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カテゴリ:Oの人生論
昨日書いた物置きの改装の件だが、
なかなか物事が動いていかないときは、 立ち止まるときだと思っている。 思ったようにいかないと、 ついついがんばって何とかしようとするが、 動かないものはどうがんばっても動かない。 それでも、 ちょっとだけ角度を変えて取り組んでみると、 すーっと前進したりすることがある。 願えば叶うという神話があるけれども、 願いは「我」でもある。 この世は、 我を超えた大きな力が存在していて、 その力は、 自分が本当に進むべき道へ導いてくれるものだ。 叶わない方がいい願いもあるわけで、 間違った願いに固執していると、 さまざまなトラブルに見舞われて、 ストップがかかるものだ。 うちの妻は、 生まれ育った札幌で一生を過ごすとつもりだった。 大きな会社でたくさんの給料をもらって、 結婚もするつもりなく、 おいしいものを食べたり買い物をしたり海外旅行をしたりして生きていくという、 決して高尚ではない人生設計を立てていた。 それが彼女の願いで、 20代後半までは順調だった。 ところが、あるとき交通事故にあった。 車で帰宅するとき、 交差点で信号無視の車に左横からぶつけられて、 車はひっくり返るほどの衝撃で大破。 大けがをしなかったのが不思議くらいの大事故だった。 ひどいむち打ち症になって、 つらくて苦しい1年間を過ごすことになる。 そんなときに、 一枚のチラシを母親の知り合いが届けてくれた。 それが真氣光という気功との出あいだった。 わずか15分ほどの治療、それもビデオから氣を受けるという信じがたいような施術で、 どれだけ苦しんだかわからない首や頭の痛み、倦怠感がきれいに消えてしまったのだ。 彼女は大企業を辞めて、 真氣光の会社へ就職する。 困っている人を助けたい、 世の中を少しでも良くしたい、 真氣光の中川先生の手助けをしたいという、 彼女の「やるべきこと」が表に顔をのぞかせたのだ。 勤務先は東京。 小さな会社だ。 ここで札幌から出ない、大企業で働くという願いがひとつ崩れた。 さらに、 ぼくと知り合って結婚する。 一生独身、そして経済的に苦労しないという願いを反故にすることに。 子どもが生まれて、 生活の浮き沈みはもっと激しくなる。 彼女は都会生活が好きで、 大きなデパートのないところには住まないと公言していた。 コロナ騒ぎが彼女の願いを崩す。 山梨に移住することになったのだ。 ぼくが言い出したわけではない。 妻が決めて積極的に山梨移住に向けて動き出した。 ヤギを飼ったのも、 彼女の発案。 自分の人生設計(願い)はどんどん崩されていく。 そしてついには、 ぼくの実家のある鈴鹿に越した。 これも彼女が言い出しっぺだ。 「これしか選択がなかったのだから仕方がない」と妻は言う。 大きな力は、仕方がないと思えるような形に追い込んでいき、 願いなんて粉々になってしまう。 しかし、 どこか居心地の良さを感じさせてくれるのが、 大きな力の演出なのだ。 ヤギだけでなく、 犬やネコ、ニワトリもいる。 大きなデパートなんかない。 ぼくにはまったく不満がないが、 妻はこの生活に満足しているわけではない。 まだ、 かつての「願い」に未練があるのはよくわかる。 しかし、 ここまでどうやって運ばれてきたかを、 冷静に見直してみれば、 ちっぽけな我を手放すしかないとわかるはずだ。 ぼくたちが置かれている状況の中で、 上手く行っていることは何か? を見れば、 これから進むべき流れがぼんやりと姿を現すはず。 今まで進んできた道も大きなヒントになる。 そこに一手を打てば、 物事は一気に動き出す。 今、ぼくたちはそういう節目にいる。 焦ることはない。 間もなく扉が開く。 これまでの流れからすると、 扉の鍵は妻が握っているはずだ。 ![]() お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2026年07月19日 08時57分29秒
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