。 「風が強く吹いている」(感想)では箱根駅伝をめざす学生達が描かれていましたが、こたらは短距離の世界。ただひたすら速くなるために打ち込んでいきます。 新二は高校から陸上を始めるわけで、いうなれば素人。サッカーで挫折を感じていた彼が、次第に陸上を知り、走ることの魅力に目覚めていく過程は、運動部には縁のない私にも理解しやすいものでした。 特に「4継」と呼ばれる4×100mリレーのことについては、初めて詳しく知りました。 メンバーの選ばれた時の気持ち、選ばれなかったときの気持ち、バトンの受け渡しの難しさ、1人で走るのとは違う力が出ること。 次の試合も同じメンバーで走れるとは限らないから、その時を大切にするしかないこと。 走ることを愛しながらもタイムが伸びずにメンバーになれない者の言葉が一番心に残りました。 陸上部の面々も個性的でそれぞれにドラマがあり、泣いたり笑ったりと忙しかったです。 中でも顧問の先生、みっちゃんがとてもいいのです。 高校の先輩でもある彼は過去のトラウマをもちながら、それを感じさせず、暖かくて、力が抜けていて、彼がいたからこそ新二も連ものびのびと自分の力をだせたのかもしれません。 ただただひたむきな彼らの姿を見ていると、こういう青春もいいものだとうらやましくもなりました。 大会での緊張感もありありと感じられます。 実際今の私は50メートルでも10秒台で走れないと思いますが、100メートル10秒台を目指す新二たちと一緒に自分も走っている気分でした。 現実ではありえない気持ちを味わう事ができました。 夫はずっと、作者は陸上経験者に違いないと言っていましたが、最後にそうでないことがわかり驚いていました。それくらい綿密な取材がされた事と想像します。 3巻ありますが、まったく長さを感じさせません。 それどころか、いつまでも終わって欲しくないと思えるくらい。 こんなに爽快感を味わえる作品は、ありそうでなかなかありません。 とても気持ちのいい作品でした。 スポーツをやっていたに人も、そうでない人にもおすすめです。    3巻セットもあるようです。 【予約】 一瞬の風になれ 全3巻セット

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