カテゴリ:★小説「流星の挽歌」★
鎌倉からマッチオの運転するリムジンは、東京に向けて快走していた。行きとは違って、気がゆるんで静かな気分だ。
アカネはこれまでの興奮状態から、神経が安静している。もう何かに襲われることもないだろう。たとえ襲われてもリューが防いでくれる。静にリューの腕にもたれかかっていた。リューの指のメンズリングのエメラルドが、アカネのいまの静寂な気分のように、厳かな輝きを放っていた。 「僕はこれからイタリアに帰るよ。早く母を探したいから」 リューの母親が生きていて、イタリアにいるという情報を追い掛けて、リューはイタリアに向かうことになった。 「君は気づいただろうけど、俺の父親はマフィアで、母親はヤクザの娘だった。俺はイタリアでマフィアの息子として育った。伯父はアメリカとイタリアの両方を仕切っている」 「なんとなく、わかってた」 「つまり、血に塗れた家柄なのさ。俺は呪われた血脈と呼んでいる。マフィアはイタリアとアメリカに存在している秘密犯罪組織だ。この言葉はアラビア語がイタリア方言化したものだと言われている。もともとシチリアが発祥で、外国支配に対する自衛組織に起源があると言われていた。歴史はほぼ二百年、政治経済に食い込んで巨大な利権を手にしている。EUの統合で、ヨーロッパ諸国から嫌われているんだ。色々と秘密組織があってね。俺でもまだよくわからない。イタリアマフィアとはそれを総称していて、構成員は二万人近くいるよ。自営業のオヤジまでもが構成員という街もある。アメリカのマフィアはイタリア人の移民によって作られた秘密犯罪組織だ。ここも歴史は長いよ。それがギャングとなって、暗黒街をしきっている。色々オキテもあってね、破れば家族も殺されてしまう。利権のためには手段を選ばない凶暴性もある。俺は関わりたくはないが、ファミリーの一員で、抜けることは難しい。死なないかぎりね」 「つらいのね。だから学者になりたいのね」 「どこでも、一人で生きていけるようにね。いつか、ファミリーを捨ててやる」 それ以上何も聞けなくなった。彼女はもちろん悪人が嫌いだ。ヤクザ映画も嫌いだ。女はきっと生む性として、悪人は嫌いなのだと思う。 それでもリューだけは違う。彼はきっと善人だ。出会ったばかりだが、手紙のなかの彼は高潔な男だった。 「せっかく日本に来てくれたのに、もう帰っちゃうの?」 「また来年、桜を見るために来るよ。今年は見逃してしまったから。一度見てみたかったのにね残念だった。そうだ、よかったらアカネも来ないか?」 「え? イタリアに?」 「そうだよ。コモに別荘があるから、そこでバカンスを過ごせばいい。他の街にも俺の家がある」 「イタリア・・・・・ね。いいな」 アカネはときめいた。まだ海外旅行は、バリしか行っていない。高校の卒業旅行は沖縄だった。アジア以外の国に、就職活動前に行っておきたいと思っていた。そんなところにいきなりイタリア行きの話が舞い込んできた。しかもイタリアンボーイのリューと。しかも別荘でのバカンスまでついている。 「い、行きたいけど、庶民には高嶺の花よ。エベレストから飛び降りる勇気があっても、いま海外旅行は無理。バイト代かき集めても、片道も出ない」 「旅費は気にしないでいい。ぼくがすべてもつから。一緒にバカンスを楽しもう」「!」 なんというチャンス。なんというハッピーデイ。コモというのはコモ湖のことだろう。知識だけはあった。ないのは金だけだった。 別荘地としてのコモは日本でも有名だ。ヨーロッパ中の選りすぐられた富豪たちの別荘があるのだろう。日本で言えば、箱根の芦の湖の湖畔に、城のような別荘の建物を増やしたような風景だ。 「急で悪いけど、明日の朝出発だ。いいね」 リューは強引だったが、アカネはうなずいていた。今は夏休み。 まだバイトのあてもない。 (ひと夏の恋というのもいいじゃない) 実家の深川に戻ると、母親はリューからの土産を抱きしめて礼を言っていた。姉たちもブランドのスカーフやバッグに飛び上がっている。彼女たちはいつもアウトレットで三流品を買うのだが、リューが手土産として持参したのは、免税店での一流品ばかりだ。 「どうして、高級ブランドのバッグを買ってきてくれたの?」 「マッチオに、日本人はヨーロッパのブランドが好きだって聞いたよ。喜んでもらえてよかった」 「マッチオでも日本人のブランド好きを知ってるのね。恥ずかしい」 「あのお母さん、アカネさんを連れてイタリアに行きたいと思っていますが、よろしいでしょうか?」 「イタリア?」 母の真子はアカネがキッチンにやってきたときに、耳打ちしてきた。 「リューってコ、気が利くわね」「そんなもので飛び上がっちゃって、恥ずかしくないの?」「どうして? うれしいでしょ。あんただって、プラダのトートほしがってたじゃない? ねぇ、イタリアについていくんだって。行ってきな。避妊しないでさ、みんなあげちゃって孫の顔早く見せておくれ。まるで婚前旅行だね」 「おかあさん!」「いーじゃない。だってもう上の子たちは手遅れで、絶望的だしさ。あんただけが、あたしの希望の星なの」 「リューはただのペンパルだって」 「わかんないわよ。バカンスは人を開放的にするんじゃないの? 私生児でも母子家庭でも何でもあたしがまとめて面倒みてあげるから、遠慮しないでいくところまでいっといで」 「何考えてんのよ。そ、そんなことばかりいって」 「誘われたらどこまでもいっちゃってもいいから」「え~」 「孫の世話がしたいわ」母親はスキップをして浮かれている。 リューを子種にして、孫の顔をみようという魂胆らしい 「なんですって、アカネ、イタリアに行くんだって。いいな」 「イタリアの男は手が早いから、すぐに孫を連れて帰ってくるわよ」 「キャー! ステキ」 「ここまで強引にしなくちゃ孫の顔を見られないからといった。あのこはまだ二十才だし、あんたたちはもう、語るも恐ろしい年だから。あたしゃ何でもやるわよ」 「あーひどい。あたしたちだってまだまだ生めるわよね」 三人の姉たちは三十二才を筆頭にまだ結婚していない。 「あ、すぐに準備しなくちゃ。トランクどこだっけ? おねーちゃん、ヴィトンのトランク貸して」 「イヤよ、ヨーロッパじゃ、トランクってよく行方不明になるんだって。スーパーで安いの買えば」 こうして、急遽決まったイタリア旅行への出発準備が始まった。 (ひと夏の恋か。いままで何度海にいっても、ナンパされなかったけど、今度はホンモノかもね) (今まで生きてきて、いちばん最高の夏になりそう) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2013.01.19 13:16:35
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