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言葉のテレポーテーション

言葉のテレポーテーション「詩作論∞」

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おはようと 起きて私は蝶になる

仕事の合間である。僕はお茶を飲んだ。それも伊藤園の「おぉーいお茶」でなければならない。

そして、そのラベルに刻まれた俳句作品を鑑賞するのが常なのだ。そう、僕も作品を投稿して、自分の作品が掲載されたこのお茶が、スパーに大量に並んだ感動を思い出す。

同僚の前で僕は、「蝶になる」の、この作品を読んで見た。この作品は小学生が描いた俳句だが、僕は痛いほど感動した。

しかし、同僚は僕の凄まじい感動を理解してはくれないのだ。

「なんで?人間が蝶になるの?」

「おはようが、蝶になるわけ?」


いま、これを読んでくださっている皆さんは、この作品の素晴らしさが分かるだろうか?僕は、断然不思議に想い、20人くらいに聞いて見たが、「分かる」人は3人だった。

それは、もうびっくりだった。

ここでこの物語を、僕が推測で再現してみましょうね。詩を創る上ではとっても大切な物語なんです。


■私が蝶になった朝■

私は小学校の4年の女子。

夕べは宿題も早めに済ませて、おうちの手伝いもして、おかあちゃんに褒められちゃったよ。

そして、今朝。

私はいつもより早くに目覚めたの。

すがすがしい朝には、レースのカーテンから注ぐ太陽がまぶしくって、目を細めながら両手をイッパイに伸びをしたの。

あれ?いまの私って「生まれたての蝶」みたいだね。羽をイッパイに伸びをして、今日を一日羽ばたこうとしているよ。

「おはよう!」

なんか、楽しくなって大きな声で家族に朝の挨拶をしたんだよ。



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そうなんだ。詩とは(俳句や短歌も)、そこにいるから書けるもの。心のドキュメンタリーなんだね。

創ろうとして、繕うとして書けるものではないのです。

あくまでも「そこに」いることが大切な芸術なんだ。それでは読む方はどうだろう。

この俳句の意味が分からない人がほとんどだね。それには理由があります。あくまでも文章として捕らえるから分かりはしないんだ。

この作品の心を読み取る少しだけの努力をしなければ芸術に歩み寄ることは難しい。だからこそ、読む側もそこの現場を踏んで見るのが大切。

そこに行く事。が芸術を知る鍵なんだ。

絵も、写真も、小説も。そこへいくから(作者や人物になる)こそ理解できるし、感動が生まれる。

では、もういちど。

描く人は「どこへ」いけるだろうか?

心は無限であるならば、人はどこへでもいけるんだ。時間も空間も超越して羽ばたくことができる。始まりも終わりも無い時空を自由に飛翔できるのが心だ。

ならば、人間は心の奥に繋がった世界を垣間見ることができるんだ。だからその「場所」へ行くことができる。

創作は時空を超えた心のテレポーテーション。

たくさんの芸術に心が脈々と息づいているんだ。その心の「現場」を垣間見た人は、作者と同じ「崇高」を手にすることができる。

創作と鑑賞はひとつの物。だからこそ芸術なのです



■今日の詩作品■

音楽が色あせたスクリーン。是非、題名をクリックして読んで夕日を見つめてくださいね。



「初夏の紅」



漆黒の空を


日は射し蔭りゆく


つかのまの時空に


夕陽を彩り消えた人


風も雲も置き去りにして





松尾多聞



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