「平成ジレンマ」
7時起床。早起き。午前中、外出。クロネコメール便、7点。ゆうメール、1点。黄金町へ。シネマジャック&ベティ、「平成ジレンマ」。戸塚ヨットスクールのドキュメンタリー映画。東海テレビ制作、プロデューサー・阿武野勝彦、監督・斉藤潤一。結論から言ってしまえば、大変な作品だった。観た直後であることの興奮を差し引いても、これは「ゆきゆきて、神軍」級の傑作なんじゃないかと言いたくなるくらいのものはあった。短縮版とはいえ、これがもともとテレビで放送されたものだということにびっくりする。とにかく、観るものをざわつかせる映画であることは間違いない。戸塚宏といえば「体罰」のひとなのだが、現在の戸塚ヨットスクールではその「体罰」は封印されていた。そこにもまず驚きがあるのだが、しかし、戸塚はけして信念を曲げたわけではない。「体罰」をやりたくてもそれをさせない状況がある。そこに映し出されるのが「ジレンマ」ということになろう。戸塚宏は「体罰(または、いじめ)は人間を進歩させる」という信念を持っている。「体罰」は封印しているのだが、その代わりに、生徒同士の「いじめ」は黙認しているどころか、驚くべきことにはっきりと奨励していた。しかし、戸塚が言うように、結果的に進歩する人間もいるだろうが、そこでずたずたになってしまう人間だって多数に決まっていることは、その信念のなかではどうして無視されてしまうのだろうか。進歩した人間にしても、なにかと引き換えに得た進歩ではないのか。苦難がひとを成長させる、という意見は特に珍しいものではないし、むしろ、よく耳にする話ですらある。苦難を乗り越えればひとは成長する、それはほぼ間違いないだろう。だから、乗り越えたものは「苦難」を肯定する。では、われわれは「苦難」を目指して生きたほうが良いということなのだろうか。今、苦難の真っただなかにいる人間に対しては、苦難を乗り越えればいいことがあると言うべきだとも思える。実際に、苦難を乗り越えればひとは成長するし、いいことがある。大いなる矛盾のようだけれども、そう思うしかない場面もある。まったく違う前提に立てば、そのようなことも出てくる。この映画を観たうえで勘違いするひとはそうはいないだろうけれども、当たり前だが、この映画は戸塚宏を肯定する映画ではけしてない。ただ、戸塚宏は彼なりに真摯に取り組んでるのかもしれない、というのはこの映画を観て気がつかされるところでもあった。正しいとか間違ってるとかに関わらず、真摯に取り組んでいるということ。そこで思い出したのは根本敬の「でも、やるんだよ」というフレーズで、原典にあたればこれがきれいな言葉なんかでないことはわかるはずだが、戸塚を突き動かしているのは、まさにこの「でも、やるんだよ」の精神と同じものではないだろうか。この言葉もまた、「ジレンマ」を含んだものである。また、戸塚ヨットスクールの成り立ちも、この映画を観るまで知らなかった。ヨットとスパルタになんの必然性があるのか疑問だったのだが、最初は普通のヨットスクールとして始めたものが、生徒のなかに問題児童がいたことから偶然のなりゆきでこの方向になったようだ。ある信念を持つものがたまたま一流のヨットマンだったと。ヨット界にとっては迷惑な話だろう。スポーツを教育に役立てるのはけっこうなことだが、教育のためにスポーツそのものを歪めることはあってはなるまい。焦点があたる生徒たちには、それぞれ愛おしさを感じる。体験入学の小学生の無垢なすがたがたまらなかった。そして、引きこもりの少女の、さらなるショッキングな事故にざわつきが止まらなくなる。【送料無料】戸塚ヨットスク-ルは、いま価格:1,785円(税込、送料別)野毛。なか卯、和風新牛丼。関内へ。マクドナルド。横浜西口。東急ハンズ。緩衝材、購入。帰宅。アマゾン登録作業。Googleアドワーズに登録してみた。5000円まで無料サービスが受けられるというものが送られてきたから試してみたのだが、どの程度の効果があることか。