07/1/30+31【ジゼル】2007年1月30日 【ジゼル】 -全2幕- レニングラード国立バレエ ジゼルのことをゆっくり思い返す余裕もなかったけど(バヤデルカにすぐ巻き込まれたので)、ほんとにいい舞台でした。 ジゼルの魂を求めて、ユリの花を抱えたアルベルトのルジが姿を現したとき、舞台の空気は悲しみに同調するように、なお一層青く深く沈みこんだ。しんとはりつめた静寂。 マントの持つ高貴さと、研ぎ澄まされたルジのすべての神経と美に、一瞬のうちに吸い込まれていく。蒼白な横顔はひときわ美しく、壮絶なまでの美しさを見せつける両の脚。青ざめたルジはどうしてこんなに美しいのだろう。怒り、哀しみ、痛み、といった負の感情が伴うと、その美しさに胸を突かれる。 アルベルトは、泣くことができないでいるようだった。心が裂かれていくのを放置して、なのになんの痛みなのか認めることを拒絶していたかのよう。それなのにお墓に手向ける白い花束を手にしている自分。どこか呆然としていて、なにかひとことでも発したら、自分は狂ってしまうとでもいうように。そんな心の内が足取りをのろのろと迷わせる。 せめてジゼルの墓前に花を...。もしもそうしなければ、犯した罪は一層重く、このまま死ぬことも許されないであろう。止めようとする従者を静かに遮る姿には威厳があふれていた。従者がどんなに主人の身を案じても、これには頭を垂れて従うしかなかった。 気遣われるより、今は罰されたい。わたしは罪深い人間なのだ...。その顔はつらく歪んでいた。 お墓にたどり着き、さっきハンスがしたようにうなだれ、花を手向ける。ハンスとは比べものにならないほど、ジゼルに向ける愛情と失った哀しみは深い。 (ハンスが雑に思えてしょうがない。ハンスがジゼルの家の前で好きな気持ちを表現する1幕と、墓前で悲しむ演技が、同じに感じるんだけどー。) ルジの見せる悲しみよう、嘆きの感情って、「演じてる」とか「なりきってる」とかではなく、アルベルトが感じているままなんだと思う。ルジマトフはアルベルトになっているので、アルベルトが愛し慈しみ、傷つき嘆く、感情のひだのそのままを体現してる。アルベルトとして生きているから、演じる必要がないんだ、などとルジが言いそうだな。いやー、それはアナタがいろいろ超越しちゃってるからできることですから。 ジゼルが風のように現われ、アルベルトはすぐにその気配を感じる。 舞台を斜めに横切るジゼルに手を差し伸べたかと思った瞬間、ジゼルの体は宙にとどまり滑るように着地して消えていった。 ジゼルに触れられたというだけで、アルベルトはさぞ嬉しかったであろう、とじんわり感動していた自分。 ウィリーになったジゼルは、幼さや愛くるしさは消え、かすかに憐れみを帯びたような儚さ。ふわふわと宙を舞い、静寂のなかに瞬くようにかすかな重み。冷たいだけのウィリーではなく、ペン先ほどの小さな愛がまだ灯っている。アルベルトが弔いに来たことで温かみを増したようだった。 白いユリの束をアルベルトの前にばらばらと落とし、「わたしの純潔な心をあなたに捧げます」「どうか受け取って」と祈るような表情。ジゼルのアルベルトへの慈しみが溢れていた。 ジゼルは自分を責めないばかりか、ミルタの前では身を挺して自分を庇う。もう決して結ばれない相手なのに、この愛の深さはなんだろう。アルベルトは自分を恥じ、ジゼルの清らかな愛に感動すら覚えたに違いない。 ミルタは残酷な楽しみを奪われて怒り、まずジゼルを踊らせる。扇状に広がる純白のチュールは、ジゼルの穢れの無さと存在の神秘性の象徴のよう。精霊のように透き通る優美さに魅了され、アルベルトはふらふらと吸い寄せられる。 それこそがミルタの企み。神聖な守護物である十字架からアルベルトを引き離し、魔力でアルベルトを操るために、ジゼルは誘惑の舞いを踊らされた。 もしかしたら、アルベルトはわかっていたのかも。こうすることが自分への罰なのだ。ジゼルの手をとることで死に至るなら、それを甘んじて受けたいと、ジゼルのために今度は自分が犠牲になりたいと思ったのかもしれない。 ジゼルを頭上高く掲げるリフトは重力もなくふわりと舞い上がり、チュールが花びらのように広がってとても幻想的。舞台を横切るジゼルを滑るようにサポートする。なんて淀みないなめらかな動き。ふたりで息をあわせるたびに、愛でつつまれていく2人だけの静寂の世界。こんなに美しい世界はそうそう存在しない。お互いの吐息や気配や温度で感じ取っていくような間合いまでも息苦しい。(ウィリは体温ないだろうけど) ウィリのジゼルを象徴するようなポーズの数々を、シェスタコワは驚異的な安定感で、かげろうのように儚げに印象的にみせてくれた。切なくて涙がこぼれるような、美しい透明感。ルジとつなぐ手にさえ想いを込めて、信頼しきったパートナーシップ。ルジが支える手もいつも以上に美しかった。それにしても、ルジの手はひらひらと残像を残し、なぜあんなに美しい軌道を描くのだろう。あれにいつも吸い込まれそうになる。 魔力で踊り狂わされて疲労困憊の場面でも、もう余力がないアルベルトでありながら、形を崩していても美しさを失わず、本当に操られているように踊る。糸が切れたように地面にくずれ落ちた姿までため息が出てしまう。髪の毛の乱れ具合までが美しいと思う。 4時を告げる鐘が鳴り、ジゼルの胸に安堵が広がる。やさしく抱き起こすと、この人を救えたことを神に感謝しているように天を仰ぎ、その手をやさしく胸に抱く。シェスタコワはまるで天女だった。 アルベルトに抱きかかえられたときのジゼルの瞳が痛々しかった。このあと来る本当の永遠の別れが彼女の顔を歪ませていた。最後の抱擁でこんなに痛ましいなんて。 ひざまづく愛しい男の顔を、ゆっくりと撫でるようなしぐさには愛が込められ、慈愛に満ちた瞳がアルベルトをみつめていた。限りない愛で包み込む聖母のようなジゼル。同時に深い哀しみを湛えていた。お互いの愛が気高く深いもので、決して壊してはいけないものだったと、アルベルトは今更ながら痛感したのではないだろうか。 ジゼルがお墓に消えるまで、こんなに辛くて長い瞬間はない。やはりこれが罰だったのだ。生きて痛みを味わうこと。それでもジゼルは生きていてほしいと望んだのだ...。 墓前のユリの花を抱え上げ、いまや完全にジゼルを失った事実に突き当たる。白い花はジゼルの死を意味する。それを本当に理解した瞬間に、胸の奥から湧き上がるうめきとも嘆きともつかぬ感情。ジゼルがこの手から零れ落ちていったように、ユリの花をばらばらと取り落とし、放心したままずるずると後ずさる。お墓に向かって大きくジュテで一直線に飛び、お墓に取りすがって激しく嘆く。身をよじって泣き伏す哀れなアルベルトに泣かずにおれようか。 こんなに奇跡のような舞台が立て続けにあっていいのか。心臓に負担かかってるんじゃないかと思ってしまう。しばらくずっとジゼルの世界に捉われていたかったけど、3日後には問答無用でバヤデルカが始まるという、嬉しいんだか困るんだか、悲鳴を上げつつも嬉々として出かけては放心して帰ってくるという怒涛の日々。いやもう、この眼で観た事がすでに奇跡なのかも。 カーテンコールは慈しみあうジゼルとアルベルトのままで、これほど美しいカーテンコールをいつまでも観ていたい...と心から思った。だからこその初出待ちをしてみたのだけど、あれほどの悲劇の舞台をみせたあととは思えないほど、素顔のなんて気さくで優しいことか。晴れ晴れとしたいい笑顔で、心臓のどきどきが止まらなかったよ。そこまで動揺することはなかろう、と思うけど、完全に舞い上がってましたねー。はーー……。だって素顔があんなに素敵だとはねー。 |