2010/10/13(水)11:18
【陽の雫 61】 祝宴
「俺がやる」
「いやお前あの準備があっただろ」
「お前は仕事終わってないだろうが」
隊員達の小学生のようなやりあいを聞いて、オーディンはぷっと吹き出した。皆自分よりも十歳ほどは若いだろう。
今日は上司殿と奥方が職場に復帰する初日であり、夜はアルディアス隊とリフィアの同僚達合同での結婚披露パーティの予定である。
帰りのロッカーですでにドレスアップしたお嬢さん方を店まで送る運転手役ということで、皆その役目を取り合っているのだった。
「おい、決まらなきゃ適当にくじでも引けよ。主役は店に七時、俺らは仕事が終わり次第集合して準備だからな」
言うまでもなく、野郎共は自力で適当に来いというスタンスだ。それでも中央に着任したばかりのエル・フィンにむけて、彼はそのへんのメモ用紙に簡単な地図を書いた。
「目印と店の名前は半分くらい合ってるの書いたからな。なんかちょっとややこしい名前の店だったんだが、近くへ来りゃわかるから」
「半分くらいって……おい」
「街路はまっすぐで縦横の主軸が決まってるから大丈夫だ。じゃあな、あ、フィドルの用意はしてあるから。なるべく早く来いよ」
話しながらすでに扉へと向かっている。
上司よりも一足早く、昨日職場復帰したエル・フィンがフィドルを弾けることはすでに昨日確認してあった。
主役が神殿で潔斎に入っている間に隊員たちでかなり合奏の練習をしたのだが、エル・フィンは飛び入りでもなんとかなるだろう。
なにしろあんなにすごい歌を歌うやつなのだ。
会場は、以前上司殿の昇進パーティを開いた野菜シチューの店。ニールスと共に打診に行ったら、あの部隊長ならばと快く了承してくれた。
机や椅子を壁際によせ、正面には新郎新婦の席、フロア中央は広めのスペースをとってある。
司会のニールスの先導により、白い礼服のアルディアスとペリドットの瞳に映えるドレスを着たリフィアが現れると、会場からは一斉に拍手が起こった。
普段の軍のパーティなどとは違い、気兼ねない賑やかな雰囲気で宴が始まる。乾杯の後はわいわいがやがやとした中、まずは一通り飲んだり食べたりが始まった。
店内は寒くはないが、冷たさを増した秋風が吹き始める季節、ほかほかと上がる料理の湯気が嬉しい。
仕事を終えて少し遅れてやってきたエル・フィンが、すでに出来上がった人たちに捕まって賑やかに席に座らせられる。
何はともあれ腹ごしらえを終えたあたりで、司会のニールスが張り切った声を出した。
「では准将の結婚を祝って、有志でお祝いを何曲か演奏させていただきます!」
余興の時間。おうっと声が上がり、部隊の男達がそれぞれ隠していたらしい楽器を出してくる。
「おや、合奏できたんだ?」
「当事者が居ないから、練習しほうだいだったぞ」
ほろ酔い加減のオーディンは、丸い胴に長い竿のついた民族風の弦楽器を手ににこにこと笑った。主役二人が大神殿で潔斎に入っていたから、練習がばれる心配もなかったというわけだ。
それからエル・フィンに顔を向けて、お前も来いとひっぱり出す。
青年の手にフィドルを持たせて曲名を告げ、アコーディオン担当に調律の音を出させると音合わせに適当な試し弾きをした。
「じゃあ、せーの」
そして始まったのは結婚祝いの定番曲だ。誰でも一度は聞いたことがあるような曲だから、興に乗って歌い始める者までいる。
エル・フィンは飛び入り参加であったが、音の厚みを持たせるようにフィドルの音色を添えた。昔、封印した歌の代わりに地元の神殿で教えてもらったのだ。
軍務の傍らに練習したとは思えない、なかなかの出来で数曲演奏が終わると、大きな拍手が起こった。
「やるなあ、お前さん。ここまでぶっつけ本番で出来るとは思わなかった」
感心した顔のオーディンに、何と言っていいかわからず、どうも、とエル・フィンが返す。すると黒髪の軍曹はにかっと笑った。
「ついでに中央帰還の挨拶代りに、何曲か演奏してくれ」
「はあっ?」
「なあ皆、聞きたいよな」
会場を振り向いた問いかけに拍手と口笛が乱れ飛ぶ。
「よっしゃー、じゃあリクエストはあるかー?」
エル・フィンが何も口を挟めないまま、次々とリクエストが挙がってきた。
仕方なく、その中から弾ける二曲ほどをピックアップ。足で拍子を取り、フィドルの弦を踊る彼の指はしなやかだが、無表情ながらどことなくヤケクソ混じりに見える。
最後に弓を引いた後の拍手に一礼しアンコールは却下して、金髪の青年は席に戻ると残っていた酒をあおった。
その後はまた有志による演奏が続き、それに手拍子や口笛が合わさる。ダンスが趣味の女性達が即興で踊りを披露すると、何組もの男女がそれに続いて賑やかに踊りだした。そのたびに大きな拍手が鳴り響く。
いい加減に酒が回り、飾り花や小物を隅に押しやった出窓に座ってそれを見ていたオーディンの隣の椅子に、踊って顔を上気させた女の子が勢い良く腰かけてきた。
「踊らないんですか?」
「いや、俺はそういうのお呼びじゃねえから」
喧騒の中、弦楽器をかかえてご機嫌に歌っていた男をジェズは遠慮のない視線で見上げた。無愛想だと嫌がっていたのだが、思い違いだとリフィアにもずいぶん言われたのだ。こうして見ると、確かに悪い男ではなさそうな気がする。
彼女の視線に気づいたオーディンは、自分の評価をされているとは知らずに目尻を和らげた。
「うん? 俺らは野郎ばっかりで無骨なもんだから、こんなお祝いの会もあんたたちきれいなお嬢さんたちの好みには合わないかもしれないけど、まあ楽しんで行きなよ」
「そうね。ありがとうございます」
評価を改めて立ち上がったジェズの笑顔に、新たな喧騒が重なった。どうやらエル・フィンが歌をねだられているらしい。
部隊の人間は大祭中の警備をしていたから、オーディンのようにたまたま礼拝堂内で聞いた者はまれでも離れて耳にした者はけっこういるのだ。
はっきりと聴いてみたいと思っても無理はない。
金髪の青年が封印がどうとか言って渋っている。ツインか神官がいないと歌えないのだと。しかし神官なら、この星最高の地位にある人がすぐ目の前にいるではないか。
「オルダス、なんとかならんのか?」
「んなもん准将殿にコントロールしてもらえばいいんじゃねえか? 出来るよな?」
セラフィトとオーディンの台詞は同時だった。まあね、問題ないよ、と大神官殿が微笑み、会場が沸きに沸く。
エル・フィンが上司殿と一瞬を目を見交わしたのは、腹をくくれとでも心話で言われたのだろうか。
アコーディオンの伴奏で歌いだすと、場内がしんと静まった。
声の伸びは抑えているのか、あの神事のときほどではない。それでも小さな店いっぱいに、きらきらとした光が満ちてくるようにオーディンには思われた。
定番曲を歌った後に、賛美歌のリクエストが入る。やはり皆、あの大祭に近いものを聞きたいのだ。
(マスター。賛美歌は高音もありますし、さすがにまずいのでは)
エル・フィンが思わず上司を振り返ると、銀髪の男は余裕をもって微笑んだ。
(大丈夫だよ。君の能力は神事で把握しているからね。どうせ本当の神事の歌は外では歌えないものだし、一般礼拝時の曲くらいならこの店でも問題ないから、リクエストに答えてあげたらいい。皆きっと楽しみにしていると思うよ)
(そうですか)
アルディアスの目配せでアコーディオンが伴奏を始めたのは、礼拝のときに聖歌隊が歌うような曲でそれなりに高音部もある。
エル・フィンは始め、さすがに恐る恐るという態で歌い始めていたが、場が揺れないことがわかると少しずつ声を伸ばしていった。その低音部に控えめに唱和する歌声は、調整を兼ねているアルディアスのものだ。
二人のハーモニーが消えたとき、ひときわ大きな拍手が巻き起こった。
入り口のほうからも拍手が聞こえ、ざわつきと共に人の波がざっと左右に分かれる。中央をにこにこと歩いてきたのは、禿げ上がった頭に白い髭をたくわえた好々爺だった。
「げ、元帥!?」
「これは、ご足労いただいて恐縮でございます」
部隊員がうろたえる中、主役の二人が席から立ち上がる。男達の敬礼を手で押さえ、元帥は握手とともににこやかに祝辞を述べた。
「あの時のお嬢さんじゃな。おめでとう、フェロウ准将を頼むよ」
「ありがとうございます」
暖かくまるっこい手のひらがリフィアの細い手を包む。目尻に皺を寄せて、元帥はもう一方の手をそれに添えた。
「うん。儂は准将が軍に入ったときから知っておってな。頼りがいはあるが、危なっかしいところもある人じゃから」
「元帥!」
ほっほっと笑うと、祝福を残して老人はまた風のように去っていった。軍人然とした威圧感を与える人物ではないが、さすがに会場にほっとした空気が流れた。
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◆【第二部 陽の雫】 目次
お待たせしましたー。ようやくアップした!
元帥は素敵なおじいちゃまでした♪ 笑
神殿のシオーネさんといい、アルディアスはわりとお年寄りに可愛がられる性質だったのかもしれませんね~
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