ベトナム戦争 枯葉剤で検索しました 著作権を考慮し全文をそのまま引用しています 文字数の関係で分割して転載します2
64年8月、のちにでっち上げだったことが判明したトン・キン湾事件(米軍の駆逐艦が北ベトナム軍の攻撃を受けたとデマを発表)を口実に、アメリカは報復爆撃を行った。そして、翌年から本格的な北爆を開始した。 米軍は、ベトナム戦争の間に785万トンの爆弾を使用した。物量の規模でいえば、第2次世界大戦をしのぐ史上最大の戦争だった。米軍が北ベトナムに落とした爆砲弾は、病院や学校などの各施設を壊滅した。 なかでも長期にわたり人びとを苦しめているもののひとつに枯れ葉剤がある。 米軍が枯れ葉剤を使用したそもそもの目的は、解放戦線の隠れ家であるジャングルを絶滅させ、解放区で作られる農作物を汚染し、食糧を奪うためだった。 戦争当時、赤十字総裁だったレ・カオ・ダイ医師の著書「ベトナム戦争におけるエージェントオレンジ 歴史と影響」によると、61年から10年の間に約7,200万リットルの枯れ葉剤を米軍は散布した。その中に少なくとも170キロの催奇性や発がん性を持つ猛毒のダイオキシンが含まれていた。 現在も2世、3世への枯れ葉剤の影響が指摘され、ベトナム全土で8,000万人超の人口の中の100万人以上の人びとが枯れ葉剤による外形的障害、遺伝疾患やがんなどの後遺障害に苦しんでいるといわれている。 また、ベトナム戦争終結後に生まれた子どもたち15万人以上に重篤な疾患をもたらしている。 ホーチミン市にベトちゃん・ドクちゃんが分離手術を受けたツーヅー産婦人科病院がある。中に障害者の発達をサポートするための「平和の村」と呼ばれる病棟があり、現在、生後間もない子から25歳くらいまでの約60人が生活をしている。 ツーヅー病院の04年の調査報告書によると、年間44,000人の出産のうち枯れ葉剤によると思われる先天性障害の子どもの出産は約700件、1.6%を上回る。 障害を持った人びとが必ずしも施設に入れるわけではない。重篤な疾患があっても入所できない場合も多い。