カテゴリ:★小説「死神の告白」★
「とうとう(復讐屋)が暴走したぞ」
港町署に戻った冴子に、捜査二課の部長刑事が叫んだ。 「上智大学二年生の娘が二日も家に戻っていないそうだ」 「誘拐ですか?」 「これが(復讐屋)からの脅迫状だ」 「(あなたの教育理論をお子さんたちで実践してあげます)理論を実践って? もしかしてスパルタ教育? そうだとしたら・・・・・・」 「すでに榊原の家には捜査員が張り込んでいる。長女の美和さんはフラワーアレンジメントの講座に通った後、行方不明になったらしい」 「君も一度榊原氏の実家で捜査員から情況を把握し、その後引き続き(復讐屋)を特定するために聞き込みを続けてくれ」 「はい、わかりました」 (復讐屋)が本気になっている。すでに暴走し、狂犬になっている。 猛獣になるのも時間の問題だった。 貧弱な陽光が樹海の木々の間から忍んでくる。火山岩の山をかけ降りた亮一は、転がった拍子に、せっかく手に入れた靴をなくしてしまった。 細かい火山岩が降り注ぎ、火山灰が降り積もった大地は、亮一の足の裏を容赦なく傷つけ、血塗れにしていた。 岸田の骸骨を追い掛けてきて、かなり下に降りてきてしまった。上にいた時には樹陰の隙間から遥か向こう側が見渡せていて、細やかな希望を与えてくれていたが、ここでは全く視界が閉ざされてしまっていた。 昼間なのに、二十一世紀の日本であるはずなのに、まるで洞窟の中にいるように闇色に染まっていた。 懐中電灯などの灯りもない中で、亮一は追い付いて拾い上げた(岸田)を睨み付けた。 「お前のせいで、リュックも缶詰もなくしたぞ。どうしてくれるんだ。人が親切に日記を届けてやろうと思ったのに」 血だらけになった指先を握り締めて、(岸田)を殴った。何度か殴ると、気が晴れて気分が良くなってきた。 「一人にしないでくれよ。淋しいよ」 今度は岸田を抱き締めながら、亮一は愛しい(彼)に口づけをした。 「!」ここだというような岸田の声が聞こえて、亮一は足元を見た。 針のように差し込んでくる陽光の中で、辛うじて固有の色を与えられていた。鈍色の物体。人類の発明において最高傑作の一つである缶切り。 「あ、あ。缶切りだ。こんな所に。野犬がくわえてきたのか」 どうしてこんな所にあったのか。どうして岸田の骸骨はここで止まったのかなどという問い掛けなどは、今の亮一にとっては愚問であった。とにかく缶切りがここにあった。まだ使える。これであの(最後の缶詰)が食える。 亮一は引っ手繰るように缶切りを拾うと、(岸田)を小脇に抱えて、猛然と山頂へと登り始めた。途中で靴を見つけられたので履こうとしたが二つに裂けていて、靴にはならなかった。諦めて靴を捨て、残してしまった缶詰を手に入れるために、再び山の中腹を目指した。 木の根。蔓。苔。つかめるものは何でもつかんだ。鮫膚のような土くれで、足の裏が擦り切れそうになっても、彼は登ることを止めなかった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2011.10.13 21:33:34
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