心中をテーマにした短編集。
●あらすじと感想
「森の奥」は樹海で自殺しそびれたおっさんがサバイバル中の青年についていく話。
三人称。樹海で自殺しようとしている人を説得するというネタは手あかがついているし、おっさんが妻子と向き合わないと本質的な解決になってない。
「遺言」はあのとき死んでおけばよかったと58回も言うきみとの恋の顛末を老人がパソコンで書き記す話。
老人の一人称できみに語り掛ける形式。老人がのろける恋愛小説。でっていう。
「初盆の客」は言い伝えの調査に来た学生に対して、妊婦が祖母の初盆に来たいとこから祖母が夢の中で妊娠した話を聞いたと話す話。
学生との会話を省略した妊婦の独白形式。30代の妊婦の割にはですます調の言葉遣いが不自然。幽霊話はリアリティがあるからこそ成立するのに、語りに違和感があったらその時点で嘘くさくなって失敗する。
「君は夜」は理紗が子供の頃から江戸時代にお吉として小平と夫婦生活をする夢を見ていて、小平のような根岸と付き合う話。
三人称。短編で十数年分の人生を端折って書いたので話に緩急がなくなって各場面に見どころがないし、夢がすでにネタバレになっているのでオチが蛇足になっている。女性がオチを最初に話してからだらだら話すようなもので、女性作家にありがちな悪い点が出ていて構成がよくない。
「炎」は高校生の亜利沙が片思いする立木先輩が灯油で焼身自殺したので、立木の彼女の初音と自殺の理由をつきとめようとする話。
亜利沙の一人称。ナラトロジー的に語る動機がない語り手の自分語りなので話が嘘くさい。意図的に捜査をしないでおいて真相はわからないままゲスの勘繰りオチっていうのが無能すぎてなにがやりたんだコラ。推理したいのかしたくないのかどっちなんだ。どっちなんだコラ。なにコラタココラ。傷ついたあてくしの自分語りして悦に入ってる暇あるならアパートの大家に借家人を確認するなりして裏取り捜査をやれっちゅうのコラ。家に帰るまでが遠足、証拠を見つけるまでが推理だろうがコラ。妄想こじつけて裏取りせずに一人合点してんじゃねえぞコラ。吐いた推理飲み込むなよ、お前。推理するならしっかり推理してこいよコラ。なあ。中途半端な言った言わねえじゃねえぞお前。わかったなコラ。
「星くずドライブ」は大学生の僕の恋人の香那が死んで幽霊になって話しかけてきたので死んだ原因をつきとめようとする話。
僕の一人称。過去形でなく現在系で実況中継するような一人称は本来はありえない語りの形式で、ただでさえ語り手にリアリティがないのに語り手がすんなりと幽霊を受け入れていて内容はいっそう嘘くさくなっている。おまけにオチがまた証拠のない夢のこじつけのパターンで、本をぶん投げて捨てたくなった。それに男は自分のちんこをペニスとは呼ばない。お前のちんこはFAの外人選手かっつーの。
「SINK」は両親の一家心中で生き残って恋愛できなくなった悦也が同情する吉田が恋人を紹介しようとするのがうざくなって一人になろうとして引っ越すことにしたものの、母親が自分を助けようとした可能性を考える話。
三人称。家族は名前もなく心中場面以外にエピソードがなく存在感がない。悦也が過去と向き合うことがテーマなのに、祖父、父親、母親、弟と一般化されてしまって具体性がないのはよくない。あと悦也と吉田がきもい。なんかいかにも女性が考えた男性像というようなねちねちした気持ち悪さで、かまってちゃんぶりについていけない。悦也に主人公としての人間的魅力がなくて、脇役吉田が悦也のアンチテーゼになるわけでもなくて、こいつらがどうしようがどうなろうがどうでもいいやと読者に思われたらもう小説としては失敗である。
●全体の感想
各短編で語りの手法を変えて飽きにくくしているのは短編集としてはよい。しかしエンタメ作家はナラトロジーを理解していないのか一人称が下手で、なぜ語るのか、だれに語るのか、いつ語るのかという語りの動機を突き詰めないまま語り手が漫然と語っているので話が嘘くさくて読めたもんじゃない。私にとってはこういう不自然な語り手は不気味の谷現象みたいに気持ち悪く感じる。一人称で語る必然性がないなら三人称にすればいいし、なんでもかんでも一人称にすりゃいいっていうもんじゃない。
内容については生死に関する思想がなく、死を単なるエンタメとしかとらえていない。「天国旅行」というタイトルなのに、キリスト教やイスラム教の天国に関する内容ではないし、仏教なら天国でなく浄土である。なんでこのタイトルなのかと思ったら、THE YELLOW MONKEYの『天国旅行』から採ったそうで、私の経験としては音楽からタイトルを取った小説は基本的にはずれである。「初盆の客」と「星くずドライブ」は幽霊話で、「君は夜」は前世の話だけれど、霊魂や輪廻という概念を掘り下げずに単にプロットを作るための都合のいい装置として扱っていて、宗教観がいいかげんなのはよくない。現実離れした話にリアリティを持たせるのでなく、夢だから何でもあり、幽霊だから何でもありというのも安直な物語展開のやり方。おまけに推理も雑な妄想のこじつけで推理になってない。現実に向き合わずに想像とテクニックだけで書いた量産型エンタメ小説で特に見どころもないので読む価値なし。
「すべての心に希望が灯る傑作短編集」という宣伝文句が裏表紙に書いてあったので、誇大広告のぶんだけ評価を減らした。そのうち100均で大量生産した中国製の希望を売るようにでもなるんだろうかというくらい希望という言葉が安っぽく価値のないものになってしまった。この宣伝文句を書いた人は自分の家族や友人が絶望して自殺しようとしているときにこの小説を渡して希望が灯るかどうか試してみるといいよ。そんで死んだら三文小説のネタにでもすりゃいいよ。
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天国旅行(新潮文庫)【電子書籍】[ 三浦しをん ]