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銀の月のものがたり

2012年01月05日
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親愛なるシレーナへ。

この手紙は、君に届くかな…。
わからないけど、伝わることを祈って綴るよ。



肉体を失くした今、私の髪は何色なんだろう。銀色? それとも、彼の焦げ茶色?
まあ、どちらでも変わらないけれど。


ようやく思い出したんだ。
あの時、焦げ茶の髪をしていたとき、私はいわゆる海賊に親しい友人がいて。

まともな商人なら報酬を払えば護衛もする、弱小商人の寄り合い船なら頼まれなくても護ってやる、でも悪徳で儲けてるなら容赦はしない、という義賊のような奴らだった。

友人の船長は、一見華奢なくらい細身な黒髪の若い男。
黙っていれば日に焼けた美少年といっても通りそうな顔で、ガハハと地中海の夏の太陽みたいに笑う。
敏捷で剣の使い手で、流行っていたボードゲームにやたらと強かった。

私は一年の半分ほどを彼に請われて、その海賊船に乗っていたんだ。
仕事は医者さ。

いつも大きな鞄を二つ持って、片方には宿がなくても二三日は大丈夫な装備、もう片方には薬草や何かの仕事用具と本。そして護身用の剣。
あの洞窟で出会ったとき、ずいぶん荷物が多いのね、って君に驚かれたっけね。

一年の残りの半分は、薬草や新しい医術を仕入れたり、無医村をまわっていたりした。
行かなきゃいけないと決まっている場所はなかったけれど、何年か続けていると待っていてくれる人が何人もいたからね。

君の海に行きたいと思ったとき、彼らの顔が頭にうかんだ。
私が行かなければ、必要な薬草が手に入らない彼らのことが。栽培ができるものは種を分けて植えて薬にするまでの方法を教えていたけれど、土地によってはどうしても合いにくいものもあるしね。

陸の仕事を終えなければ、海にはゆけない。
それを聞いて、もしかして私はどこかほっとしたのかもしれない。
どれほど強く君に惹かれていても、苦しんでいる彼らを見捨てて海に飛び込むことは… 私には、ひどく辛いことだった。

だから、まず彼らへの仕事をきっちりと終わらせること、それを目標に据えて私は戻ったんだ。陸へ。

もちろん友人の海賊船へも以前通りに乗っていたよ。
彼らにも医者は必要だったし、まだ若い船医に知っていることを教え伝えるのも私の役目だった。
きっぷのいい海賊たちと酒を飲んだり、甲板で仕合ったりするのも楽しかったよ。

時々波間を眺めては、君はどこにいるんだろうと思っていた。
寄港した後には必ず花を一輪買って海に投げていたんだけれど、君は気づいてくれたかな……。
皆は私の相手が人魚だとは知らないから、誰か大切な人が海で死んだのだと思っていたみたいだ。誰も何も聞かず、そっとしておいてくれたよ。
優しい仲間たちだった。


焦げ茶の髪の私が死んだのは、彼らの船が襲撃に遭った時だ。
逆恨みで攻撃されたのは、そうだね、銀髪の私の最期とよく似ている。転生した魂は、同じような最期を迎えることが多いのかな…。

以前にこちらが襲撃していた悪徳商人たちが、三隻くらい徒党を組んで襲ってきた。
よほど恐れられていたのだろうね。
四方八方から鉤をひっかけて甲板に登ってくるやつらを、皆でかたっぱしから倒していったっけ。
あのとき船長の剣技は澄み渡ってたな。見事だった。

勝敗がどうなったのか、私は知らない。
その前に囲まれてやられてしまったから。

血まみれで海に落ちるとき、まだ息があったなら君に迎えてもらえたのかな。
死んでしまっていると駄目なのだね…。奥津城に葬られるしかないのか。
せっかく海に居たのに、ごめん。
あのときも、もう少しだったのかもしれないね……。


一度目は海で、二度目は陸で。あと少し、というところで手が届かなかった。
だけど三度目に出会えたらきっと、一緒になれるんじゃないかと思ったんだ。
もう肉体は無いけれど……。


だから、今、こうして君に言葉を綴っている。
できるかぎり誠実に気持ちを辿って言葉に織ってゆくことだけが、唯一の確実な手段だから。


焦げ茶の髪の私が言っていたこと、覚えているよ。

「いつか、君の海に迎え入れてもらえたら。ワルツを教えてあげるよ、お姫様」

そういって微笑んだ。君は、私には尾鰭しかないのに、といって笑ったよね。
そして私は、海の中なんだからべつにかまわないと思うよ、と答えてキスをしたんだ。


覚えてるよ、シシィ。 覚えてる。
生きているとき、どうしても届かなかった薄雲が晴れて、たしかに私の記憶なんだと思える。

シシィ。

今なら、君に本当に逢いにゆける。
彼と私の約束を果たせるよ。


生前、私は彼のことを思い出せなかった。
だけど、私は私のままで君を想った。
まっさらで出会って、何も持っていなくても、やっぱり君に惹かれたんだ。

そこに理由なんかない。
生まれ変わりだからじゃない。だって私はそれをずっと理解できなかったし、むしろ彼に対して違和感を持ち続けていたのだから。

彼は… 正直なところ、当時の私にとって、他人、だった。
ずっとね。。
君には悪いと思っていたけど、どうしても、どうしてもわからなかったんだ。

でもわかっていたら、すぐに君に惹かれていただろうか?
それは、本当に「私の」気持ちだっただろうか?

……きっと私は、今度はそのことに悩んだだろうと思う。生まれ変わりだから惹かれたのかと。
気持ちの理由は過去生とやらにあったのかと。


違うよ。
違う。 シシィ。

私は君に出逢った。
月が二度満ちる間たくさんの話をして、季節が三度めぐる間離れていた。
陸に生きながら、自分の仕事をしながら、そして君への想いを考えていた。
そこにあるのか、ないのか、それは私のものなのかを。

ずっと確かめていたんだ。
それはきっと、私にとって、とても必要な時間だった。

…私のものだったよ。
マントをあつらえ、リボンを選んだのは、間違いなくこの銀髪の私の、今ここの想いだった。


だから、シシィ。
いま、私は私のこころからまっすぐに君に言える。



Ti amo, Sirena.   (愛してる、シレーナ

Noi mantenere la promessa del mare.   (海の約束を守るよ



私を海に迎えてくれるかい?
焦げ茶と銀の私達を。



Con amore il giorno di Natale,   Ray.









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【銀の月のものがたり】 道案内

【外伝 目次】


皆様、旧年中は大変お世話になりました。年明けのご挨拶を申し上げます。

あけおめ記事を書こうかと思ったのですが、今年は喪中の方も多くいらっしゃるでしょうし…
ということで、いっそレイ(作中の男性です。正式にはたぶん、レイモンドかな)のらぶれたーで代わりにしてみました←
けっこうな方から続編のリクエストをいただいてましたのでw
概要が見えたのがクリスマスだったので、そんな署名になってますけど
ちょっと良い感じの内容だし年始でもいいかなーと。。笑

手紙形式なので、返事がわからないのがアレですが
多分そのうちシレーナさんのブログのほうに載せていただけると思います。
ちなみにダメとかヤダとか言われるかもしれませんがそれは知りませんww←
「Stripe Volume」http://blog.goo.ne.jp/hadaly2501)


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さくら★お年玉Special★ 1/1~1/8 はじまりの光&ドラゴンヒーリング








最終更新日  2012年01月05日 14時13分58秒
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2011年12月19日
胸元の小瓶から、海のちいさな囁きが聴こえる。

列車の窓からはもう、青く広い輝きが見えていた。

もう少し。
もう少し。

はやる心を抑え、何度目か荷物を確認する。
旅行用のマントがひとつ。鞄の中には私の本と、身近な細々としたものが少し、それから金髪にも黒髪にも似合いそうな、金色の縁取りのついた鮮やかな緑色のリボン。

自分なりの身仕舞いをととのえて、私はあの海に向かっていた。

陸に戻ってからずっと、繰り返していた自問。

私の前世だという焦げ茶の髪の男のことは、やはり未だによくわからない。
それが自分だという実感がないから、戻ると言った彼の約束を、彼としての私は果たせそうになかった。

けれど。
私は私自身の望みとして、鱗が傷つかないよう彼女を抱き上げるだろう。
岩に擦れて痛そうだと、傷をつけたくないと、彼がどうであるかに関わらず今ここの私が思うから。

彼と同じことを思う彼がわからないままの私を、彼女は受け入れてくれるだろうか?

三年の間、まなかいに立って離れぬ面影を思い返すと心臓が踊る。
もし受け入れてもらえなかったら…… そうしたら、近隣の伝承でも集めながら、近くに職を求め海を眺めて暮らそう。

もう少し。
もう少し。

窓枠に肘をついて外を眺めていると、陽の光を反射する青いきらめきが、徐々に近くなってくる。

最後の大きなカーブを列車が曲がり始めたとき、手前の駅で向かいの席に乗ってきた男に名を尋ねられた。軽く振り向いてええそうですがと答えた途端、大きな音が聞こえて衝撃が走る。
周囲で起こる悲鳴、胸を貫いた熱。

目をゆっくりと戻すと、私のシャツに赤い染みが広がっていた。視線を上げた先には、向かいの席で銃を構える見知らぬ顔。

「へ、へへ、よし。この列車に乗ってる、長い銀髪に青い眼の背の高い男。荷物は鞄ひとつとマントだけ。名前も聞いた。お前だ」

男はへへへと笑い続けながらぱっと立つと、カーブで減速していた列車の窓から身軽に飛び降りた。いくつもの顔が窓から外を見つめたが、牧草の生えた青々とした斜面にごろごろと転がる姿はすぐに見えなくなってしまう。

異常に気付いた車掌が慌ててやってきて、誰か乗客に医者はいないかと絶叫している。
そうしている間にも、シャツの染みはどんどんと大きくなって耳も目もぼんやりときかなくなってきた。

もう少し。
もう少し。

もう少し … だった、のに。

重くなった頭を無理やり動かして、窓枠によりかかる。わずかに近くなった海の青。
伸ばした手は窓に邪魔をされ、透明なガラスに赤く指の跡がついた。口元は自分の息でかすかに白く曇っている。
赤と白の命の証。


陸のことを身仕舞して、それでも忘れられなかったら海に会いにゆく。

その約束は自分の心の中だけだったから、彼女は知らない。
必ず戻ると約束して半ばに果てた彼のかなしみを、再現させたくはなかったから。

もう一度会ったら伝えようと、心に包んでいた言葉も彼女は知らない。
マントは丈夫で潮に濡れても手入れのしやすいものにしたことも、リボンは市にでかけて何種類もからようやく選んだことも。そしてあの本も。

伝えたいことは、たくさんあるのに。

海のものと陸のもの、溶けあうには人魚姫の伝説のように、どちらかの国の存在にならなくてはならない。

だから、海に。
一度死んで君に助けられた命だから。


最後の力でつかんだ胸の小瓶から、かすかな海の気配。
波に触れればあなたがわかるからと、君は言っていただろうか?
二人を分かつ、越えられない透明な薄い板。もどかしい。
こんなに… こんなに近くまで、やってきたのに。

瞼が重くなり、静寂の闇が私を包む。


もう少しで … 届くのに。
このマントで君を包んで、驚かせようと思っていたのに。




シシィ … シレーナ。




… 私の、人魚姫。




















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【銀の月のものがたり】 道案内

【外伝 目次】


海の約束。



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最終更新日  2011年12月19日 15時44分22秒
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2011年11月29日
一日二日で、足は立ち上がって水場に行ったり周囲に生えている食べられそうな草を採ってくるくらいはできるようになった。
しかし思ったよりも難儀したのが左手首で、甲をそらせると鋭い痛みが走る。力を入れてオールを漕ぐことはしばらく難しそうだった。
流された小舟もなかなか見つからず、月が二度満ちるほどの間、私はその岩場に暮らした。

何度も彼女が海藻や貝を届けてくれた。夜に見た時は黒かった長い髪は、昼は青い海に映えるまぶしい金髪に変わり、私は最初他のセイレーンと間違えてしまった。

摘んできた野草ともらった海の幸を焚火で煮たり焼いたりして食べながら、お互いに遠い国の話をした。
彼女は海の中のことを(海の中のものは海藻すら友達ではないのかと提供を申し訳ながる私に、精霊のように優しい存在ではないから大丈夫と笑いながら)。
私は陸のはるかな国のことを。

あるとき、海の中から歌が聴こえることに気づいた。それは弔いの歌なのだと彼女が教えてくれる。

「そうか……。セイレーンが船を難破させるのではなく、難破した船からさまよう魂たちのために、君たちは歌うのだね。死して弔ってもらった者たちは言うに及ばず、私のように、命を助けてもらった者も多かったろうに」

ごめん、と私は頭をさげた。
人の世の誤解は、あまりにもひどいと思えたから。
口に手をあててコロコロと笑った彼女は、笑いをおさめると面白そうな目でこちらを見た。

「人に謝られたのは……二度目よ。まともに話したのも。長く生きてきたけれど」

切なげな瞳をまばたいて続ける。
たいていは人の命を助けても、(思い出してはいけない、忘れなさい)と言ってすぐに陸に帰すのだという。相手も怯えていて、逃げるように去ってゆくのが普通なのだと。

「あなたは船乗りではないのね。星図も読めるようだし、操船を知らないわけでもない。でも船乗りならば、セイレーンと話したり、まして謝ることなんてないわ」

何者なの? といたずらっぽく聞かれたのへ苦笑を返した。

さあ、私は何者なのだろう。
何者でありたいと思っているのだろう。

父から継いだ事業家、それが一応の肩書きではあるけれども。本当は妖精や不思議な生き物についての各地の伝承を集めるのが好きで、趣味が高じて講義をひとつやってみないかと地元の大学から持ちかけられている。

しかしいずれにせよ海難事故の後数週間も留守にしていたら、死んだと思われているに違いなかったが。

何人かのセイレーン仲間たちが、物珍しげに見物に来ることもあった。
私の真面目すぎる返答が面白いと言われたが、大らかに海が笑うように思えて嫌な感じはしなかった。
誘惑者と言われ船乗りには嫌われている彼らだが、蠱惑的というよりも自然の豊かさや深さを体現しているように、私には思えた。


「……帰る?」

ある日、そろそろ治ってきた左手で小舟のオールを握ってみていると、彼女が聞いてきた。一拍おいてゆっくりと顔をあげ、そうだね、と答える。

朝夕の月の満ち欠けと海の潮汐。
私が指折っていたのは何のためだったろう。
月を見上げ数えている姿を、彼女が少し寂しげに見ていることは知っていた。

陸に待つものは、おそらく善い思いであるまい。
私が死んだほうが都合のいい親戚が、いくらでもいた。ここで生きて帰ったなら、むしろ彼らに憎まれることくらい簡単に想像がつく。

それでも帰ることを選んだのは、「陸の命を精一杯に生きなければ海のものにはなれないから、焦げ茶の髪の男を陸に帰したのだ」と、彼女から聞いたからかもしれなかった。

その男のことは、正直今でもよくわからない。
他人のような他人ではないような感じがするのは、あなたのことだ、と最初に言われたからかもしれない。
実際に言動の端々が似ているからかもしれない。

自分ならやりそうだと思う部分と、いや少し違うだろうという部分が同居しており、完全に自分だとも思えなければ、まったく別人とも言い難い、不思議な感じだった。

私には妻子も家族もない。待つ者のいない陸の国へ戻るのは、やりかけで残してきた責を果たすため…… それは、「陸の命を精一杯に生きる」ことのように思えた。



「先生」

呼ばれて顔をあげると、数人の学生が輪のように私の机を囲んでいた。夕焼けの光が窓越しに部屋を金色に染めている。
茶色いくせっ毛の男子学生が口火を切った。

「なんだい?」
「それは…… その、何ですか?」

全員の視線が、私の胸元に揺れる指の先ほどの小瓶に吸い寄せられている。慣れた質問に私は笑って、長い鎖をつけたそれをそっと掲げて見せた。

「これかい? 人魚の鱗だよ」

うそっ、ほら噂通りだろ、本当に? といった声が口々にあがり、小さな準備室はあっという間に賑やかになった。
鎖を外さないままで彼らの前に見せた小瓶の中には、通常の魚よりも少し大きな、不思議な虹色をたたえた鱗が一枚、入っている。
じっと見つめていた金髪の女子学生が、目をきらきらさせた。

「先生、人魚って本当にいるんですか? 船を難破させるのでしょう?」
「うん、いるよ。私は逆に、海難で死ぬところを助けてもらった。怪我が治るまで何度か話もしてね。この鱗は、もうそんな事故に遭わないようにと、彼女がくれたんだよ」

指先につまむ小瓶から、遠い海の囁きが聴こえる。
もらった鱗を身に着けるにも、穴を開けたら彼女が痛いのではないかという気がして、小さな硝子の小瓶を探し回った。

あれから三年。
事業を整理して親類に譲る手続きのかたわら、私は話のあった大学で講師として教鞭をとっていた。
週一度でも楽しかったし、仲良くなった教授の後押しで、今まで集めた伝説を本としてまとめることができた。
刷り上がったのは昨日だ。

セイレーンの頁にはこう書いてある。

「難破した船からさまよう魂たちのために歌い、海難で亡くなった遺体を海の奥津城へと弔ってくれる優しい存在」

届いたばかりの本の表紙を撫でてぱらぱらとめくり、一冊鞄につめて、残りを研究室の本棚の空いている最下段へと移した。
真新しいインクの匂いが鼻をかすめる。

「先生……、本当に行っちゃうんですか?」
「うん、一年の約束だったしね。この本は置き土産… 皆で好きに読んでくれるといいな。欲しい人にはあげるよ」
「駄目ですよ、ちゃんと俺らにも売らないと」
「いいんだ。もしお金を払ってくれるなら、その分どこかの募金箱に入れてくれたらいい。私はいいから」

すると、さっすが現役の事業家は違う、と誰かが口笛を吹いた。
静かにね、と苦笑で応じて立ち上がる。

講師契約が終わり、事業の移譲も終わったら私は旅に出ることにしていた。
家族のいない私の跡を誰が継ぐか、親戚の中には狙う者もいたようだ。
海辺に居た二か月の間、うまくまとめてくれていた叔父に渡すことに私は決めていたのだが、その叔父が去年病で急逝してしまい、話がこじれてしまったのだった。

しかしそれもどうにか収拾をつけ、新しい人物に移譲の手続きも済ませてある。
後はもう好きにしてほしい… 事業も財産もすべて譲り、肩の荷をおろした気分で私はそう思っていた。
次の社長に選ばれなかった親族に逆恨みされていることも知らないわけではなかったが、財産は分けたしそれなりの役職にもついてもらっている。それ以上のことはやりようがない。

本の入った鞄を掌でかるく叩くと、私は学生たちに別れを告げた。















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さくら☆ゲリラ開催☆ 11/28~12/4 REF&ロシアンレムリアン 一斉ヒーリング


さくら11/29 エレスチャル・ヒーリング








最終更新日  2011年11月29日 15時11分57秒
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2011年11月25日
ごほっ、と水を吐いた。
しばらく咳き込み、やっとのことで上半身を起こすと足に刺すような痛みが走った。生きている。思わず自分の手を見つめた。
白く浮かぶ月に寄せ返す波音。

「ここは…。君は……?」

岩礁に両手をついてこちらを見ている若い女性に問いかけた。
その下半身は岩に隠れて見えないが、波の下のはず。長く波打つ夜色の髪も濡れ、服は着ていないように見えた。

彼女が助けてくれたのだと聞いて、ほっと息をつき落ちかかっていた銀髪をかきあげて礼を言う。
セイレーン、という単語が胸をよぎった。
美しい歌声で航行中の人を惑わし、遭難や難破に遭わせるという人魚。

蒐集していた伝説の登場人物が現れたのだろうかと、すこし目をみはる。居ないと思っていたわけではないけれど、自分が会えるとは思っていなかったから。
しかしじろじろ見ては失礼になることに気づいて、はっと視線を外した。


ぱちぱちと焚火が爆ぜる。
踊る炎に照らされる彼女の姿は、やはり人魚だった。

岩に登って横に腰かけてきたとき、怖くはなかったが手を貸していいものかどうか戸惑った。二本の脚ではない、鱗に覆われた魚の下半身では登りにくかろうし、岩肌に鱗が擦れて痛そうだ。
しかしセイレーンなる存在は誇り高いと聞いていたし、人間の手を借りるのは潔しとしないかもしれない。

そんなことを考えているうちに彼女はさっさと岩に上がり、長い尻尾の先で波をさらさらと触れながら半身をひねってこちらを覗きこんだ。
生命力に満ちた、意志の強そうな瞳が火影にきらめく。

波音を背景にぽつぽつと語られた話は、すぐには信じがたいものだった。
何十年か昔、今ここに居る私がこの世に生を享ける前。
彼女が愛し、彼女を愛していた「私」が出会いのために中断していた旅を再開し、途中海戦に巻き込まれて死んだこと。
血をひいて沈む遺体を、彼女が海の奥津城に連れて行って葬ったこと。

あなたのことよ、と細く白い指が私を指した。
何と応えてよいかわからず、思わず目をしばたたく。

旅に生きる本好きな男。君の鱗に傷がつくからと、岩に上がろうとする彼女をマントで包んだのだという。

やりそうだ、と思う。そう、もしもそれが私なら。
先程、鱗が擦れて痛そうだと思った。結局動けず、悩んだだけで終わってしまったけれど。
もしも手元にマントがあり、彼女を抱き上げられるほど健康で、そして彼女を愛していたなら――
どこにも、躊躇する理由がない。
潮がマントに染みることなど、同じく気にしないだろうと思った。

けれども今、ここにマントはなく、足首の負傷は自分が立ち上がることさえ妨げ、……彼女のことをどう思っているのか、自分にもわからずにいた。
嫌ったり怖がったりしていないことは確かだったが、愛しているかと問われればどうなのだろう。
愛というのはそんなふうに、突然に降ってわいてくるようなものなのだろうか?

困った顔をして首をかしげると、彼女は苦笑した。

「いいのよ。ごめんなさい。分からなくて当たり前のことだから。……そのとき恋仲だったから、また愛して欲しいと言いたいのでは無いの」

丸みを帯びてきた月に照らされる、哀しそうな微笑。長い睫を寂しげに伏せたその姿に、胸がずきりと痛んだ。

思い出せたらいいのに、と。
もしもそれが本当に自分だったのなら、思い出せたらいいのにと。

されば彼女の憂いは晴れるだろうかと思った音は、どの弦がはじかれたものだろう。同情か、憐れみか、それとも愛か。私には判別がつかなかった。

「今度はあなたが沈む前に息を繋げられたから、良かったと思ったのよ。私には嬉しいことだった」

彼女は白い月を見上げる。

「でも。あなたにはあまり嬉しいことでは無かった。……そうなのね?」

戻ってきた視線に、私はまた答えられなかった。
海の中ぶくぶくと引いてゆく細かい泡をぼんやりと眺めながら、ああこれで楽になれるかと思ったのも事実だったから。

事業家の父が遺した巨額の負債をひっくり返そうと、躍起になっていたところ。
かなりの財産を処分することでほとんどは返済したが、残っている事業を立て直さなければならなかった。

そのこと自体は挑戦の楽しみもあり、たいして苦ではなかったが、数年がたち借金がなくなって黒字の匂いがしてくると、途端にハイエナたちが群がり出す。
恥という単語を辞書に持たない親戚たちの言動に心底辟易して、ほとんど発作的にすべてを投げ出したくなっていたところだった。

斜めに海に沈んでいったとき、不思議と苦しいとは思わなかった。その後一度意識を失い、彼女に助けられて岩場で息をふきかえした時の方が苦しかったくらいだ。

だが、彼女にとっては。
もしも私が彼で、そして望まぬ遺体として再会していたなら、生きている私を助けられたことは嬉しいことだったろう。
生まれ変わりを知る能力があるのなら、たとえ覚えていないとは知りつつも、かつての恋人を見つければ淡い期待もするだろう。

彼女のことを覚えておらず、愛しているとも言えず、まして生き延びたことすら喜んでいない私の存在は、わざとではないにせよ彼女の想いをことごとく否定していた。

申し訳ないとは思ったものの、海難に巻き込まれて死にかけた命を拾ったばかりでもある。まだ何もかもが急すぎたし、嘘を言うのもまた誠実な態度とはいえない。
黙って炎を見つめていると彼女は言った。

「…あなたは陸にお帰りなさい。私、小船を見つけてくるわ。怪我がもう少し良くなったら、船を操ることも出来るでしょう」

 どこかの… 港の近くまでは送ってあげる。そうしたら、さよならね。
 水の禍にはもう巻き込まれませぬように。 護りを渡すわ。あなたに。

月光の届く波間を見つめ、呟くように言う。

「……シシィ?」 

問いかけた声には、なんでもないわと笑った横顔が返ってきたけれど。

「……日が昇ったらまた来るわ。じゃあね」

こちらを振り向かぬよう深夜の海に飛び込んだ彼女は、きっと泣いているのだろうと思った。














<Sirena - Alba ->
http://blog.goo.ne.jp/hadaly2501/e/c12d0d571029b815929b90fe51f3c459

<Sirena - Brezza marina ->
http://blog.goo.ne.jp/hadaly2501/e/eb18d43daf442a147ab1c5cad843dd39

<Sirena - Il suo mare  ->
http://blog.goo.ne.jp/hadaly2501/e/0e116b62c65ea1db753dfce9ee932ec5








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【銀の月のものがたり】 道案内

【外伝 目次】


To be continued …

新月と日蝕、胎動する昏き朔の日に。



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最終更新日  2011年12月30日 14時44分45秒
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2011年11月16日
「式から二か月か~。あの人たち、ちょっとは落ち着いたのかしらねぇ?」

大きなトートバッグにお勧めの食材をつめたアンナが同僚を振り返る。

「どうかしら。式前は神殿での訓練込みで半同棲から潔斎で、手伝いに行く機会もなかったし。こないだひと月経って、そろそろ遊びに行こうか、なんて話していたところで爆破騒ぎだったものね」

土産のワインを持ったジェズが首をかしげた。

「有名人の夫を持つと、いろいろ大変よねぇ」
「うん。軍人とはいえ、普通爆破騒ぎまではありえないでしょ」
「でも大祭は綺麗だったわぁ…。 大礼拝堂の祝福では感動したもの」
「ほんと。でもアルディアス様の化粧の似合いっぷりときたら、反則よねー」
「そうそうそう。あれは絶対反則よ、反則!!」

かしましく歩く道に、仲秋の陽が長く影を引いておちかかる。
暑さの盛りだった大祭から二か月弱、ヴェールの並木道は金色に染まって、すっかり長袖のカーディガンに上着かストールが欲しい季節になった。

翌日が非番の仕事帰り、フェロウ邸でのホームパーティに招かれているのだ。
アルディアスの隊からは、ニールスとオーディンが招待されているということだった。
以前はオーディンのことを嫌っていたジェズだが、披露宴を機にその誤解も解けている。今日は新婚の二人に、アンナが郷里の得意料理を披露することになっていた。

料理は粉を水で溶いて、卵、野菜、魚介類などを混ぜて焼き、各種のソースやハーブで味つけして食べるという、いわゆるオープンオムレツのようなものだ。
オムレツ自体は中央にもある料理だが、アンナは西方の小都市の出身で、そちらでは小麦の栽培が難しいため、雑穀の粉をよく使う。
その配合にも地域独自のこだわりがあるため、彼女はわざわざ郷里に連絡して粉を送ってもらっていた。

フェロウ邸に着くと、夫婦に加えて夜勤明けのニールスとオーディンが揃っていた。
アンナとジェズだけでは女性だらけの中にアルディアス独りになってしまうため、それではと階級が高すぎず気の置けない二人も一緒に招待したのだ。

玄関で簡単な挨拶が交わされ、ダイニングではさっそく食材やワインがテーブルに並べられてゆく。
それを手伝っていてジェズと目の会ったオーディンが、一瞬の躊躇ののちに口を開いた。

「よう… お嬢さん」
「ジェズよジェズ。あなたまた人の名前覚えてないんでしょ。というかそもそも覚える気ないんじゃないの?」

ここは職場ではないから、敬語は使わないというのが約束事。フローライトのような黒に近い濃紫のきれいな瞳できっと睨まれて、オーディンは目を白黒させた。
ジェズは少し前まで、彼の後方支援担当だったのだ。生活のあれこれを世話になっておいて、未だに名前を覚えていないのでは怒られても仕方がない。

「……すいません」

頭をがりがりと掻きながらぼそっと呟かれた言葉に、ジェズは破顔した。

「まあ、いいけど。どうせ男の人の名前も憶えてないんでしょ?」
「あー… まあ…」
「オーリイはそういうの苦手だから。自分の隊の隊長の名前も知らない時あったよ」

リフィアの指示でワイングラスを出しながら、ニールスが苦笑する。

「えーそうなの? 今はわかってるのでしょ、オーディンさん?」

葉野菜を台所で洗いながらアンナが鮮やかなブルージルコンの視線を投げると、オーディンは慌ててうなずいた。こころなしか胸を張って続ける。

「もちろん今はわかってるとも。アルディアス・フェロウ隊長」
「正解。光栄でございます、ガーフェル軍曹」

おどけたように当人が一礼したから、一座は笑いに包まれた。

「ところでリフィア、お鍋はもしかしてあのホットプレート?」
「あ、うん、実家であれ借りてきたんだけど…。違った?」

テーブル上に鎮座している大きなホットプレートに、アンナが苦笑する。

「そうじゃなくてぇ~。オーブン用の鋳鉄でできた深めのお鍋よぅ。蓋してじっくり焼くの。それで焼けたら、保温したホットプレートか大きなお皿にぱかっとひっくり返して、トッピングして切り分けて食べるわけよ」
「そうなの、私、段取りがよくわかってなかったわ。急いで借りてこようかしら?」
「ううん、平気平気。無きゃ無いなりにできるわよ~。大きいフライパンっても、二人暮らし始めたばっかりじゃ限界がありそうね。あのホットプレート蓋できる?」

アンナの視線に応えて、テーブル脇にいたニールスが大きな蓋をひらひらさせた。

「んじゃ大丈夫。あれでそのまま焼きましょ。ちょっと時間かかるかもしれないけどね」

話しながらも、アンナと長い黒髪を背で三つ編みにまとめたジェズの手が、リズミカルに食材を刻み、粉を水で溶いて加え生地を作ってゆく。
中央地区の主なタンパク源は魚介類と鳥類だが、前の大戦で土地が痩せているためか川魚はあまり獲れない。海の魚は、大きくて身のしっかりした白身の魚が主であるため、最初から切り身で売っていて魚の形がわかるような調理にはならないことが多かった。

リフィアがテーブルを整え、卓上のホットプレートが温まる頃にはあっという間に下準備が完了し、アンナの指示のもと油がひかれて生地が落とされた。

じゅわっという食欲をそそる音がする。上に大きめの魚介を並べると蓋をして、その間にサラダや他のつまみ類の用意。
ドレッシングまでできたところでフライ返しを二本手にすると、アンナは大きな生地をひょいとひっくり返した。丸い生地にはきれいなきつね色の焼き色がつき、こんがりした香りがただよっている。
満足げにそれを眺め、彼女は片目をつぶって唇に人差し指を立てた。

「これでもう少し。あとは仕上げをごろうじろ」
「すっげえ…」

手際のよさに感嘆の息を漏らしたのはオーディンだ。
ワインで乾杯し、サラダなどをつつきながらお喋りしている間にメインディッシュが頃合いになる。
皿に切り分けてハーブを散らしてから常備してあるトマトジュレを添えようとしたリフィアに、アンナの厳しいチェックが入った。

「違う違う。まずジュレが先よ。たっぷり塗って、チーズを乗せて、ちょっと蒸らして溶かしてからハーブ、それでホットプレートに載せたまま切るの。そうしたらずっと熱々で食べられるでしょ」
「ああ、なるほど」

切り分けようとした木べらを止めると、立ち上がったアンナが大き目のスプーンで持ち込みのジュレを塗りはじめる。
味の濃い肉厚のトマトをコンソメで煮込んだジュレは、どこの家庭にも常備されているポピュラーな調味料だ。市販品も沢山あるが、それぞれ家庭ごとのこだわりがあったりもする。
立ち上るいい香りにオーディンが目を細めたのを、ワイングラスを置いたアルディアスがみつけて笑った。

「オーディンはジュレにこだわりがあるから」
「おうよ。これで味が全然変わるんだぜ。あとハーブの調合な」
「へえ、オーディンさん料理なんかするの?」

手を動かしつつ、アンナが大きな瞳をくるっと回す。うなずいたのはニールスだった。

「野戦料理が得意なんだよ」
「オーディンのスープは本当に美味しいからね」
「材料とかどうするの?」
「真空パックの保存肉あるだろ。あれにそのとき手に入る野菜と、トマトジュレとハーブと塩。 ……、あ、もうハーブいいんじゃね?」
「あっだめっ」

ジェズに答えている間にチーズが蒸されて美味しそうにとろけている。湯気の中脇に置いてあるハーブ類を適当に散らそうとしたオーディンの手を、いたずらっぽい目をしたアンナがぺちんと叩いた。

「自分でハーブの調合って言ったばっかりでしょ。地方の味にするならこだわりがちゃんとあるのよ」
「…すいません。…なんかさっきからいいとこないじゃん俺…」
「まあまあ、オーリイ。ここは女性陣に任せようよ」

くすくす笑ったアルディアスがぽんと肩をたたくと、オーディンが大げさに頭を抱える。
その眼前に、楽しそうに笑いながら湯気のたつ皿が差し出された。

「ほぉら、できたわよ。アンナさん特製オープンオムレツ!」

こんがり焼けた雑穀の香ばしさと魚介、トッピングしたトマトやチーズ、ハーブなどが相まって、食欲をそそる匂いが鼻腔を刺激する。
アンナは6人分を切り分けると、手早く二枚目を準備して自分も席についた。

熱々の具だくさんオムレツは、たしかに家族や仲良い友達との団欒にぴったりで。
二枚目は混ぜる具とハーブの組み合わせで少し変化を出し、他愛もないお喋りも尽きることなくワインのボトルが二本ほど空になる。
人数のわりに減りが少ないのは、女性陣を車で送るためにニールスが飲んでいないのと、それにつきあってアルディアスとオーディンも口を湿らせる程度に留めているからだ。

ほんのり頬を染めたアンナとジェズに礼を言って送り出した後、アルディアスは長い銀髪をひょいひょいと三つ編みにすると、妻に手渡されたギャルソンエプロンを締めた。

「さて、では後の片づけは我々が。リンもお疲れ様。ニールスが帰ってきたら少し飲むから、先に休んでていいよ。明日は仕事だろう」
「そう? ありがとう。じゃあ二階の客間を準備したら先に休ませてもらうわね」
「ありがとう、おやすみ」

黒髪の同僚があえて視線をあわせずに、キッチンに下げる食器の重ね方を試行錯誤しているのを目の端に確認して、頬に軽くキスをする。
腕まくりして皿洗いを始めると、隣でオーディンがそれを拭きはじめた。

「仲良いなあ…。新婚だもんな」
「どういたしまして」

何を言っていいか困った、という感じに呟かれたから、アルディアスは笑うしかない。オーディンもそれで二の句に困ったとみえて、話題は水切りのようにひょいと跳んだ。

「運転手はニールスが適任だよな、うん」
「そうだねえ。私じゃ必要以上に恐縮されてしまいそうだし」
「俺じゃどう考えても会話が続かねえもんな」

きゅっきゅっとグラスを磨きながら、しみじみ述懐する。どうやら自覚はあるのらしかった。電灯の光をぴかりと反射するグラスを満足げに眺めた後に脇へ置いて、新しく濡れた皿を手にする。

「あいつもいい娘がいりゃあいいのに、どうなんだろ」
「さあ…。 ニールスは女の子にも評判いいと思うけどね」
「一番縁遠そうなあんたがうまいこと片付いたんだから、あいつだって縁談あってもいいよなあ」
「……え?」

思わず流していた水を止めて、アルディアスが振り返る。オーディンは濃い青の瞳で、いつの間にか自分を追い越した長身を見上げてにやっと笑った。
その笑いにはしかし、深い慈しみのようなものがあふれている。

「あんたは、なんでも背負っちまうからさ。二等兵だった昔からそうだ…。 だからきっと、神殿でもそうなんだろ。そんなふうに一人で抱え込むなっつっても、多分いろんな意味でどうにもならない部分もあるんだなってのはわかってきたけどさ」
「オーリイ…」
「まあよっぽどの物好きでないとあんたの相手は務まらんよな、と心配していたわけだ。うん。よかったよかった」

皿を拭きながら照れ隠しのように何度もうなずく。
アルディアスは止めた手を再開して、最後に外して水を張ってあったホットプレートを洗い上げた。手を拭いて、乾いた食器を棚にしまってゆく。

「これでもかなり、周りに頼れるようになったんだよ。あの頃に比べればね」

グラスを並べながら苦笑したのは、二等兵の頃を思い出したから。

「そうだなあ…。 あの頃のあんたはどこか、触れなば切れん、て感じだったしな」

なんだか放っておけなくて、見かけるたびに声かけたっけな。名前は上司になるまで覚えてなかったけど。
えらいなつっこい顔で笑うから、お前本当に軍人かって百回は訊きかけた。

「だから…、うん、よかったよなぁ」

手の中の小さな丸っこい陶器に呟きかけるようにして、オーディンはそれを戸棚にしまった。






















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最終更新日  2011年11月16日 12時11分07秒
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2011年11月11日
「ああ~…」

乾杯の後冷たい発泡酒のジョッキを握ったまま、オーディンは年輪のざらりと浮き出た店の木机に突っ伏した。
隣のニールスが、さりげなく背をぽんぽんと叩いてくれる。

約束通りセラフィトの奢りで飲みに来た店は、落ちついたカントリー調の内装で静かすぎず賑やかすぎず、士官クラスならわりと気軽に入れる店だ。
どちらかというと軍人御用達な趣で、飢えた男たちの腹を満たす食事メニューが充実している。
半個室の落ちつける場所に席を占めると、分厚い木材の肌触りが頬にここちよかった。

張りつめていたのが緩んだのもあるし、何より隊長が強すぎてあきれる。
手合せは初めてではないがあきれる。というか毎回こんな感じだ。

がっくり果てたオーディンの向かいでは、揺らめくろうそくの灯りをはさんでエル・フィンが無言でジョッキを傾けていた。
左の壁際では、セラフィトが面白そうに二人を眺め、アルディアスに何事か囁いている。

上司殿はといえば、細長い曲線を描く小さめのグラスを片手に、相変わらずゆったりと唇に微笑みを浮かべて僚友の話を聞いていて、二人の疲れの見えないその様子にもオーディンはあきれた。

この部隊になってそこそこの自分だってこうなのだ。合同演習で一緒になっただけの連中が、半死状態になったとて仕方はない。
突っ伏した体勢のまま横目でちらりと上司たちを確認して、改めてゆっくりしみじみとため息をつく。

「はあ~…」

身体じゅうの酸素を吐き出して、ようやくオーディンは起き直った。
そのタイミングを待っていたように、セラフィトが全員にむけて口を開く。

「……で、例の件だけどな」

ひそめられたその声に、全員が少し耳をそばだてた。和やかだった場が一気に引き締まり、皆わずかに顔をよせる。
セラフィトは少し前のめりになりながら声を落とした。

「いまいちだ。やはり手強いな」
「……」

アルディアスが一瞬静かに椅子の背にもたれ、目を閉じる。早急に片をつけてしまいたいところであったが、なかなかそうもいかぬらしい。
無言を続けるエル・フィンの瞳が、強いネオンブルーにきらめいた。
少しテーブルを見るような感じで考えていたニールスが、セラフィトの話を組み入れ、現時点でのまとめを報告する。オーディンはそれらを聞きながら、タイミングを失って手にしたジョッキの酒を飲めずにいた。
できれば一網打尽にしたいものの、なかなかスクリーニングにひっかかってこない。あたりはつけてあり、外れている可能性は低いのだが、具体的証拠をつかめなければ仕方がなかった。
冷えた水滴がジョッキの表面をすべって落ちてゆく。

それに気づいたアルディアスが、さりげなく自分のグラスに口をつける。ようやく喉を潤して、オーディンが大きく息をついたときだった。

「あの、すいません」

遠慮がちに背後から声をかけてきたのは、違う部隊の数人だ。中央の赤毛の若者の背を、両脇の先輩と友人が押している。

「フェロウ准将… 大神官さまですよね? あの、今度こいつが結婚するんで。よかったら祝福してやっていただけませんか」

その言葉に、テーブル全員の目が奥の壁際にいたアルディアスに注がれた。目をしばたたいたアルディアスが、気軽に笑って席を立つ。こんなことには慣れているのだろう。
銀髪の男は店の邪魔にならないような位置に立つと、緊張している若者の額に手をかざした。

「結婚おめでとう。ヴェールの花が満ちるように、二人の未来が幸せに満ちているように」

ふあん、と祝福のやさしい光が流れたように感じたのは、オーディンの気のせいであったろうか。敬虔に頭をたれていた若者は、ぱっと顔をあげると右隣の先輩の背を押し出した。

「ありがとうございます! それであの、先輩んとこは来月奥さんに子供が生まれるんで」
(おいおい、こっちも今は勤務時間外だぞ)

オーディンの唇から洩れた小さな呟きは、テーブルに座るものだけがかろうじて聞き取れた。口には出さずとも、皆同じ思いではあるのだろう。セラフィトが苦笑している。
しかしアルディアスはにっこり笑って、金髪を短く刈り上げた男の手をとった。

「では君の手に託すよ。祝福のうちに安らかに生まれ、楽しく輝ける日々を過ごすように。家に帰ったら、奥様のお腹を撫でてあげてね」
「はいっ。ありがとうございます、大神官様」

軍服を着ている相手に呼びかけるのも不思議なものだが、実際にそうなのだから仕方がない。
どういたしましてと応えて席に戻ると、セラフィトが苦笑のままで言った。

「相変わらず、二足の草鞋も大変そうだな。奥方と一緒のときもこうか?」
「いや。さすがに女性と二人だと遠慮されるらしくてね。席を立ったタイミングなんかには言われることもあるけれど…。祝福してほしいというのを、無下にもできないしね」
「やれやれ。外じゃほろ酔いにもなれんか。気が休まる時がないな」

親友の溜息に、アルディアスは軽く肩をすくめただけだった。

「准将の銀髪は目立ちますしねえ」

ニールスがちらりと向かいの半個室に視線を投げつつ呟く。そこに席を占めている男たちの中に、先程の赤毛の若者とその先輩がいた。
間近で祝福を受けてどうだったかと、同僚たちに質問攻めにあっているようだ。完全に仕切られているわけではないので、ある程度の声は互いに聞こえる。

それから何かを思いついたように、ニールスは少しはっきりした声を出した。

「先日のお呼び出しでは、誤解もはなはだしくて大変でしたね。あの方がああいうご趣味だったとは知りませんでした。エル・フィン、君も槍玉に上がってたよ」
「は? 俺がですか」
「そうそう、准将と仲良いと昇進しやすくていいとかさ。階級が上にしては嫌味のレベルが…」

テーブルの者にだけ片目をつぶって語尾を濁す。
こころえたセラフィトが片手に酒杯を持ち、大仰にアルディアスの肩を抱えるようにして応えた。

「もうこいつときたらこの外見だろ? 若いころからさんざんそういう目に遭ってるんだよ。そうだよな?」
「まあねえ……。ありがたいことに、全部未遂で終わっているけれど」
「今じゃでかいけど、ガキの頃はほんとに細っこくてな。オーディンは知ってるか」

斜向かいの男たちが聞き耳を立てているのが気配でわかる。彼らの耳と好奇心を感じながら、オーディンは慎重に口を開いた。

「ああ、知ってる。女に間違われることもあるんじゃねえかって思った」
「美人だから、うっかりするとどっかに誘拐されてたかもなあ?」
「闇ムービーとか… 怖いですよねえ」

しれっとニールスが続ける。

「個人の嗜好をどうこういうつもりはないけれど、対象が子供だったり暴虐なものだったりするとね……。 やはり、ぞっとするよ」
「そういう嗜好は数年で変わるようなものでもないでしょうしね。十五年前も、好き者は同じことをやっていそうです」

恣意的に微妙に話題を混ぜながら会話は続く。

「子供って言えばさ。今年もあれ、やるんだろ? 神殿の」
「ああ、うん。冬祭りのお楽しみだからね」

ヴェールの冬祭りは、夏の大祭に比べるとずっとおとなしい。もちろん実際は神事があるのだが露出が少ないため、大衆にとってはどちらかというと神殿色の薄い、様々な出店やイベントがたのしみな祭りになっている。
期間中神殿の正門は解放され、ずっと参道の両脇に、飴やら揚げた芋やら様々なおもちゃやらを扱う店が並ぶ。季節ごとの市の出展もあるから、内容もさまざまバラエティ豊かだ。

正門内では高舞台がしつらえられており、期間中に一度だけ、子供たちの無病息災と健やかな成長を祈って飴が撒かれる。
一人にひとつ、なるべくたくさんの子供に、というのが約束だから、きれいに包まれた飴を運よく手にした子は舞台前から退き、後ろの子たちと交代することになっている。
それでも神殿内でだけ栽培されている、ヴェータも原料となる果実の汁を煮詰めて作った珍しい飴だけに、小さな胸は期待ではずんでいた。

「毎年盛況だもんな。賑やかなのが何人くらい来るんだ? (こないだ空爆してきたルビィキャットだが、さっきの演習に混じってた。基礎体力が足らんでへろへろだったが、子供に間違われそうなくらい小柄だったぞ)」

セラフィトの声に、思わず銀髪の男は友人を見直した。ルビィキャットの機体マークと話は聞いていても、外見特徴までは知らなかったのだ。

(空戦隊は混ざっていないのかと思っていたよ。他に貸すかもと聞いていたからね。では相手した中にいたのかな?)
(3戦目だったかな。小柄で赤い髪と朱色の瞳、耳の横に細い三つ編みをたらしてる)
(ああ、わかった…… なるほど、彼が)

ふらつく足で木刀を振り上げていた姿を思い出して、アルディアスはふっと苦笑した。彼より30cmほど小柄な姿は、パイロットとしては確かに最適だろうが今日の演習はきつかったに違いない。
まるっこい童顔は西方に多い顔立ちだが、聞いていた年齢よりも確かに若く見える。
アルディアスは手元のグラスを傾けると、声を戻しセラフィトに答えた。

「さて。飴は毎年千個くらい作っているはずだけど、残らないねえ。 (紅い翼は人数が減ってきて、全体異動の話もちらほら可能性レベルで出ているよ。引き抜きかけてみようかな?)」
「千個ぉ? 思ったよりずいぶん作ってんだな。でも足りねえんだったらもっと作ればいいんじゃねえの。 (いいんじゃねえ? あいつはうち向きだ。とりあえず研修で囮捜査ってのどうだ)」
「……人使いの荒いことだねえ」

部隊長兼大神官は苦笑した。
















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【銀の月のものがたり】 道案内

【第二部 陽の雫】 目次


お待たせしてすみません。111111ってことで物語本編再開♪
下書きはずいぶん前にしてあったのですが、なんかアップできずにいたら
急に必要が出て、今日になって書き足した部分があったりするのが
さすがプロデューサー様の采配って言うか←

今日出せってことなのねそうなのね 苦笑



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さくら☆ゲリラ開催☆ 11/7~11/13 REF&はじまりのひかり 一斉ヒーリング


さくら★111111Special★ 11/11 豊穣の祈り ~ 一斉ヒーリング







最終更新日  2011年11月11日 17時15分14秒
コメント(6) | コメントを書く
2011年10月31日
※作中えぐい表現があります。苦手な方はお気を付け下さい。


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夢に、うなされる。
遠く時を経て、過去の痛みを見つめながら。



足を引きずって歩いている。手をついた壁に、不規則に途切れた赤い波線がいくつも描かれてゆく。
死体置き場から出ようとして。

浅い呼吸。
酸素が足りず、長くゆっくり息を吸おうとすると冷や汗が額に吹き出す。
歩いても歩いても、灰色の廊下が終わらない。
辿り着いた部屋の医師が、肥った女幹部に姿を変えて傷をメスで抉ろうとする。

「お前は私のものだ」

呪詛のような声が響く。

「お前は私のものだ。その背に刻印があるのだから」

背中の新しい刺青、女の紋章を太い指がなぞる。
吐き気を催して必死に逃れようとする。

 違う、お前のものじゃない。

「私のものだ、グラディウス。私の玩具」
「お前をわかっているのは俺だけだ」

かぶさる声はあの男の。

「他の奴なんか駄目だよ、グラディウス。皆お前を捨ててゆく。ほら」

指さされて目を上げた先には、遠く去ってゆこうとする横顔。
親しげに誰かの肩を抱き、笑顔を浮かべている黄緑の瞳。

 違う。

愕然とする自らを奮い立たせるように、両腕を抱いてかたくなに首を振る。違う、違う。

「違わない。俺だけがお前を愛してる。俺は心変わりしないぜ?」

見つめて銀髪に口づけてくる。ただし何人もの中のひとりにすぎないことを知っている。
この男の愛は、数がたくさん、ある。
それが悪いとは言わないけれど、いざ天秤にかけなければならないとなったとき、こいつはどうするのだろうかと思う。
多くに同じく愛をささやくように、多くを同じくばっさりと切り捨てるのだろう。なんの悪気もなく。

そしてまた捨てられる。一番ではないのだから。
躊躇もなく女王の命令の下に来る程度のものでしかないのだから。
この男は都合のいいところを取りたいだけにすぎない。

「忘れちまえよ…。忘れさせてやるよ」

 いらない。忘れたくない。
 何度も謝ってくれた。
 何度も手を差し伸べてくれた。
 背中の傷にキスしてくれた。
 汚いなんて言われなかった。

捕まえようと広げられた腕を避けて走り出す。
あの横顔のほうへ。
あれは幻影かもしれない。誰かのほうへ行ってしまう姿なら幻でいい。
けれど恐ろしい夢の中、そこに居ないかもしれないと思うのも胸の中を氷塊が滑りおりるようで。

幻であればいい。
幻であって欲しくない。

駆ける足に黒い墨のようなねばついた雲が絡まり重い。折れそうになる膝を叱咤する。
伸ばした手が届かない。
行けばきっと…、そう、行けばきっと、抱きしめてもらえるとどこかが知っているのに。


背中と腰の傷が痛い。


痛い …。。




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一度目は焼かれ、二度目は皮膚ごと剥がされた。

生皮とはいえ痛覚遮断処理された人工皮膚だったから、痛みは思ったよりもなかったけれど。
ぬるりという感触が熟れた果物のようだった。
ひとしきり遊ばれた後は、また新しい人工皮膚を移植された。
三つ目の刺青は、途中で当時の飼い主が死亡したため、線彫りの入れかけでそのまま背に残っている。

子供から大人になるとき、押し込められた隙間に何を置き去ってきただろう。紅い瞳は、その色とは裏腹に硬く、かたく凍りついていった。

視覚、聴覚、嗅覚、嗅覚、触覚。
五感のどれにも検査上の異常はなかったが、すべて感覚が遠い。
昼は戦場に出て命を奪い、夜は誰かの相手をさせられる。ただその繰り返しの生活は、痛みも苦しみもかなしみもさびしさも、はるか触れえぬものとして暗闇の中に忘れさせていった。

ただひたすらに人を殺す自動人形、あるいは美しく強い獣。
施設の研究員たちが造りだそうと目指しているものは、つまり人ではない。
触れれば指が切れそうな、氷温下に凍てついた死神…。
人間ならぬそれは、彼らにとってはよい作品であったやもしれぬ。

混沌とした暗闇が周囲を包む。
蹴り出して走り出そうにも感触がなく、手探りをすれば空を掴む。
遠い空の真ん中にぽっかりと浮いているようで、胸のうつろを冷えた風が吹き過ぎた。

風が吹く感触があるなら、それはそこにいるからだと、言えるだろうか。
ああしかし、虚無を吹き抜ける冷たさが本物の風であると、どうして言うことができるだろう?
この感覚が間違いではないと、証明することなどできはしない。
きっと感じている気がしているだけ。
自分を騙し、なにも持たない寂寞の不安から目をそらしていたいだけ……


あるとき、暗闇にほそい一条の光が射した。
それは名刺大の紙のカードで、緑の縁取りがついていた。

『この部屋は、私の名前で一日キープしてある。 鍵はそれしかないから、今日は誰も入れない。
私は其所へは行かないから、残りの時間はお前の自由にしていい。 以上。』

それだけの短いメッセージ。
見世物として目隠しと手枷に戒められた10代の子供を相手にさせられたその人が、今日はお前を0時まで借り受けることにしていると、最後に口に銜えさせてくれたカードキー。

部屋に行くとその人はおらず、テーブルにカードが置いてあった。
もっと幼い子供と間違えられたのだろうか。何もかもが奪われることが普通だった自分に、生まれて初めて、キスをしてもいいかいと静かな声で聞いてきた人。
可否を聞かれて、迷ったもののすでに失うものもなかったからYESと答えた。生贄に意志を聞いてくる優しい言の葉の感触に、もう少し触れてみたかった。
どんな相手かと思っていたから、顔が見られないのは残念に思ったほどだ。

カードをとり、どこかにイニシャルでもないかとベッドに転がって裏表たっぷり眺めて……、気がついたら、そのまま時間まで泥のように眠っていた。

私物は持てなかったから、折ってベルトの裏に細工して隠した。夢も見ずに眠れた時間の御守のように。
一年ほど経って、戦場で失くしたときは探し回った。
よりどころを改めて喪ってしまったような気分になっていたから、急激に背が伸び出す直前、もう一度その相手に当たったときは幸運を感じた。
しかし小声で話しかけても返事はなく、当然だとなかば諦めながらも、どこか残念な心持ちがしたのだった。

いっときの相手でも愛さずにいられないその人が若い新任司令官のひとりであり、相手に当たった戦闘員をチームに迎えることになれば使いにくいからという理由で自らも目と耳を封じていた、と知ったのはずっと……ずっと、気が遠くなるほど後のことだ。

意図は通じていないまま、結ばれかけていた糸。




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走る。

何度目の悪夢だろう。
うつろな幻を追うよりも、もっと確実な場所を思いついた。
あの時にひとつひとつ実際に積み重ねた、強い記憶と経験。


この場所があの基地なら。
生まれてすぐ捨てられて、その時から暮らし、戦場に出続けたあの基地なら。

彼は戦略執務室に居る。

戦場から帰還するとき、よく帰投ゲートに立っていた。自チームの戦闘員たちの帰りを待って。
誰も帰れないかもしれなくても、立って待っていた。
ゲートに立つ余裕のないときは、執務室に必ず居た。
規定の報告をするより前に執務室のドアを開けると、必ず、「おかえり」と微笑むのだ。

その顔が見たくて、どんな戦場からも戻った。

今の自分は、彼のもとに配属された20歳の頃より少し若い。
エリート待遇の諜報暗殺員から戦闘員に転籍し、いろいろな意味でもっとも命の危険が多かった16歳の頃の姿。
まだまだ華奢な身体は成人後より背丈も頭ひとつ分は低く、未だ女性に間違えられることもある。
かすめた出会いはどれも朧で、だからこの姿を当時の彼は知らないけれど。


けれどもこれは夢だと、過去にからんだ悪夢だとわかっている。
だからきっと会いにゆけるはず。

あの部屋のドアを開ければ、きっと。


だから、走る。
背後の手と声を振り切って走る。

どちらを選びたいかなんて、とうに決まっているのだから。
どちらを信じたいかも、とうに決まっているのだから。

目を閉じても歩けるほど慣れている基地の通路を、靴音を響かせて駆ける。

あの角を曲がって、すぐの右側のドア。
走り寄って確認したプレートに見慣れた文字。

どきりと踊る心臓を叱咤してノブを回す。


「デューク!」


息をきらしてドアを開ければ。
……望みの人が微笑んでいる。おかえり、と。


だから、まっすぐにその腕に飛び込んだ。

あの当時、気持ちはあっても自覚がなく、ついに唇に乗せることのなかった言葉を抱いて。



  ただいま。

  ありがとう、待っていてくれて。
















------

【銀の月のものがたり】 道案内

【外伝 目次】


今日はハロウィン、ケルトの一年が終わり、新しい年がやってくる日。
なにかが終わり、なにかが始まる。

あのドアを開ければ … きっと。


この少年が、おかげさまで今は剣職人さんやってるのです。
とても楽しそうに生き生きとw
ご心配くださった皆様、どうもありがとうございます。




Trick or treat!



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さくら11/1 比翼連理 ~ 融和のヒーリング






最終更新日  2011年10月31日 16時31分57秒
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2011年10月28日
※作中えぐい表現があります。苦手な方はお気を付け下さい。



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「よう。元気か?」

無遠慮に開けられたドアの脇。若い男の赤茶の髪をかすめ、飛ばした指弾が硬質な音を立てて跳ね返る。うっかり制服組に当てたら処罰ものだから、銀玉は威嚇であってはなから当てるつもりはない。
体内時計は、約20時間眠ったと告げている。
声の主は小さく口笛を吹いて、面白そうに緑色の目を細めた。

「弱っても戦闘員か。たいしたもんだ」
「……」
「そんな目で見るな。お前のチーム司令官が土産を持って来たんだぞ?」

男は今の「飼い主」の遠縁にあたるという、幹部候補だった。戦略部の司令官は1年だけの腰掛けという話だ。家は豪邸で、家柄が良くてきれいな婚約者がちゃんと待っているらしい。
男はベッドサイドテーブルに持っていた袋からミネラルウォーターやゼリー飲料をいくつか出しながら、ねっとりした視線を絡めてきた。

「女王がお待ちかねだ。…だがその様子じゃすぐは無理だな。5日、休暇をやるからその間に治せ。通ってやるから」
「……」
「愛してるよ、グラディウス」

舌なめずりする男。
嘘とわかっていても愛の言葉を囁かれるのは滅多になくて、だから一瞬心が揺れる。
揺れた後に、そんなにも飢えているのかと自分に呆れ果てる。
幻想を追って、最後に傷つくのは自分なのに。自らを「父さん」と呼ばせていた前の飼い主にあっさりと捨てられた時、嫌でも身に染みたはずなのに。
誰も、信じてはならないのだと…。

それでも、5日の休暇は魅力的だった。
水を飲んだ後小一時間相手をしてやり、満足げにドアが閉められた直後にベッドの上へ突っ伏す。急に催して血の混じった胃液を横の床に吐いてしまったが、掃除する気力はすでになかった。
何に吐き気を催したろう。行為に、相手に、あるいは刹那の快楽に溺れようとする自分自身にか。

悪臭が立ち込めるだろうが、それが人払いになるならいいか、という思考が脳裏をよぎる。
そしてまた神経の一部を立てたまま、眠りの海に落ちた。



「汚いね。なんて汚らしい背中だ」

5日後、背中一面のゼリーパッドを剥がさせた「女王」は、不機嫌そうに煙草をベッド脇の灰皿におしつけた。
以前の飼い主に入れられた刺青を消すため、全面を焼かれた背中は所々に水ぶくれが破れ、茶色い皮膚が垂れさがっている。その上何か所にもつけられた傷には筋肉が盛り上がり、お世辞にも綺麗とは言い難い。
右腰は刺し傷がふさがったばかりで、縫合の糸もまだついたままだった。

「…申し訳ありません」

せいぜいしおらしく詫びる。刺青を入れたのも消したのも怪我をしたのも自分の意志ではなかったが、使い捨て玩具のような自分たちには、その答えしか許されてはいない。
女性幹部の太い指が顎をわしづかみにし、彼女のほうを向かせる。長く伸ばした爪が頬に食い込んだ。

「あんたたちは所詮ドブネズミ。人間様とは違うんだから、せいぜい綺麗にしておかなけりゃ。そうだろう?」
「はい」
「それがこんなに汚くちゃ興醒めだ。せっかく珍しい顔している若いのを手に入れたのに。いっそ皮膚移植でもしたほうが早いかね?」

顎を掴んだまま振り返ると、あの赤い髪の男が笑っていた。

「そうですね。実験体からきれいなのを選べば、それもいいかと。あるいは新開発の人工皮膚もありますよ。痛覚遮断の仕掛けがあるとかで」
「痛覚遮断?」
「ええ、戦闘員専用です。神経節に伝わる痛みのシグナルを減殺させることで、より戦闘に特化させる。研究員がちょうどこんな実験体を探していましたよ」

男の声に、女は少年の顎を握ったままでにんまりと笑った。

「そうするかね。痛みを知らず攻めてゆけば戦績も上がるだろう。どうせ数年の使い捨てだ、見栄えもケロイドよりましだろう」
「かしこまりました。手配しましょう」

慇懃に一礼した男は、底光りする瞳をあげた。

「ついでに新しい刺青の手配も?」
「そうだね。前の飼い主のがあるのは苛々する。といってこのままケロイドの汚いのも嫌だし、のっぺりした人工皮膚もね」
「今度のは本物とそう区別がつかないそうですよ」

ふん、と女は吐き捨てると、男の膝元に傷を負った細い身体を突き飛ばし、ぺろりと自分の唇を舐めた。

「まあ、今日はあたしはもういい。あんたがやりな。見てるのならとびきり痛いのがいいね」
「かしこまりました、女王様」

恭しく答えてのしかかってきた男が、耳元で囁く。

「可哀想に、そんな訳だから今日は諦めてくれ。また今度、優しく抱いてやるからな。俺は他の奴らとは違うんだ。愛してるよ、グラディウス」

愛の言葉とキスで始まるそれは、しかし注文通りにひどく痛くて。擦れた背中から、そして指を突きこまれた右腰からまた新しい血が流れた。

「ほんとに汚ねえな…。せっかく紅顔の美少年てやつなんだから、こう、白くて滑らかな背中ならもっとそそるのに」

追従か本心か、呟かれた言葉が耳に入る。
身体も心も痛みはもうとうに麻痺して、ただ遠くに感じるだけだった。しかし鳴かなければもっとひどくされるから、適当にくぐもった悲鳴を出しておく。
男がまた囁いた。

「明日は戦闘だから、手加減しておくよ。勝ってこいよな」

無茶なことを言っているという自覚は、おそらくないのだろう。

どうせ皆好き勝手に使い捨てて通り過ぎてゆく… 今自分に乗っている男も飼い主の女も、刹那の一幕を演じこの身体を好きに抱いて去ってゆけばいい。


…… 誰も、残りはしないのだから。














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最終更新日  2011年10月28日 16時04分39秒
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2011年10月27日
※作中えぐい表現があります。苦手な方はお気を付け下さい。



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<死神>と呼ばれたグラディウスが、まだ10代半ばの少年の頃の話。


背中の激痛で、一瞬目が霞んだ。
戦場でそれは命取りだ。右腰に重い一撃を受け、衝撃で前にのめる。どうにか踏みとどまると、振り返りざまに相手の脇をかいくぐって致命傷を与えた。

片手で傷をかばっていては戦えない。
患部の筋肉に力を入れて、血止めを意識する。手持ちの布を巻きつけて戦い続けどうにか帰還したものの、やはり傷は開いて戦略部に出頭するどころではなかった。
背中の大火傷もまだまだ、ようやく歩けるようになったばかりだ。
医務室へ行き先を変更するのは勇気が要るが仕方がない。

戦闘員にとって、医務室行きは死神の賽をふるのと同じことだ。
治療にかこつけてありとあらゆる実験体に使われる可能性が高いから、皆ぎりぎりまで避けるか、逆に医師を圧倒できる余力があるときに選択しようとする。

壁に手をつき足をひきずりながら医務室に向かう足元に血が垂れる。
医務室の扉を開けて… 倒れ込むように、意識が飛んだ。 …不覚。


次に目が覚めたのは、強い腐臭に満ちた暗闇だった。
遠く強い痛みと腰の傷をくすぐられるような感触。飛び交う虫の羽音。
隅に縦長に漏れている光に向けて、どうにか体を動かそうともがいてみる。臭く冷たく固い、布に包まれた何かに阻まれる。
右腰の傷に当てた手の指の隙間から、ぼろぼろと蠢きながら零れ落ちてゆく何か。

(蛆…。ここは死体置き場か)

手元の何匹かを払い落し、残りはそのままにしてよろめきながら横に積み上がる死体によりかかる。立ち上がろうとする膝ががくがく震えた。
熱が出ているのか意識が朦朧とする。
瀕死の重傷を負って意識を飛ばした自分を、医局は廃棄処分に決定したのだ。
死体と認定して解剖実験のための仮置き場に放り込んだのだと、ざっと状況を把握する。

しかし、ここで死ぬわけにはいかない。
普段、あれほどに生きている意味などないと思っているのに、自殺せずとも死ねるこの環境はチャンスであるはずなのに、なぜかそう思った。

ここで死ぬわけにはいかない。生き延びなければならない。
あのひとに会うために。
それが誰か、なぜそう思うのか、まったくわからなかったけれども、その気持ちは消えぬ熾火のように、思いのほか強く身体を動かした。

壁に押しつけて立ち上がった身体を文字通りひきずって、奥の光を目指す。記憶が正しければ、研究棟の解剖室に繋がっているはずだった。
途中左手でポケットを探り、小さなナイフを探り当てた。刃は鋭く研いである。少々心許ないが、無いよりはずっとましだ。

暗闇を足先で探りながら歩く中、大儀そうに長く尾をひく自分の呼吸音がやけに大きく耳に響いた。息をする音と心臓が脈打つ音。普段は聞こえないはずのその音が、瀕死だ休めと警鐘を鳴らして脳内を占拠する。
身じろぐたびに腐臭が鼻をつくのは、どうやら自分から発しているかららしかった。

(…俺か。腐っているのは)

自嘲気味に唇の端をゆがめて扉の手前に足を止め、呼吸を整えて中の気配を探る。
一人… 動きは素早くない。
そっとドアノブに触れると、鍵はかかっていなかった。
中の人間の気配を完璧に把握して、手前に来たところでドアを開け、左手のナイフを喉元に突きつける。

これだけの動きでもぬるりとした冷や汗が噴き出たが、眼鏡をかけた青白い顔の医師を脅して、治療を開始させることには成功した。
椅子にもたれて背中を向ける。鏡を通してやっていることは監視していた。

「あの、横になったほうが…」
「要らん。麻酔も要らんからそのままやれ」
「しかし、縫合しなくては」
「構わん」

振り向いた瞬間、刺された点滴のうち一つの管をナイフで切り裂いた。麻酔薬の入った栄養剤。こんなところで眠っては、よくて死体置き場戻りだ。
目論見を見透かされた医師は、舌打ちをしたそうな表情になってかがみこんだ。傷口を覆っている蛆虫をビニール袋に取ってゆく。
蛆は腐った肉汁をすすり再生を促すから、今回は蟲に救われたことになる。喰われる感触はあまり気持ちのいいものではなかったが…。

麻酔抜きの縫合にもうめき声ひとつ出さない。もうずっと痛みには慣れ過ぎて、感じることそのものをやめてしまった。
額には汗の玉が浮かんでいたが、さりげなく横にあった布でぬぐう。所詮、戦闘員は使い捨てのきく駒か玩具。本物の痛覚も涙も要らぬのだ。

「終わりました」
「全治は?」
「火傷もまだ治っていませんし… 最低でも三か月は」
「どうも。 …通報するか?」

刃を突きつけ紅い瞳でじっと見つめると、医師は苦笑をうかべて首を横に振った。

「しません。すれば間違いなく貴方に殺される。私は自分が生きているほうがいい」
「よし。交渉成立だ」

立ち上がり、備蓄のゼリー状栄養食や当座必要な薬品をいくつか手に入れて自室に戻る。入室コードはまだそのままだったから、死体扱いにされてから48時間は経っていないらしい。

背と腰に当てないように注意してどうにかシャワーを浴び、ベッドに転がった。火傷をさせられてすぐは全面が燃えるようで、立つことも座ることも眠ることもできなかった。あのときに比べれば、今はずっと楽だ。冷や汗をかきながらでも、少なくともうつ伏せになっていられる。

時計のデジタル表示を確認し、あとどれくらい眠れるかを計算する。オフは何日あったろうか。
戦闘に出られなければ、あっという間に廃棄処分されてしまう。傷病休暇をくれる上司はほとんどいないから、長く休むことは死への切符を切ることだ。
それに戦場に出る前にはトレーニングもしておかなくては、行った先で殺される。
進んでも戻っても留まっても、戦闘員を待ち受けるものは… 死。

まずは眠れるときに眠らなくては。
しかし完全に眠ってはならない。
うつ伏せの手元にいくつかの小さな銀玉を握り込み、ゆっくりと息を吐く。

どんなに疲れていても、どんなに朦朧としていても、意識のすべてを手放してはならないのだ。
死体置き場に放られたくらいなら、まだましな方なのだから。















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ちょっと前に激落ちしてたときの話。
相変わらず、シックスアイルズのグラディウス話はえぐくてすみません (汗

でもここがなかったら今の私は確実にいないと思うし、
今日は蠍座の新月だから徹底的でもまあいいかなっていう理由で←

これで週一更新だとあんまりですので、一段落までの3話くらいを
あんまり間あけずに更新しようかなあと思っております。
ヒーリング募集もかけなくちゃですが。

しばしおつきあいいただければ幸いでございます。


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最終更新日  2011年10月27日 14時52分35秒
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2011年10月13日
エル・フィンとともに銀髪の上司殿と正対したオーディンは思わず舌打ちした。

長い銀髪を背に流した流麗な余裕のある立ち姿には、まったく隙がない。
いったいどこから仕掛ければいいというのだ。

目の隅でエル・フィンの気配を追うと、じわじわと相手の背後に回りこんでいるところだった。
彼が上司の死角に入った瞬間、オーディンは仕掛けた。

しかし斜め上から振り下ろした剣は、なめらかに踏み出しながら突き出された木刀に軌道を変えられてしまう。
アルディアスは踏み込んだ片足を軸に回転しつつエル・フィンの剣を鮮やかに受け流し、そのまま円弧を描いてオーディンの胴を攻撃した。

ガキン、という音とともに黒髪の男が下げた鍔元で受け止める。同時にエル・フィンが猫のように背後から飛びかかった。

上司が長い銀髪を風になびかせ、斜めに一歩退くと同時に下から上にすくいあげるように刃がエル・フィンを襲う。
彼は咄嗟に飛び退り、ぎりぎりでそれをかわした。

「さすが、なかなかいいコンビネーションだね」

アルディアスの眼が楽しそうに細められる。

「恐れ入ります」

ひそかに息を整えながらエル・フィンは応じた。
上司の剣筋は優雅といってもいいほどでありながら、スピードは恐ろしく速い。
二人がかりでもついてゆくのが精一杯だった。

しかしこの人と対戦していると、少しずつ自分の動きにも無駄がなくなってゆくのがわかる。
それがエル・フィンには楽しかったが、もしかしたら上司はそれを承知で導いてくれているのかもしれなかった。

厚い掌をうちわにして顔に風を送りながらセラフィトが笑っている。

「オルダス、まだスピードが落ちねえのか。お前の体力も半端じゃねえな、相変わらず」
「君に言われたくないね、セリー。私ひとりだったら、対戦はせいぜい三十人が限度だよ。誰のせいで倍になったんだい」
「もちろん合同演習のせいだな。いいじゃねえか、半分こで一人頭はやっぱ三十だ」

飄々と責任転嫁をしておいて、セラフィトは二人の対戦者を見た。
はずみかけていた息を整えることには成功したようだ。もっとも、アルディアスにとっても休憩時間になってしまっただろうが。

「二人とも頑張れよー。オルダスに勝ったら好きなもん奢ってやるからなー」
「あんた、絶対ないと思ってるだろ」

ぼそっと呟くオーディンに、セラフィトが悪びれず歯を見せて笑う。

「ばれたか。じゃ、オルダスを本気にさせたら、にハードル下げてやるから、とにかく頑張れ」
「セラフィト様……それも怖いんですが」
「大丈夫、死にやしねえよ。よかったな、味方で」

物騒なことをさらりと言って、開始の合図というようにセラフィトは軽く首を振った。
いっときリラックスした三人の集中力が、またぴんと高められてゆく。

友人と部下の漫才に笑っていたアルディアスは、流れるような動作で木刀を構えた。
今度はこちらから攻めてゆこうか。

「では行くよ?」

穏やかな声とともに、ふ、と上司殿が微笑んだような気がした。

次の瞬間、頭の上に危険を感じてとっさに腰を落とし、左手で構えた剣の平に右手を添えて防御する。
びりびりと腕を伝う重い衝撃が、エル・フィンのその行動が正しかったことを証明した。

「よく止めたねえ」

おっとりした声が降ってくる。

「恐、縮、です」

三段階に力をためて、覆いかぶさっている長身を渾身の力で押し戻す。
同時に立ち上がり、背後に撃ちかかるオーディンの剣と挟撃すべく間髪入れずに斬撃を放った。

退路を絶たれたはずの上司殿は、しかし焦りもせずに反転しつつ木刀を斜めに構えると、さらりと二人の攻撃を受け流した。

オーディンは右利き、エル・フィンは左利き。つまり通常、剣筋はほとんど左右逆になるため、挟撃されれば同じ回転方向に両方を受け流すことは難しい。
そこは二人の有利な点であるはず……なのだが、こうも素早くあっさりとかわされると、何がどうなってそうなったのかもよくわからない有様だった。

「オーリイ、今のわかったか」
「わからん。挟み撃ちにできると思ったんだが、気づいたらこうだ」
「……だよな」

二人は首を振った。
観客席に視線を流すと、にやにや笑っているセラフィトを除き、皆それぞれ首を横に振っている。どうやら解説してくれそうな人間はいないらしい。
それでも一応、エル・フィンは声をかけてみた。

「セラフィト様……聞いても無駄ですよね」
「おう。だが約束どおり奢ってはやるよ」

言われて銀髪の上司を改めて見れば、その夜空の瞳からわずかに色が退いていた。
どうやら半分ほど本気にすることはできたらしい。
わざわざ自分達の退路を絶ってしまったような気もするが。

オーディンは剣を構えながらじりじりと半円を描くように移動し、タイミングを計っていた。

上司殿の立ち姿は、相変わらず舞の一場面のようだ。
その微笑がにっこり、から凄絶、に印象を変えつつあるように見えるのは、たぶんこちらの気のせいだろう。
気のせいであってほしい。

せっかくその微笑から逃れたと思ったのに、ふいと明るい空色になった瞳が楽しげにオーディンを捕らえた。

「次はオーリイだね。いいかい?」

オーディンは返事をしなかった。
それどころではなかったからだ。

すべるように間合いを詰められたと思う間に、右、左、右と鋭い斬撃が立て続けに襲ってくる。
ほとんど本能と歴戦の反射神経で防ぎながら、それでもオーディンはブルースピネルの瞳を細めて反撃の機会を狙った。

ここぞと思った一瞬、大きく踏み出し正面から本気の一撃を放つ。寸止めできるかどうかも危ういスピードと重さ。

しかしアルディアスは逆に半歩踏み出したと見るや、刃をあわせながら上半身をひねってその勢いを見事にいなした。
力いっぱい撃ちかかった分、いなされれば自分の力の慣性ではじかれてしまう。

「エル・フィン!」

斜め遠くに軌道をそらされ、よろめいた体勢を立て直しつつ、オーディンは叫んだ。
上司は彼の一撃をいなした勢いをまったく殺さずに僚友に撃ちかかっていったのだ。

エル・フィンが危ういところで斬撃を防ぎ、ほっとしたのも束の間、今度は電光のような突きがオーディンを襲う。
慌てて身体を開いて避けようとしたが、気づくと木刀はぴたりと彼の心臓の上に切っ先を構えていた。

(うへえ、かなわねえ)

避けられるかと思ったのだが、これは完全に勝負ありだ。

固唾を飲んで見守っていた観衆から拍手が沸き起こり、オーディンは息をついて剣を下ろす。
そのときにはもう、上司殿は金髪の青年と剣を合わせている最中だった。

一合、二合。そこまでは防ぎきったエル・フィンだったが、応援のいなくなったところで三合目に剣をはじきとばされた。

試合終了。

三人が顔を合わせて一礼すると、周囲から大歓声があがった。

















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【第二部 陽の雫】 目次


アルディアス部隊ではこういう試合が日常で、とても楽しかったですw



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最終更新日  2011年10月13日 15時36分20秒
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