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カテゴリ:雑感(つぶやき)
一昨日の夕方、地方テレビ局の数局で10年前の救急現場の動画として私の勤務する病院のものが流れました。昨日は熊本地震の後に入職した職員達に対して、”自院職員が体験した震災対応を改めて共有し今後の災害医療体制をさらに強固なものへとさせる”べく、「熊本地震追悼復興祈念式」と銘打ったイベントが開催されました(私は参加せず帰りましたが)。昨日は熊本地震で耐震基準を満たしていなかったために基幹病院として機能できなかった市民病院の特集もテレビでありました。今週はそんな熊本地震10周年イベントやテレビ放送ばかりです。
でも、私はこの動画を見るのがとても辛い。それは当時の修羅場を思い出すからではなく、この場に自分が居なかったことに対する後ろめたさがあるからです。前震の時はまだしも、本震の後(ちょうど週末でしたが)私は職場を顧みず自分の家族を選びました。年老いた義母(前震で家が半壊して我が家に連れて来ていた)とオロオロするワンと妻を連れて北に向かって逃げていました。もちろん週が明けて数日してから出勤してその後の周辺住民のケアに従事はしましたが、被災者でありながら家族を置いて医療者の責務を全うせんと出勤していた職員たちには到底太刀打ちできません。 ま、過ぎた事だから、それはそれでしょうがないことだとは分かっているのですが。そして、義母や妻からは家庭を選んでくれて嬉しかったと言ってはもらえるのですが、私の勤務する病院が如何に災害医療拠点として頑張ったことを褒められても、私はそこに入り込むことはできず何も共有できない大きな負い目があることに変わりはありません。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
April 15, 2026 07:00:05 AM
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