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三角猫の巣窟

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純文学の小説を中心に読書録を書いています。基本的にネタばれしています。
小説の構成や描写技法を中心に考察しているので、小説家を目指す人にとっては参考になる部分もあるかもしれないし、小説家を目指すつもりでない人も次に読む本を選ぶ参考程度にはなるかもしれません。
古いほう読書録はほとんどこのブログへの訪問者がいなくて日記代わりに雑感をメモしていただけなので他の人が読むほどの内容じゃないです。自分で読書録を読み返してもあらすじを思い出せない本があって、もうちょいあらすじなり特徴なりを詳しく書いておけばよかったと反省したので、最近は時間をかけてちゃんとレビューするようにしています。
いち本好きとして良いと思った小説は賞賛して悪いと思った小説は罵詈雑言を浴びせているのですが、小説の感想というのは個人の知識や価値観を反映させるので、結局のところ自分で読んでみないと意味がないのです。
ネットの中をさまよって偶然この読書録にたどりついた人は、面白いと賞賛しているのを読んでみたり、逆に罵倒している小説がそんなにつまらないはずはないと読んでみたりするのもよいでしょう。
この読書録がきっかけとなって他の人にも本が読まれることで、小説の発展にほんの少しでも貢献できればよいと思っているのです。

 ∧ ∧
(=‘ω‘ =)つお勧め本
辻原登『東京大学で世界文学を学ぶ』
辻原登『東大で文学を学ぶ ドストエフスキーから谷崎潤一郎へ』

評価基準:
★★★★★:感動したニャー
★★★★☆:技術や感性に芸術性があって面白いニャー
★★★☆☆:暇つぶし大衆小説程度ニャー
★★☆☆☆:描写技術や知識が出版に満たないレベルニャー
★☆☆☆☆:ゴミニャー

 ∧ ∧
(=‘ω‘ =)<Amazonのほしいものリストから私にギフトを送れるよ。
2019.06.25
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カテゴリ:教養書

主に昭和の20人程の死刑囚について、犯行や獄中の様子などのエピソードを列挙した本。

●感想

戦後とタイトルにあるけれど終戦直後だけでなくて戦後から平成までの死刑囚を扱っていてタイトルが紛らわしい。内容はドキュメンタリーに徹しているわけではなくて、小説風に場面を描写したり、死刑廃止派の意見を挟んだりするのが邪魔くさい。こういう本に求めるのは情報の正確さで、死刑についての著者の意見を聞きたいわけではないので、死刑廃止の意見を展開したいなら他の本でやってほしい。

現代人がすでに死刑になった人について知ることに何の意義があるかというと、反面教師になる。というわけで死刑になるような犯罪について考えることにする。
死刑囚に共通するのは長期的な人生の目的がなく、自己中心的で他人の権利を尊重せず、目先の性欲や金銭のために殺人をする点である。死刑囚が起こした犯罪は文明の構成員である人を殺害して文明を破壊したうえに、自分の人生も死刑で終わらせる無意味な行動である。人生の目的がないから非合理的な行動をするし、受刑者の22.8%は知能指数が低い知的障害らしいけれど頭が悪ければ自分の行動の非合理性に気づかないわけである。
78-79ページに昭和55年の幼児誘拐殺人で死刑になって平成10年に死刑が執行された梶原利行の罪の意識が書いてあって、「現在私は生きている。ですが、死刑という荷物をせおって生きている。償いがしたい、働きたい。働いて、働いて、一生償いがしたい。しかし、死刑の荷物が重くて、頭が狂いそうです。死刑というのは償いでしょうか? 私が死んだら、被害者様も被害者様のご両親も私を許してくれるのでしょうか?」と言っているけれど、人生の目的がないがゆえに目先の金を得ようとして犯罪をして、償いという人生の目的を与えられて初めて社会に貢献することでしか自分の人生に意味を持たせることはできないということに気づいたわけである。190ページには獄中で歌人として才能を発揮した死刑囚として千葉覚、小原保、吉田信吉、大堀昭平、三村守が挙げられているけれど、死ぬ前に短歌を残すという目的ができたので全力で打ち込んで才能を発揮できたのだろう。そもそも人間はいずれ死ぬ存在なのだけれど、自由に生きている間は人生の目的が見つからずに金を求めて、死刑になってようやく自分が死ぬ存在なのだと気づいて獄中で人生の目的を見つけるというのは皮肉である。
人生の目的がなくても金さえあれば生きることができるので、金を得ることを人生の目的にすりかえてしまうのが現代人の陥る罠で、好景気のときは誰でも仕事につけるので犯罪は減るけれど、不景気になると他人の権利を侵害してでも金を得ようとする犯罪者がでてくる。人生の目的を見つけて自分の人生に意味や価値を見出すには哲学や存在論を理解しないといけないけれど、ビジネスでは文系学問が軽視されてパワハラやら数値偽装やらのモラルハザードがおきて、学校でもいじめや非行に対処できずに教育機関として機能していない状態で、普通に教育を受けた人でさえ人生の目的が見つけられないのにろくな教育をうけていない最底辺のDQNが人生の目的を見つけるのは難しい。自己中心的なDQNに自己犠牲を伴う道徳を教えるのも難しくて、刑務所も更生施設として機能していなくて再犯率が20%もある。ではDQNに犯罪を起こさせないようにするにはどうすればよいのかというと、昔はやくざの親分が子分に任侠道を教えたけれど、いまはやくざが弱者を助ける任侠でなくて弱者を食い物にする暴力団になっているので、DQNが野放しになって半グレ化して手詰まりになっている。
学校では大学に行くために試験科目の詰め込み教育だけして、社会の仕組みがどうなっているのかという大事なことを教えていないというのもDQNがいじめや犯罪をする原因になる。小学校で道徳の授業が行われているけれど、子供よりも行動に責任が伴う大人のほうが道徳が必要で、社会を理解していない子供が道徳を理解できるものでもない。道徳を考えるうえで自由や権利といった哲学的な概念の理解は必要不可欠だけれど、高校の世界史で哲学者の名前は教えても哲学の中身までは詳しく教えないので、暗記だけ得意でモラルがないエリートが出てきて、自分の利益のために社会に害をなすようになる。その結果が官僚の税金の無駄遣いだの非正規労働者からの搾取の末の少子化だのの現在の惨状である。普通は子供を残すかミームを残すかすれば社会を維持しようという方向に向かうのだけれど、DQNが子供を残しても児童虐待をするし、貧乏な人は結婚しないので、日本の将来を担って文明を発展させようという人がいなくなる。
人生に目的がない人が経済的に困窮して将来に何の希望も持たなくなって自暴自棄になると、怨恨殺人と違って殺意を向けるべき特定の個人がいないので、社会に対する復讐として附属池田小事件、秋葉原通り魔事件、マツダ本社工場連続殺傷事件、東海道新幹線火災事件、川崎殺傷事件のような事件が起きる。あるいは殺人までいかなくても生活保護の受給を断られて役所でガソリンをまいたりナイフで切りつけたりして暴れる人もいる。人生というのは不平等で理不尽なものだけれど、その理不尽さを受け入れられない人は他の人が恵まれた環境で楽しく生きているのになんで自分は搾取されてみじめに死なないといけないのだ、と理不尽のおすそわけをして他人を道連れにする。こういう犯罪を個人の生い立ちや性格に起因する個別の問題として終わらせずに教育や福祉などの社会制度として対処しないと、同様の犯罪はいつでも起こりうる。まだ犯罪の件数も被害者数も少なくてたいした影響もないからといって放っておくと、インフラ破壊やテロなどの大規模な犯罪につながりかねない。格差が拡大するといくら企業が儲けようが常に不満を抱えた人が存在することになって治安が悪化するし、文化は平和な状況下で発展するので、金と幸福がある人は独り占めせずに分けてほしいもんである。


★★★☆☆

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最終更新日  2019.06.25 05:34:32
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