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カテゴリ:Oの人生論
月に1~2回、東京へ行くことがある。
悩むのは、 日帰りか一泊か。 昼間のうちに終わる仕事ならその日のうちに帰る。 夜までの仕事なら一泊なのだが、 7時ごろ終了というとても中途半端なときもあって、 迷ってしまう。 8時ごろに東京駅を乗れば、 名古屋に9時半。 最寄り駅には11時までには着く。 今はホテルも高い。 予算的に厳しいところがある。 かと言って、 安いところだと、 ゆっくり休めなかったりする。 それなら泊まらずに帰るかということになる。 東京に未練があるわけでもないし。 ただ、帯津良一先生にお会いできる一日は、 とても貴重な東京行きだ。 ![]() 昨日は先生にお話をうかがい、 食事をごちそうになった。 「帯津先生の魅力って何だろう?」 いつも先生のニコニコしながらお酒を飲む姿を見て思うことだ。 出会ったのが1988年だから、 もう40年近くお世話になっている。 先生は、「ああしろ、こうしろ」とは一切言わない。 よもやま話をしながら、 ぼくが質問すると、 それに短い言葉で答えてくれる。 先生のおっしゃっている場の医学のことは、 言葉だけではわからないものがある。 先生がどういう景色を見ながら語っているのか、 ぼくのレベルではなかなか理解し切れない。 それでも、 長いお付き合いなので、 じわじわとしみ込んでくるものはある。 何気ない先生のひと言に深い真理が隠されていたりするように思えるようになってきた。 先生の魅力。 これは、 人間であることを十分に楽しんでいることではないかと思う。 - 「先生」と呼ばれるようになると、 まわりよりも上の立場であろうとして背伸びをする人が多い。 いろいろなことを知っていないといけない。 人が感動することを言わないといけない。 俗っぽいことから離れないといけない。 聖人君子でないといけない。 まわりから持ち上げられて、 自分は特別な存在だと思ってしまうこともある。 人間を超えて神様の領域に入りたくなる。 帯津先生にはそれがない。 健康にいいものを食べるのではなく、 食べたいものを食べる。 女性も大好き。 ハグをしているときのうれしそうな顔。 ハグされている女性も、 それをまわりで見ている人も幸せになる。 こんな進行したがんが治ったんだと自慢することもない。 治るも人生、治らぬも人生。 流れに身を任せながら、 そのときどきで自分のできることを精いっぱいやる。 身の丈で生きるというのは、 人間として与えられた天分を感謝して生かせること。 先生は自然にそれができているような気がする。 ぼくの知り合いで、 末期がんから2度も生還した人がいる。 帯津先生の「養生塾」で体験を先生に話したら、 こんなことを言われたそうだ。 「良かったですね。でも、あなたはがんが治って何をするのですか?」 彼は考え込んでしまった。 ただ治ることだけを考えて生きてきたからだ。 治って何をするのか。 養生塾が終わって家に帰って、 ずっと何をすればいいのか考え続けた。 出した答えは、 「食は大事だから、農業をやろう。それも農薬や化学肥料を使わない農業を」 本気で取り組んで、 10年間、彼はいい仕事をして、 3度目の末期がんで旅立っていった。 家庭のことは顧みず、 奥さんやお子さんには苦労をかけた。 そんな話もしてくれる。 あまりつき合いたくないと思っていた人もいる。 「あの人のこういうところがちょっとな」 正直な方だ。 完璧を求めず、 欲張りもせず、 ほどほどで生きているのが素敵だ。 それでいて、 死後の世界を視野に入れながら、 いまを生きているわけで、 だからこそ、 90歳になっても悠々と過ごしていられるのだろう。 ![]() ![]() なかなかああいうふうに生きられないが、 それでも、 ぼくにとってはいい目標が身近にいるというのはありがたいことだ。 帯津先生は、 70歳になってから「今日が最後の日」と思って生きるようになったそうだ。 ぼくは、 残念ながら70になっても、 ずるずるだらだらと生きている。 それは人間のスケールだから仕方ない。 でも、 もし先生に会っていなければ、 今みたいに頻繁にお会いしてお話をお聞きしていなければ、 もっとぎすぎすした生き方しかできなかったと思う。 1988年に先生にお会いできたことで、 ぼくの人生はみずみずしくなった。 ありがたいことだ。 また来月もお会いできる。 ![]() お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2026年05月21日 12時06分49秒
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