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庵理恵の私的書物

庵理恵の私的書物

合掌

 夏も終わりの頃、朝夕、虫の音がなんとも風流なそんな頃。京都の嵯峨野の本宅に一通のハガキが届いた。玄関周りの草引きの手を止め、配達員の日焼けした顔に、ごくろうさまと、、返した。差出人を見て、彼女の顔は、少しばかり笑ったように見えた。汗を拭きながら、奥の前と入っていき、徐に箪笥から無地の紬を出した。夏休みで遊びに来ていた甥が、かけってきて、なんか、おばちゃん、嬉しいそうやなぁ、、と、一言。微笑み返しながら、嬉しいでぇ、お出かけせなあかんわ。と、答えた。

 久々に乗った電車からの風景は、目を楽しませていた・・。遠い昔、改札で泣くのをこらえながら、背を向け、見送られたことを懐古してる彼女がいた。何回、電車を乗り継いだだろう、、眼下には、少し眩しいくらいな青が広がってきた。通学の学生達がちらほら、車中で楽しそうに語らっている。
降り立った駅は、なんとも小さな駅だった、寂れた商店街が正面に続いている。駅に隣接しているコンビニが滑稽に見えた。タクシーに乗り込みながら、ここから、近いですかぁ?と、訪ねた。五分やね、、と、運転手。

地図出しか見たこと無い土地は、想像とは、いささか違った趣のある町だった。川がのったりと構え、周りには水田が広がっていた。畦道を見ながら、笑いをこらえた。降り立った場所には、ごくごくフツウの建物だった。生徒はおらず、閑散としていた。門をくぐり、敷地に入り、校舎ずたいに歩いた。校舎は三棟、増築したのか、すべて壁面の色が微妙に違うのが肉眼で確認できるほどだった。職員室らしい部屋が、植え込み越しに見えた。一瞬、眉をひそめながら、書き物をしてる姿が見えた気がした、、
校舎の近くには、神社があり、林がそこまで、迫っていた。ざわざわと、木々が揺れた、、竹林の中、手を繋いで歩いた姿がよぎった・・気のせいか、神社の境内の石段に人の気配を感じた。虫取りアミを持った子供がふたり、裏からでてきて、そばを通り過ぎていった。

校舎を後にして、降り立った場所は、長い石段の前だった、、
見上げながら、足を進めた。軽い疲労のせいか、足袋が草履の上を少しすべった。夏の終わり、林の中は蜩の声が響いている。しばらく歩くと生垣のある品のいい家が見えてきた。手入れのゆきとどいた庭は、美しく非の打ち所が無いくらいだった。日傘をたたみながら、表札を確認して、引き戸を開けた。ごめんください。広い玄関に彼女の甲高い声が響いた。奥から、少しばかりやつれたような小太りの女性が現れ、軽く会釈した。

決まり文句のような挨拶を交わし、廊下の奥へと案内された、、池を正面に構えたその部屋は、素晴らしかった。庭の木々は、青々としていて、苔むした灯篭が配されている。軽く会釈し、姿勢を低くし、膝を畳に下ろしながら、仏前に線香を供えた。遺影が小さな写真立てに入れられ、飾られている。

あの、、どういう、お知り合いだったんでしょうか?背後から恐々声をかけられ、振り向き、「ああ、先生には手話でお世話になりました・・。と、言っても私自身は聾者ではありませんが・・主人が聾者でした」と、答えた。

「ああ、そうでしたか、、ご主人は?」と、当然のように聞かれ、「昨年、他界しました。本日は報告も兼ねて参りました・・」と、手話まじりにやってみせた。中年の女性はハンカチで涙を拭きながら、ぺこぺこ頭をうなづいていた。電話が急になった。。、ちょっと、すみません、、彼女は席を立ち、襖を閉めた。

見計らったように、私は立ち、紬と襦袢の裾を一気に上に絡げ上げた、恐ろしく白い下肢が、仏前に露になっていた。「早く逝きすぎじゃない?」
と、笑った。そして、着物を元通りにすると、遺影にキスした。そして、口紅を指先でふき取った。

何事も無かったように、襖を開け玄関へと向かう私を彼女が呼び止めた。
「山崎様ですよね、、」彼女がギターを差し出した。

唐突な彼女の行動に少したじろいでいると「主人の遺言で、あなたにこれをと・・」少し間をおいて、、「そうですか、光栄です。」と、答え、
「あの、仏前で一曲いいでしょうか?」と、返した。彼女は頷いた。

膝を崩し、好きだった曲を一曲弾いた。歌わず、曲だけ。。
「ありがとうございます。。」お辞儀をした。

肩にギターを抱えながら、私は家の敷居をまたいだ。
家が程遠くなった時、振り返り、舌を出して笑った。

鼻歌混じりに戻ってきた私の姿を見て、
「なんか、いいことでも、ありましたか」と、運転手。

「ええ、、」と、笑いながら、胸の中で大きく合掌した。。



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