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デビュー10年目の今年は正念場です。一昨年、一念発起でとにかくガムシャラに出来ることを何でもやろう!と決心して手当たり次第にお給料無視で様々な活動を始めました。

同人音楽に参加すること、生徒さんが少なくてもカルチャーセンターで抒情歌講座を受け持つこと、たくさんの場所で歌うこと・・・。

1年も経たないうちに、信じられないような形で結果が大きく花開いてきました。この花を少しでも長く咲かせていたい!そう思ってノンストップで頑張っています。

応援してね!
あとうちのワンコのぴぃちゃんのことを好きになってくれると嬉しいな♪

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げんきに歌おう!プロジェクト

2011年07月19日
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◆双葉保育園の副園長先生

この保育園はご夫婦と息子さんの家族経営の私立の保育園です。
坂の上にあるにも関わらず、私のおへそくらいの高さまで水が入ってきて設備がかなりやられたそうです。

気仙沼12.jpg


園児とその両親に犠牲者はひとりも出なかったのは不幸中の幸いだと笑顔を見せて下さいました。
でも、お庭が海水のせいで荒れてしまったこともあって、他の園に園児が移ったり、やめた保育士さんがいたりと悲しいことがたくさんあるようで、いろいろなことをお話し下さいました。
どこへ行ってもわりとみなさん笑顔で話して下さって、そんなに辛くないのかな?と一瞬思ってしまうくらい平静を装って下さる方が多い中、副園長はフレンドリーで率直な生の現状を聞かせて下さいました。
命やおうちが助かっても、仕事や生活に不安があればやっぱりストレスは大きい、ダイレクトな気持ちが伝わって来ました。お話してくださってありがとうございました。

一方、園長さん(副園長の旦那さま)は歌が大好きで、私でも知らないような古い日本の童謡や抒情歌を園児に教えています。
毎月、歌のプリントを出していて、それをいただきました。
私にとっても素晴らしい資料となりました。
バックナンバーから今後出す号までFAXで送ってくんないかな・・・。
その活動、ほんとうに素晴らしいです。ずっと続けてください!!

下の動画は双葉保育園の被災1週間後の様子です。
ちらっと映る坂の下が瓦礫で埋まって通れない風景にびっくりします。
http://www.youtube.com/watch?v=dryF0XfjVis


◆のびすくの職員さん

東北最後の演奏場所、仙台市内の「のびすく長町南」。
駅ビルの中の綺麗な施設です。東京でいうとルミネみたいな感じの建物。
でも、震災後は建物の被害で一ヶ月半ほど休館したままだったそうです。

ここの職員の佐藤さんは5月にやった「のびすく仙台」のコンサートの日にそうとは知らずたまたま来ていて、そのときに自分自身がすごく元気になったからと「のびすく南長町」でも演奏して欲しいとその場でご依頼をいただきました。
こういう話を聞くと仙台のような被災の少ないところで無料で演奏する意味ってあるのかしら?とちょこっと思ってた自分が恥ずかしくなります。東北に住んでいる限り、みんな傷ついている。
少しでもその傷の痛みを忘れる瞬間を作れればいいと思って始めた活動なのにね。

さて、そんな佐藤さんの思いの強さゆえか、のびすくでは異様なVIP扱いで戸惑いました(笑)
ポスターはいっぱい貼ってあるし、お出迎えはたくさん来るし、楽屋にはお茶とお菓子があるし、メッセージカードまであるし・・・。そこまでしなくていいよ!と思うくらいでした。

「木村さんは著名な方ですので、目立たないルートを通ってお通りください」とか言われちゃった。(笑)
いやいやいやいや、だれーも気づきませんので大丈夫ですし!

気仙沼13.jpg 気仙沼14.jpg

気仙沼15.jpg


その佐藤さんの熱意のおかげでのびすくはなんと170人ものお客様が!!
この日、仙台市内では大きなお祭りがやっていたにもかかわらずこの数の集客。感激です。
佐藤さんはじめ、スタッフの皆様方ほんとうにありがとうございました。

気仙沼16.jpg


帰りにはブリザードフラワーの手作りの飾りのお土産もいただきました。

気仙沼17.jpg


そのお花を作って下さったスタッフの方とお話したのですが。
その方はご実家が石巻近くにあってやはり津波の被害がひどかったそうです。
でもとてもニコニコしてらっしゃるので「ご実家やご家族は大丈夫だったんですか?」と聞きました。
「父がね、亡くなったんですけどもね、だから今日は楽しみにしてたんです」と思いも寄らない答えが返ってきました。

胸が詰まりました。
亡くなった方の数が膨大だからでしょうか、みなさんあまり悲しそうな顔をなさいません。
でも悲しくないはずありません。なんだか、それが気の毒でなりませんでした。
そういう方が、私の歌を楽しみにして下さっていたんだと思うとやりがいもあるし、責任感もあります。

私のようなチャラチャラと東京で贅沢に暮らしている小娘が、被災地の方々の傷の痛みを歌の力でどれだけやわらげることができるのか、自分でもまだ自信があるわけではありませんが、聞きたい、歌って欲しいというひとがいる限り、必ずまだ東北に行きたいと思います。

歌が私の仕事でよかった、ディズニーのお仕事してて良かった、本当にそう思います。
みなさん、本当にありがとうございました!

気仙沼18.jpg


----------------

7/20発売、ジブリカバーアルバム詳細は7/17のブログ記事にて。
ご購入は楽天ブックスでどうぞ♪






Last updated  2011年07月20日 08時51分28秒
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◆宮登の大将

サウンドラボ斉藤さんのギターの生徒さんである大将。
大将はお料理作ってたからそんなにおしゃべりしなかったので、聞いた話だけど。

大将のお友達のホルモン屋さんをやっていた方が津波でお亡くなりになったそうです。
その方が生前ギターを習いたいっておっしゃってて、お友達のその思いを引き継いでギターを斉藤さんに習い始めたのはつい最近だそうです。
大将もご自宅が被災されて親戚だかお知り合いだかのおうちにお世話になっているらしいです。
このお店自体も前の場所は流されたので別の場所で再オープンしたばかり。
ギターも支援物資で提供されたもの。

なんか・・・。なんと言っていいかわからないけど、ギター上手になって下さいね!
大将のお料理、超!超!おいしかった。
からあげとツブ貝としそおにぎりとかれいの焼き物。

気仙沼05.jpg 気仙沼06.jpg 気仙沼07.jpg

気仙沼08.jpg 気仙沼09.jpg 気仙沼10.jpg

右側は宮崎さんのお魚食べたあと。キレイすぎて、ちょっと引く~・・・。

いつも満席。ご予約お早めに。
http://www.k-miyanobori.com/


◆宮登で一緒になった団体さん

なんかね、ギターを大将が出してきて斉藤さんが弾いて、宮崎さんがゴミ箱裏返して太鼓にして、私がデスペラードを歌ったんです。
まあ、酔ってたんですね、みんな。

気仙沼11.jpg

そしたら大人数の団体さんが聞いて下さいまして。ほとんどがおじさんだったんですけども。
たくさん拍手して下さって、ちょっとだけお話できたんです。

ただのおじさん達の飲み会かと思ってたら全然違ってました。
ひとりだけ若い男性がいらっしゃったんですが、その方は東京からボランティアに来てた方でした。
この日が99日目で、100日目の明日東京に帰ることになり、彼の送別会を行うために宮登に来たそうです。
普段は避難所ですからお酒も飲めないはずですが、今日だけ彼のためにお店をわざわざ予約してみんなで来たと聞いて、感動してちょびっと泣きそうになりました。

そこにいた方が、地元の青年団のリーダーの方で仮設住宅のところに小さなステージを作るからそこに歌いに来て下さいと言ってくださいました。
絶対行く!!

人がいればそれだけのドラマがあって、みんな一生懸命立ち向かっている。
胸が熱くなりました。






Last updated  2011年07月19日 20時47分47秒
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今回の東北ツアーはとにもかくにもいろいろな出会いがありました。
第一回目の活動よりも、ツアー決定から出発までの日程に余裕があったため、それまでにツイッターで交流出来た方が何人かいました。
そういう方々から聞いた話などで前回よりも、よりリアルな被災地、被災者を感じることができました。

◆ラクさん

ツイッターのbot(自動配信)で気仙沼に関するいろいろな情報を流している方です。
気仙沼高校の情報を流していたのを見つけ、私がフォローして、フォロー返しをして下さいました。
気仙沼のボランティアセンターの担当者の携帯番号を教えて下さったり、宿がとれなくて困っていたところネットには出ていない旅館の空き部屋を見つけて下さったり・・・。
気仙沼高校でのコンサートの際は実際に見に来て下さり、ホヤぼーやのストラップとキーホルダーを下さいました!!
(松峰園でいただいたのですが、こちらは顔だけVer、ラクさんには全身Verをいただきまして両デザイン揃いました。ラッキー)

気仙沼01.jpg


ラクさんは自宅の1階部分に津波が来て、震災後しばらくは避難所にいたそうです。
その後1階の泥出しをして、ご自宅に戻られたもののお母様の元気がなく心配なさっていました。
少しでも元気を出す刺激になればと「サインが欲しい」とおっしゃっていただいたので、東京からサイン入りの魔法にかけられてのDVDを持っていってプレゼントいたしました。
喜んでいただけるといいのですが・・・。

ツイッターで「避難所からおうちに戻れて良かったですね」と言ったら「そうですね、でも避難所は高齢者が多くて、その人たちを置いて出て行くのはとても辛かった」というようなことをおっしゃってました。東北のひとたち、本当にみんな優しいです。涙


◆斉藤さん

気仙沼のギター教室サウンドラボの主催の方です。

相互フォローしてからは最初斉藤さんから話しかけていただいたんだったと思います。
「うちのスタジオでコンサートやりませんか?」と。
昼間がすべて演奏で埋まっていたので、初日の夜はどうでしょう?と言ったのですが夜は人が集まらないから無理かなということになり、なんとなくそれきりお話する機会がありませんでした。

それが急転直下したのが出発前日。
パーカッションの宮崎さんが東京まで出てきて、全員での稽古があったはずなのですが、楽器の受け渡しのトラブルでその日来られなくなってしまいました。
打ち合わせはしたものの、稽古はしてなかったので、いきなりぶっつけ本番は無理!
気仙沼についた日の夜、なんとかどこかで稽古できないか・・・と考えて思い出したのがサウンドラボ!!

前日に「あのー。超ずうずうしいお願いなんですがー、稽古場貸してもらえないでしょうか?」的なメールをしたところ快諾していただきました。超助かった!
そんなわけで朝出発→夕方気仙沼到着→ホテルに荷物だけ置く→サウンドラボへ。
というスケジュールで、稽古をさせていただいた次第です。

サウンドラボは建物の2階のお部屋でしたが、1階はブルーシートとガムテープみたいな感じで水が入った形跡がありました。聞くと、ご自宅はこの建物の裏だそうです。
だからおうちもたぶん水が入ったのでしょう。
全然明るくて「被災者!」というオーラではないのですが、やっぱりここの人はみんな多かれ少なかれ被災されているんだと思い知る最初の方でした。

気仙沼02.jpg
マリンバが想像よりも大きくて絶句。

気仙沼03.jpg
記念撮影♪


稽古後、斉藤さんの生徒さんが大将をやってる和食のお店「宮登」へ。
もちろん斉藤さんもご一緒に。ゴハンのアテが全然なかったので、紹介していただきました。
ここが、超おいしくて!!!(それはあとで書く~)

気仙沼04.jpg
宮登でギターを弾く斉藤さん。実は私も歌ったの。


ここで聞いた震災当日の話。

海から多少離れた場所にある自宅。そのとなりの4階建てビルの屋上で一晩明かしたそうです。
お母様とワンちゃんは一緒だったものの、お父様が避難しようと思ったときに、さっきまでいたはずが行方不明になってどこにもいなくてビックリしたそうです。
お父様は保険関連の仕事をしている関係で気になって、なんと海を見に行ったそうです!!

間一髪高台に登って助かったものの、その後そこにいればいいのに、水の中に入ってサブサブと自宅まで帰ってきた、と。
ちょうどテレビかなにかで濡れた服を着たままだと体温がどんどん奪われるという話を聞いたばかりだった斉藤さんが、全部服を脱がして家族のものを着させて・・・。
ということでとにかく全員助かった、屋上から見ると火事が広がるのが見えて、川を越えてこちら側に火が来たら、もう一度逃げようということだったけど来なかったということでした。

「自分の街がそんなことになっているのを見たそのとき、どういう気分だったんですか?」
と率直な質問をしました。斉藤さんは淡々と、でも笑顔で
「やり直しのきかないゲームをしている気分でした。けっこう冷静でした。でもあの危機を乗り越えたから、もうなんでもできる気がしてます」

そういうことで、震災後に自分がギターを教えながら、演奏・稽古の場所として提供できるサウンドラボを作ったという話でした。
普通に見える、普通のひと、でも自分と同じ音楽をやっている方のリアルな震災の話が聞けてよかったです。気仙沼高校のコンサートにはお母様も来て下さいました。

またあのお部屋に歌いに行きたいです。ありがとうございました!
(実は2日目の夕飯場所も教えてもらっちゃったのでした。)






Last updated  2011年07月19日 19時33分37秒
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2011年07月11日
全然ブログ更新してませんでした。
ツイッターやっているとそれで満足しちゃうんですよねぇ。
でもまとまりのある記事も書いておかないと、と反省中。
東北への出発が明後日の7/13(水)にせまりました。
おそらく7/16に帰ってくるまで、ブログの更新はほとんどできないと思います。

今後の情報はすべてツイッターで更新しますので、ぜひフォローを!(orブックマーク♪)
http://twitter.com/#!/satokokimura

さて、今回の気仙沼・仙台関連の情報をざくっとまとめます。


◆◆◆◆日程・演奏者◆◆◆◆

→ 印刷用PDFはこちら(住所等も載ってます)
http://satoko-kimura.com/genki/img/201107.pdf

□7/14(木)
  1. 10:00~10:40 松峰園 (知的障害者通所施設)
  2. 11:40~12:15 気仙沼カトリック幼稚園
  3. 13:50~14:30 気仙沼小学校 あんばホール
   (会場は"気仙沼小学校"ですが"南気仙沼小学校"の学校行事として開催。)
  4. 16:00~16:40 気仙沼高校 一般避難所A
□7/15(金)
  1. 09:40~10:20 障害者支援学校 ※非公開
  2. 11:15~12:00 愛耕幼稚園
  3. 14:30~15:10 双葉保育園
□7/16(土)
    11:00~11:40 のびすく長町南

☆支援学校以外はすべて一般公開しています。聞きに来て下さい!

【演奏者】
木村聡子(歌)
宮崎仁(マリンバ・パーカッション)
平林明子(ピアノ)


◆◆◆◆活動全般について◆◆◆◆

私たちの震災支援演奏グループ「げんきに歌おう!」プロジェクト。
今後も活動を続けます。ご依頼等ありましたらご連絡ください。

HP →http://satoko-kimura.com/genki/

携帯 →http://satoko-kimura.com/m/i/genki.html

チラシPDF →http://satoko-kimura.com/dl/genki-chirashi2.pdf

企画書PDF →http://satoko-kimura.com/dl/genki.pdf


◆◆◆◆プレゼントについて◆◆◆◆

気仙沼高校の避難所へプレゼントプレゼントをたくさん贈りました。
(支援物資っていう言い方よりプレゼントの方がワクワクするでしょ?)

プロジェクトからではなく、そのまわりの応援してくださっているたくさんの方々からの提供ですので、ここで紹介させていただくと共に、深く御礼申し上げます。

1.石澤研究所さま
大量の化粧品類、衛生用品等を高校生たちに。
(化粧水・乳液・シャンプーリンス・ボディーソープ・消臭スプレー・日焼け止め・メイク用品等)
正確に数えていませんが、おそらく20万円とかそれ以上かも知れない金額分だと思います。
石澤さんは最も最初に私たちの活動への参加を表明してくださった企業です。

2.味の素KKさま
アミノバイタル、カップスープ粉末等ダンボール8箱分。
こちらは気仙沼高校内の一般避難所の方へ送りました。
体育館には150人程度がまだいらっしゃるそうです。

3.某輸入雑貨店さま
女の子向けのカワイイ雑貨のサンプル品を1箱送っていただきました。
ポーチやぬいぐるみやヘアアクセサリー等です。
命に関わりはないけど、あると心がウキウキする贅沢なカワイイものをあげたい!
という私の最も大きな希望を叶えてくださいました。

4.上記雑貨店お取引先衣料メーカーさま
3のお店の方のご紹介でTシャツを50着以上提供いただきました。
ミッキーマウス柄のとてもかわいいお揃いのものです。
ありがとうございます!

5.武蔵境・光が丘のカルチャーセンターの生徒さんたち
生徒さんの寄付17500円で、柔道場に暮らす高校生の方達へ除湿機を送りました。
洗濯物が乾かなくて困るということを話したらみなさん惜しげもなく出してくださいました。
すでに到着して使っていただいています。
(他のカルチャーの方たちからもお心付けをいただきました。旅費として使わせていただきます。)

6.光が丘教室の生徒さんの娘さん
よくあることですが、文化祭で作ったTシャツを余らしてしまっていたということで40枚くらい送って下さいました。3色あって生地もしっかりしてました。
パジャマにでもどうぞと言われましたが、普通にオシャレでした。

7.明子さんの同級生のお友達
高校の先生をしていたということで、話を聞いてたまらず1万円を寄付してくださいました。
このお金で6000円分のお菓子を買い出しに行って、当日届けます。
残りのお金は他の物資の宅配料として使わせていただきました。

8.アタシ
余り物ですまん。買ったまま着てない浴衣2着送りました。しょぼっ。
ぜひ、活用してほしぃ~。これ着て花火行ってほしぃ~。
浴衣たちも私の部屋の地層となるより喜ぶはず。

プレゼント攻撃..jpg

こんなことをやっていますという自慢ととっていただいても結構ですのよ?

善意は見せびらかさず黙ってやれという意見もあるかと思うし、それも一面正しいかも。
でも、これらは私の力ではなく、たくさんの方々のお力添えがあって、これだけのものを送ることができました。
それを黙っているわけにはいかないので書かせていただきました。

みなさまのお気持ちを無駄にしないよう、私と明子さんで、汗だらだらかきながら買い出し・梱包作業・発送手続きをいたしました。
被災者の方々のお役に立てますように!

(実は他にもカンパをいただいた企業や個人様がいらっしゃいます。
現地に向かうガソリン代金等にありがたく使わせていただきます。
すべての方々、本当にありがとうございました。)

これらは2番の食品類以外は基本的には柔道場に暮らす高校生たちに送ったものです。
私が歌を始めたのが高校時代です。
人生で一番重要な時期に震災に会ってしまった彼らを思うと本当に胸が痛みます。
未来を奪われる子がひとりでも減るように応援したいという気持ちでいっぱいです。

被災者の方々には「頑張れ」と言うべきではないという心理学者の話などがありますが、私はあえて言いたい。

高校生たち!頑張れ!頑張れ!頑張るしかない!
あなたたちの世代が頑張らなければ東北も日本もあなたの将来も沈んでいくしかない。
あなたたちが頑張れるように私たちもできることを一生懸命やるよ。
だから死にものぐるいで頑張って欲しい、心の底から応援してるよ!

そう言いに、気仙沼へ行って来ます。

あーあ、今日の文章もだらだらだわ。ブログタイトルどおり。
では!






Last updated  2011年07月11日 23時18分47秒
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2011年06月30日

ずっと準備してきました。
7/13~7/16の気仙沼&仙台での演奏スケジュールがすべて決まりました。
今回はなんと8カ所!前回の4カ所の倍ですよ。大丈夫かな~。アタシ。

今回なぜ気仙沼に行くことになったかといいますと。
個人レッスンの生徒さんで70歳代の女性がいます。
そのお子さんのうちのひとりが障害児で、その関係で都の障害者施設の方にお話くださり関係のある気仙沼市内の障害者施設で演奏できないかというお話をいただいたのが、実は5月のことでした。

第一回演奏旅行の歳に気仙沼まで行けないか検討したのですが、スケジュール的にとても無理で、次回かならず伺うとお約束してました。
そのたった1カ所のご依頼で気仙沼へ行くと決めたわけです。

しかし気仙沼まで来るまで8時間以上。
そこまで行くのに、演奏1カ所だけってありえません。
そういうわけで受け入れ先を探しました。そりゃ必死で。

今回Twitterの威力がすごくって。
被災者の方とフォローしあったところでお知り合いになり、無茶なお願いをたくさんしました。
ボランティアセンターの担当者の携帯番号を教えていただいたりとにかく情報をたくさんいただきました。
そんなことで気仙沼では7カ所で演奏することに。

残り1カ所は仙台市内。
前回演奏したときに聞きにきていた方からのご依頼です。こういうのは本当に光栄。

すべてはネットです。
ネットって別にインターネットのことじゃなくて、ヒトとヒトのつながり。
私たちが真剣に取り組んでいるのが伝わったからこそ、手助けをしてくださる方、ご依頼をして下さる方が前回よりも増えたんだと自負していいんじゃないかと思っています。

ああ、まただらだら文章が長くなる~!!
とにかくスケジュールは以下の通りです。
気仙沼・仙台在住の方、お知り合いがいる方、ぜひ宣伝して下さい。
ほとんどが公開コンサートで、誰でも無料で入場できます。

【演奏者】

木村聡子(歌)
宮崎仁(マリンバ・パーカッション)
平林明子(ピアノ)


【演奏スケジュール】 

■■7/14(木)■■

  10:00~10:40 松峰園 (知的障害者通所施設) 気仙沼市松崎柳沢216-8

  11:40~12:15 気仙沼カトリック幼稚園 気仙沼市南町1-1-1

  
  13:50~14:30 気仙沼小学校 あんばホール 気仙沼市笹が陣3-1
             (会場は"気仙沼小学校"ですが"南気仙沼小学校"の学校行事として開催。)
  
  16:00~16:40 気仙沼高校 一般避難所A棟 気仙沼市常楽130

■■7/15(金)■■

  09:40~10:20 障害者支援学校 ※非公開
             (火曜の天候によって行事の振替で中止になる可能性あり)

  11:15~12:00 愛耕幼稚園 気仙沼市反松2-6

  14:30~15:10 双葉保育園 気仙沼市河原田1-3-1

■■7/16(土)■■

  11:00~11:40 のびすく長町南
             長町南駅直結のララガーデン長町5階。子ども施設ですが一般のお客様の入場も可。

各施設の対象年齢に合わせた選曲をしていますので、お好みの会場でどうぞ。
なんなら2カ所以上でも♪
移動がありますので、演奏後にみなさんとお話できるのは各日最後の会場のみになりそうです。



私たちの活動の詳しい情報は「げんきに歌おう!プロジェクト」のHPにて。
http://satoko-kimura.com/genki/






Last updated  2011年06月30日 23時19分12秒
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2011年06月08日
雨の中、最後の演奏会場「サンビュー宮城」に到着しました。
名取市と仙台市のちょうど境目といっていい場所にあります。

ここは病院と一緒になった非常に大きくキレイで立派な高齢者施設です。
出迎えて下さったスタッフの方々はとても丁寧で親切でした。
こちらの要望通りの音響設備を整えて下さったり、演台ではなく床で演奏すると言うと演台をどけてくださったり、ピアノをわざわざ運んで下さったり。
いい環境で演奏できるように最大限気を遣っていただき、本当に感謝です。

最初は50人くらいと聞いていたお客様も、最終的には100人超えの大盛況。
車いすの方も多いですので、職員の方達はほぼ総出で利用者の方を連れてきて下さったのだと思います。

08-01.jpg


今回の東北ツアーでは初めての生ピアノと大きなスピーカーでの演奏は気持ちよかったです。
中には職員さん向けのJ-POPも織り交ぜたりして。
おかげでとてもコンサートは盛り上がりました。

約40分のコンサートをやり切り、アンコールも終えて、この旅行の力を出し切ったと思ったときでした。
ひとりの女性のお客様がマイクを持ち、こう言いました。

「コンサートありがとうございました。
私はゆりあげ地区に住んでいました。
津波で家を流されて失い、娘も天国に行きました。
それで、サンビュー宮城でお世話になっています。」

突然のことでなんと言っていいかわかりませんでした。
私たちはここを避難所として利用している方がいることは知りませんでした。

「私も歌をずっと歌ってきました。今日はコンサートのお返しに私も歌わせて下さい。
曲はこいのぼりです。」

この日は5/12。子どもの日の1週間後でした。
後に施設の方に聞いてもらって分かったのですが、村田英雄さんの「祝い節」という曲でした。


  さあさ みなさん
  手拍子 手拍子 手拍子を 
  かわい初孫 あと取出来た
  めでためでたの こいのぼり
  登れ天まで 元気よく
  あすのあすの あすの日本を 背負っておくれ


大きな声で最後までしっかりと歌い上げたあと、彼女は「天国の娘にも届いたと思います」とおっしゃいました。
私は、この曲の歌詞が、どうしようもなく彼女の願いがこもっているように思えて、涙があふれてきました。


今回の東北での演奏では、絶対に泣かないで演奏をやりきろうと決心して東京を出ました。
私は泣きに来たのではなく演奏しに来たのです。
一時でも辛い現実から逃れられる夢の世界を感じてもらうために歌をうたいに来たのです。

ですから演奏する際に聞いて下さるひとりひとりに具体的に被災状況を聞いたり、想像したりというのはあえて避けてきました。
聞いたら絶対に泣いてしまう。
辛いのは私じゃないのに泣くのは失礼だ、それに演奏もできなくなる。
だから目を背けながら演奏に集中してきました。

しかし、この女性のこの歌と話を聞き、今回訪れた4カ所には、それぞれこの女性と同じような境遇の方たちが大勢集まっていたのだということをあらためて思い知ることとなりました。

私の小さな想像力ではそれがどのようなものかをリアルに知ることはできません。
けれど、想像しようとすること、また少しでも助けになりたいと思い、そして実際に行動することは全くの無意味ではないと思います。
いや、わかりません。そう思いたいだけなのかも知れません。

けれど、ひとつ言えるのはこの女性の強さの理由のひとつは彼女の中に音楽があることです。
私が歌う音楽のことを言っているのではありません。
彼女が歌う彼女自身の歌の力が生きる力を呼び起こしているように思えてなりません。
(そういえば、祖母が亡くなったあとに残された祖父もカラオケを通して明るく生きることができています。)

娘さんと家をなくすという不幸にあってなお、このように大きな声で歌うことのできる彼女を通して、人間というものの強さを知りました。
私ができることがあるとすれば、被災者の方々の中にある強さをほんの少しの刺激で思い出してもらうことなのかもしれません。
すべてのひとに当てはまるかどうかはわかりませんが、そうやって力を振り絞るきっかけに音楽はなれる場合もあるのではないかと思います。思いたいです。

と、同時にそれが音楽ではなく、絵であったり書物であったり映画であったり、何か他のものであったりと、人によって様々な心のよりどころがそれぞれにあるのではないか、だから音楽家やエンターテナーだけではなく、多種多様な心の支援を行うひとたちの手がもっともっとあるといい。そう思います。


4カ所の演奏で私ができたことなどは、本当に小さな小さなことでしかなく、その小ささと「ただの自己満足ではないか」という自答自問に自分でもくじけてしまいそうな気持ちも無いわけではありません。
しかしむしろその謙虚な姿勢を忘れないで、それでもこの活動を続けることができたなら、もしかしたら何かの意味を見いだせるのではないか、そんな小さな期待を胸に次からの活動もできればいいと思います。


大泣きしながら退場するというなんともプロらしくない幕切れで4カ所の演奏を終え、その日の夜に東北をあとにしました。
翌日はアニメ収録でしたが、東京のあまりの普通さに違和感を感じながらの仕事でした。
仙台駅でお土産に買ったクリーム大福をみんながとても喜んでくれて、私もとてもおいしく食べたのも何となくヘンな気分でした。

あれから3週間あまり。

また、この東京の普通さが自分にとっての普通になってきています。
それは東京で暮らす以上悪いことではないのですが、東北の方々のこともいつも気にかけていられる自分でいたいと思っています。

今回の東北での演奏にご協力下さった、受け入れ先スタッフの方々、協賛企業、寄付を下さった抒情歌講座の生徒さんたち、そして聞いて下さった被災者の皆様方、本当にありがとうございました。


7/13~16、2回目の演奏に参ります。
ご依頼ある方、ご連絡下さい。

げんきに歌おう!プロジェクト→http://satoko-kimura.com/genki/
木村聡子宛メール→http://satoko-kimura.com/mail.html
ツイッター→@satokokimura






Last updated  2011年06月08日 12時46分43秒
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2011年06月07日
昼食が終わり、最後のコンサート会場の「サンビュー宮城」へ向かいます。
本番までに1時間程度の余裕があるため、仙台市に隣接した名取市へ向かうことに。
名取市も石巻市と並び被害の非常に大きなまちだと聞いていました。

被災の実感はなんとも奇妙な風景とともに始まりました。
車道の左右に広がる田んぼや畑に数百台もの車が前のめりに刺さるように点在していました。

07-01.jpg


海から内陸にかけて、高台の高速道路が防波堤の役割を果たしたそうで、この車達はそれよりも内陸側、つまり水がさほど勢いのない地域です。
勢いはさほどなくともあふれてきた水に流された車がぷかぷかと浮かび、水が引くとともに着地したままになっているのではないかと思います。
コンパクトカメラなので視野が狭いのですが、見渡す限りの田畑には車が水玉模様のようになっていました。

そして、車をすすめ、防波堤代わりの高架につくられた道路をくぐると。

07-02.jpg


見渡す限り何もありません。
瓦礫の残りのようなものはあるものの、ほとんどが片付けられているのか、すべて流されているのかよくわかりませんが、地平線まで視界をさえぎるものが何もありません。
石巻では強く感じたヘドロ臭のようなものもありません。
ただただ、乾燥した砂煙だけが風に乗ってサラサラと流れる砂漠のような街。

「死の街」

という言葉が浮かびました。
石巻の瓦礫が大量に残る街も悲しかったですが、まだ人の営みの痕跡というか気配がありました。
その気配のない、瓦礫すらない荒涼とした名取の景色はとても辛いものでした。
ここは本当に日本なのか、信じられませんでした。

倒壊した家から運び出したのか、グチャグチャに壊れたエレクトーンがポツリと置かれていました。

とにかくあと一カ所。心を強く持って向かいます。
いつしか雨が降っていました。







Last updated  2011年06月07日 20時31分01秒
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2011年05月26日
東北3日目。私はこの日で最後です。(他のメンバーはもう1泊)
前日の夜は無事に部屋が予約通りにとれたため、明子さんと二人の女子部屋。
昨晩は仙台市内で牛タンを食べて、宿にあるラドン温泉にゆっくりつかってバタンキューでした。
起きて部屋の外を見たら川が見えてとても気持ちの良い景色でした。
でも今日は雨が降りそう・・・。コンサート前は降りませんように!

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午前は仙台市内の子ども施設「のびすく仙台」でのコンサート。
新しくて綺麗なビルの中にあります。
色とりどりのおもちゃでキャッキャと遊ぶおチビさんたちをかき分けてセッティング。
コンサートが始まる11時にはそこから帰るという親子連れの声も聞こえちゃったりしたもんだから、リハのふりして1曲披露したり、プロフィールを言ってみたりして気を引く努力をしてみた。(笑)

おかげさまでたくさんの親子連れのお客さまが本番のときには残っていて下さいました。
コンサート目当てにその時間に来てくれた方もいたみたい。
衣装はやっぱおっきなヒラヒラドレスで。よーするにこれが一番ウケる。鉄板です。

ここで少し前にコンサートをした方のデジタルピアノがあったので、それをお借りしました。
東京から持参したキーボードより鍵盤数が多くて音もしっかり出るタイプの楽器で、演奏がとてもやりやすかったです。
ほとんどが子ども向けの曲だけど、ちょっとだけママさんたち好みのJ-POPも歌いました。

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みんなで歌うコーナーは童謡メドレー。
正直言ってしまうと、本当に小さい子向けの童謡は普段あまり歌わないので、かなり付け焼き刃な感じも否めなかったのですが、現役バリバリのホンモノのちびちゃんたちとそのママが一緒に歌ってくれるので、別にアタシはそんなに頑張らなくても大丈夫でした。
みなさんありがとう!
わたし、振り覚えすごく悪いけど、今度は手遊びももうちょっと覚えてきますね。

終始なごやかで明るい雰囲気のコンサートでとても楽しかったです。
終わったあとに聞いたのですが、自分の仕事があって全部を聞くことのできない職員の方々も、1曲ずつ交代という約束で歌を聴きに来て下さっていたそうです。
こういうのがとっても嬉しい。

多くのところでボランティア演奏をしていると、まれに「勝手に演奏しててください。終わった頃に行きます」みたいな感じの施設で歌わないと行けないところの経験もあり、そういうところではたいていお客さんのテンションも低くつまらないコンサートになりがちです。
職員の方が盛り上がっていると自然とコンサートはいい雰囲気になります。
のびすく、また歌いに来たいです。

と思っていたら市内の別の場所にある「のびすく」からメールをいただきまして、今度東北に来るときはウチで演奏してくださいとご依頼いただきました!
嬉しい~。行きます行きます。
実際に見に来た方からのご依頼は一番嬉しいですね。

のびすく後は近くのカフェみたいなところでランチ。
こっち来てから和食づくしだったので、洋食チョイスが嬉しい。
私はタコライスを食べて、ハワイアンコーヒーを飲みました。

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さぁ!
コンサートはあと一カ所です。






Last updated  2011年05月26日 16時24分10秒
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2011年05月22日
レポート4から間が開いてしまいましたが・・・。

渡波小学校の避難所 所長のTさんにの許可を得てコンサートを18時開演で行うことになった私たち。
その時点で16時前で時間があったのですが、そのままそこにとどまって準備することにしました。
救援物資の石澤化粧品の基礎化粧品セットを4箱(130セット)をみんなで運び入れて。
演奏に必要な荷物(キーボード、スピーカー&マイク、衣装等)も全部おろしました。

体育館にはグランドピアノもあったので、それを使おうかとも思ったのですが・・・。
湿気のせいでハンマーのフェルトが濡れてしまったのか、弱音ペダルを踏んだときのような音しか出ませんでした。
津波はこの学校の1階部分はんぶんほど浸水したけども、ピアノそのものは水をかぶらなかったらしいのですが。
こうやって音が出なくなったピアノが東北中にあるんじゃないかしら、調律や修理のボランティアもニーズがありそうです。

体育館はニュースで見る非難所そのもの。
ダンボールで低い壁をつくり、家族ごとのプライバシーをほんの少しでも守ろうとしています。
固い床に毛布等を引いて、少ない荷物でなんとか生活しているようでした。
炊き出しがあるかと思っていたのですが、この日の夕飯はお弁当でした。

東京に戻ってから、この避難所の方が「自分で選んだ食材で自分の好きな味付けで自分で料理して食べたい。こんな生活はもうイヤだ。」と日記に書いてるのを見つけました。
想像するだけで切ないです。

こういう生活を強いられている方々に少しでも楽しんでいただきたくて、東京から来たわけですが「またコンサートかー。ちょっと飽きちゃったなぁ」という呟きも実は聞こえたりもして、返って申し訳ないような気持ちにもなりました。
演奏者の受け入れを積極的に行うところでは、確かに演奏ボランティアがそこにばかり入ることになるわけで、こういう感想を持つ方も当然はず。
でも実際に現地に入ってみないとわからないことでもありました。

ボランティアのマッチングは本当に難しくて、物資や支援が集中する地域と手薄な地域が出てきたり、不要なものが余ってしまったり、そういうことが毎日積み重なっていきます。
もしくは実際に必要とされていて、物資提供を受けた電化製品が電力の問題で使用できなかったり、こういうことも起きます。
21世紀のこの豊かな時代に、こんな風に不自由に何ヶ月も苦しむ状況が起ころうとは。
目の前で見る光景は、豊かな国日本と信じて育ってきた私にはショックなものでした。

「コンサートもう飽きちゃった」と思っている方々にでも喜んでもらえるような、プロとしての演奏をきっちり行うことで、ミスマッチをマッチに変えたいと思って演奏することにしました。
ギャラをいただいて仕事として演奏するときよりも、緊張感があり、戦いのようでもありました。

ここまで案内してくださったキッズ担当のWさんは会議があるということでコンサートは見られずにお帰りになりました。
ちょっと残念。
そのWさんが別れ際にこんな一言を。

「音楽やりに来る人ってみんな同じ曲やるんすよねー。アンパンマンとか九ちゃんとか。」

ぐはっ、完全にその曲、プログラムに入ってました~。
やめやめやめ!!(笑
大きなヒント、ありがとうございます!!

そして衣装は、今回もあえて大きなヒラヒラのドレス。


体育館脇のお部屋で着替えているときから、子ども達が集まってきました。
というかむしろ勝手に部屋に入ってくる勢い。
「わぁ!きれーい。きれーい、この服着たい。ほしーい。だっこしてー。」

こんなに歓迎してくれるとは。とても嬉しいよ。
本番前にかなりの女の子をだっこして、写真を撮りました。
そしていよいよ、本番です。

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過去に経験したことのない状況でした。

子どもたちは異様に近くに座っていますが、体育館そのものはだだっ広い空間。
向こうの方の人たちが演奏を聴いているのか聴いていないのかよくわからず、ダンボールの壁ごしにちらっと見ているような見ていないような人たちもたくさん。
1曲終わるごとに拍手はいただけますが、喜んでもらっているかどうかも遠くてよくわかりません。

それでも信じてやるしかないので、子ども向けの曲(ディズニーとかジブリとかアニーとか)を7割、大人向け(歌謡曲とかクラシックとか)を3割で一生懸命歌いました。

演奏をすすめるうちに、最初は興味なさそうだった方がこっちに集中して下さるようになる方もいるのが、なんとなくわかり歌いやすくなりました。
途中でアヴェ・マリアを聞きたいとリクエストもいただき、たまたま楽譜があったのでおこたえすることもできたという嬉しい出来事も。

35分程度にコンパクトにまとめて終了しましたが、終了後はたくさんの方のノートにサインをして写真を撮りたいとリクエストを受けました。
100人くらいの方がいらっしゃって全員が全員喜んでいただいたとは思っていませんが、一部の方々には熱狂的にお声がけいただきまして、来て良かったとじーんとしました。
(所長のTさんにもサインと写真を!笑)

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石澤研究所のお化粧品セットも飛ぶようになくなりました。
お肌の手入れをじっくりするような余裕はなかなかないとは思いますが、心もお肌も水分補給をしていただきたいです。
空になったダンボール。↓↓

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飛び込みで演奏させていただいた所長のTさん、演奏を聴いてくださったみなさん、本当にありがとうござました。
早く新しい住居に移れる日が来ることを心から願っています。

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実際の避難所を見て思ったこと。

やはりとてもストレスのたまりやすい環境だと思いました。
お手洗いは外の仮設共同トイレだし、お風呂もシャワーだけらしいですし、とにかく固い床のプライバシーが保てないところでの長い生活・・・。
広い体育館の中でどこで寝るかによって、快適度に差が出ることもあるでしょうし、夜ゆっくり眠ることは難しそうです。

ニュースなどで避難所を訪問した芸能人が「大変なのにみなさん本当にお元気でこっちが元気をもらいました」みたいなことを言うのをたくさん聞きましたが、実際はそんなことはないと思います。
1日も早く仮設住宅を完成させて欲しいです。
(もちろん行政も頑張っているんでしょうが・・・)

私が行ったこと1カ所だけで少なくとも家を失った方が100人以上、震災から2ヶ月経っても避難所暮らしをしている。
ここにいる全員が家を失っているだなんて!
おひとりおひとりの気持ちを思いやることは到底できませんでした。
MCでも「頑張ってください」とも言えず、本当に何も言えず「お騒がせして申し訳ありませんでした。どうもありがとうございました」と言ってコンサートを終わらせました。

あれから10日。
避難所の人数は少しでも減ったでしょうか・・・。






Last updated  2011年05月22日 22時55分38秒
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2011年05月16日
前日に「げんきに歌おう!プロジェクト」代表A氏率いる、私以外のメンバー3人が石巻市のボランティア協議会に出席して、キッズ担当のWさんにこの日、避難所に案内してもらう約束をとりつけていました。

演奏ボランティアをやりたくても、受け入れ先がなければ演奏できないわけですから、現地でのマッチングが非常に重要です。
私たちが東京ですでに約束をしていたところは仙台市内の福祉施設で建物の被災のないところで、実際の避難所は有名芸能人は別でしょうが、最初からコンサートの約束をして向かうのは非常に難しいようです。
代表A氏の尽力の強引とも言えるかもしれない手腕で今回の演奏受け入れ先はすべて決定したわけですが、この避難所へ連れて行ってもらう約束も、彼の相当な押しの強さと運の良さで実現したようなものでした。

石巻の専修大学のボランティア本部でWさんと待ち合わせ。
専修大学のキャンパスには話に聞いた通り、小さなテントがたくさん立ち並んでいました。
ふと、楽しいキャンプ場に来たような気分になるような風景です。

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Wさんは震災直後に仙台から個人で来て活動しているボランティアスタッフの若い男性です。
石巻市の子どもを専門にケアする部門がなかったため、彼が自分で立ち上げて子ども達の様子を見たり、ニーズを拾い集めるような活動をしているそうです。
彼に私たちの車に乗ってもらい、避難所のある渡波小学校へ案内してもらうことになりました。
(ちなみにこの車は東京からレンタカーを借りて乗ってきた、大きな車です。)

渡波は「となみ」かと思ってましたが「わたのは」と読みます。
中学の同級生で元生徒会長だった友達が、震災直後に現地入りしたところ渡波地区は被害がもっともひどく、道路がふさがっていて、そこまでたどり着けなかったそうです。
道すがら話を聞くと、GWにだいぶ人が入ったのでかなり片付けられて綺麗になったとおっしゃっていました。
震災直後はWさんも瓦礫撤去・泥だしもやっていたそうですが、車が入れないので瓦礫や泥を捨てたくても、捨てる場所がどんどん遠くなり非常に重労働だったそうです。
その一番大変だったときに現地で働いていた方々に心から敬意を払いたい気持ちです。

その他にもいろいろ質問したので、印象的だったエピソードを紹介。

ネットでは「ボランティアは被災者の世話になってはいけない。すべて自己完結。寝る場所、トイレ、食事すべて自分で用意できないものは現地に入るべからず」みたいに書かれています。
が、聞けばWさんは炊き出しを食べて食費は一切使わず、寝る場所は避難所の中、使うお金はタバコとガソリン、だそうです。
最初の最初から現地に入ってたからとかいろんな事情はあるんでしょうが、ネットに書かれている一般論はすべてではなく、いろんなパターンがあるんだなぁと実感しました。
(でも今からボランティアに入る方は、それをアテにしちゃダメですよ!!!)

学校が始まって、子ども達がいない時間が多かったり、他へ移ってしまう子も多いので、どんどんキッズの活動がやりづらくなっているそうです。
大丈夫かなーと気になる子どもがいても、ある日連絡がとれなくなることもあるようです。
移動するのは仮設住宅に行く子もいれば、別の場所に引っ越す場合もあるし、家の泥出しが終わって自宅に戻るパターンもあり、さまざまだそうです。
避難所を出られることは、もちろんいいことなんですけどね、と複雑そうなWさんの言葉が印象に残りました。
それぞれがそれぞれの思いで活動してるんだと実感。

渡波へ向かう道は、住宅街(であったと思われる道路)を通ります。
さっきまで通っていた道よりも、道幅がせまく、まるで今にも車の方に倒れてくるんではないかと思われる半壊・全壊状態の一戸建ての住宅ばかり。
ボートが屋根の上に乗っかったままになっていたり、車がひっくり返った状態で1階に突っ込んでいたり、そういう悲惨な状況が延々と続きます。
そのひとつひとつに家族の営みがあったのだと実感したくても、しきれないほどの嘘のような惨状でした。

きっと地元の中高生で賑わったと思われるファストフードの店や、スーパーマーケットが廃墟になっています。
そういう道で途中「ボランティアのみなさん、あたたかい支援をありがとう!!」とシーツか何かの白い布にペンキかマジックでかかれた幕を張った建物がありました。
私の今からやろうとしていることが、このメッセージを受け取る価値のあることかどうか、正直わからないとふと思いました。

車を20分ほど走らせたところで小学校へ到着。

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避難所のT所長はいま郵便局に行っているということで、その間にさっきスーパーで買ったおにぎりを車の中で食べました。
(ちなみにスーパーは建物の中は使えないので、建物の外のテントを店舗にしたものでした。)
手作りメンチカツがめちゃくちゃおいしかったです!!
下の写真がWさんに会う前に立ち寄ったスーパー。↓
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しばらくして所長のTさんに対面。
とってもノリのいいお兄さんで、自己紹介してチラシを渡すと
「じゃ、今日演奏していきますぅ?」
とビックリな展開に。

「俺、音楽大好きだからどんどんやっちゃって。1時間でも2時間でも♪」

そういうことで、急遽渡波小学校の体育館での演奏が決定しました。

続きは次回。
ああ、アタシ文章長すぎる。
でも記録したいから詳細に書きます!!

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小学校に来ていた他のボランティア団体の車。
ボランくんとティアラちゃんのキャラクターがけっこう好きだったので撮影。






Last updated  2011年05月17日 00時09分31秒
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