カテゴリ:Oの人生論
Facebookを読んでいたら、 人の投稿に嫉妬や劣等感を感じることがあるという記事に出会った。 「へえ」と思った。 ぼくから見たら、 彼のやっていること、 経歴、 考えていること、 知的な表現力、 うらやましい限りだからだ。 意外なものだ。 だけど、 どんなに幸せに見える人でも、 いつも、雲ひとつない晴天の下で生きている人はいない。 曇りの日もあれば、 雨の日もある。 嵐の中で右往左往することもある。 人はかなしみという大地の上に立っている。 そこに、 幸せの種をまき、 育てている。 ぼくの尊敬する帯津良一先生がおっしゃっていることだ。 人の心の中にはいつも雨が降っていて、 ときどき晴れる。 人は、 たまの晴れの日を、 まわりに伝えたくなってしまう。 だから、 Facebookを読んでいると、 この世は青空に覆われた楽園で、 自分だけが沈んでいるように感じてしまう部分もある。 嵐の日に、 晴天のもとにいる人のことを見ると、 うらやましいなと思ったりもするのだ。 彼のような、 ぼくから見ればまぎれもない「優等生」が、 劣等感をもっているとは思ってもみなかった。 しかし、 彼は本音を語ってくれたのだと思う。 虚勢はもろい。 本音は強い。 聖賢の人は本音で生きているし、 小賢しい人、愚かな人は、 虚勢を張る。 そんな話を聞いたこともある。 彼に何があったかわからないが、 大きな節目にいるのではないか。 ここを乗り切ったとき、 きっと彼は大きな仕事をやってのけるのではないか。 偉そうに、 そんなことを思った次第だ。 ぼくも見習わないと。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2024年12月10日 12時58分53秒
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