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カテゴリ:小説『鏡の中のボク』
巧は少年としっかりと向き合って話を聞く体勢をとった。は
たからみれば不自然極まりない光景ではあるが。 巧の目を見て確認すると、少年は口を開いた。 「えっと、どこまで話したんだっけ?」 「もう一つの世界が何たら…って話だったかな」 「そうそう。ボクは向こうの鏡の世界から抜け出した、ある女 を追ってきたんだ」 「ある女?」 「うん。彼女の名前はマジョンナ。…普通は、ボクと君みたい に、向こうの世界とこっちの世界、両方に同じ容姿をした人物 が存在してるんだけどさ、…そのマジョンナって女は、なぜか 向こうの世界にしかいない、数奇な存在なんだ」 「ふ~ん」 少年の語る話を理解しきれてはいない巧だったが、その話の うちの一つの言葉が頭に引っかかった。 「…マジョンナ?マジョンナって確か…」 「なに?」 少年が聞き返したが、巧はそれには耳を傾けず、突然一階へ の階段をドタドタと下りていった。 「なんだ?いきなり…」 残された少年もわけがわからないまま、とりあえず巧の後を 追って階段を下りた。 「やっぱり!これだよ!マジョンナって書いてある!!」 「なんだって!?」 少年が階段を下りたその先には、リビングにて鏡を取り出し た後のダンボールに貼り付けてあった、ピンクのラベルを注視 している巧の姿があった。 「ほら、これ見てよ」 巧がラベルを指差しして見るように促すと、少年はダンボー ルに貼られていたそのラベルをビリッと剥ぎ取って見た。 「…これは!!」 「なんだよ、何もそんなに急いで見なくても…」 「このダンボールの中に、例の鏡が入ってたんだよね?」 少年には巧のグチなど耳に入っておらず、今度はダンボール の方を丹念にチェックし始めた。 「そうだけど…鏡はガムテープとビニールで頑丈に包装された 中にあったもう一つの小さい箱に入ってたんだ…って、おい、 人の話…」 「やっぱりそうか。…だとしたら、ああ…間違いなくマジョン ナはこっちの世界にいる」 「…聞けよ、人の話を」 ラベルを見るなり自分の世界に入ってしまっている少年を見 て、巧は苦笑した。何しろそうしているのは自分そのものなの だから。 「ところでさ、これ何?」 少年はなおもペースを崩さず巧に聞いてきた。 「なんだよ、今度は」 苦笑していたものの、その原因が自分と同じ姿の奴だと考え ると、少しずつイライラの気分も混じってくる。 少年はコーヒー豆が入っている容器と同じくらいの大きさの ビンを振りながら巧の返答を待っている。 「ん?なんだよそのビン。また何か家の物勝手にあさっただろ 」 巧が責めると、少年はビンを振るのをやめて巧を睨んだ。 「あのさー、なんか怒ってない?」 「はぁ?何で俺が怒んなきゃなんないんだよ」 突然の指摘にイライラが増す巧。 「ほらね、怒ってる」 「だから別に怒ってないって」 「…まぁ、それならいいけどさ。急なことで話もわからないだ ろうし、面白くない気持ちもわかるけど。さっきも約束しただ ろ?ちゃんと話を聞くって。とりあえずは今は我慢してボクに 合わせてくれないかな?ボクには早く終わらせなきゃならない 仕事があるんだ。ひと段落したら君の話も聞く。それじゃダメ かい?」 「い、いや、ダメじゃないけど…」 「そうか、よかった。それでさ」 「……」 少年の突然の発言とそのリズムに、巧は反論する気にはなれ なかった。 「どうかした?」 少年はそんな巧を不思議そうに見る。 「別に。ただ俺は怒ってないから」 巧の返答に、少年はニコッと笑顔になり、話を続けた。 「おっけー。じゃあこの話はこれでおしまい。で、本題に戻る けど。このビンって何が入ってんの?」 …。ま、いっか。自分に腹を立てても仕方がないと、巧は少 年の話を聞くことに専念することにした。 「コーヒー豆でも入ってんじゃないの?」 「でもさ、これあのダンボールの中に入ってたんだけど」 「え?」 よく見ると、ビンには黒い包装がしてあり、中に何が入って いるのか確認できない。 「そんなに重くはないし、こうやって振ってみると…なんか一 個だけ入ってる感じなんだよね」 「おい、あんまり振らない方が…壊れたらどうするんだよ」 そう言って巧が少年からビンを取り上げようとしたその時。 「誰やこんな中に入れたんは!!早よだせやボケーー!!」 どこからか叫ぶ声が。 「今なんか言った?」 巧は寒気を感じながらも、少年の目を見た。 しかし、少年は首を横に振り、答える代わりにビンを指差し た。 「ビンがどうしたんだよ」 「…たぶん、この中からだよ、今の声」 「はぁ?そんなわけないじゃん、ちょっと貸してよ」 巧は少年からビンを受け取り、少年と同じように振ってみた 。壊れると(?)いけないので今度はやさしく。 すると。 「誰やアホ~!やめろ~目が回る~」 再び声が。しかし今度は明らかにビンの中から声が確認でき る。 「…すんごく嫌な予感がするんだけど」 巧は寒気だけでなく、鳥肌が全身に立っていた。倒れる前に 感じたあの感覚がよみがえってくる。 「何してんの?早く」 少年は顎でビンを開けろと指図する。 「え?」 「え、じゃなくて、早く開けてよ、それ。わかってるんだろ? 声の元はそこなんだから」 「いや、そんなことはわかってるけど、でも…何が入ってるか わかんないし、むやみに開けたら…」 青ざめた顔の巧の様子に、少年はニヤリと笑い、巧を睨んだ 。 「はは~ん、君、恐いんだ?たかがビンを開けるのが?声が聞 こえただけなのに?そんなの子どもでもできるのに」 「な、なんだよそれ。別に恐いとかじゃなくて、開けたらどう なるかわかんないし危険っていう意味で…」 「つべこべ言わずに開けてよ」 少年の鋭い切り返しに巧は動揺したのか、 「くそー信じてないな…いいや、開けりゃいいんだろ、開けり ゃ。どうなっても知らないからな!」 そう言いつつもブルブルと手は震えていたが、勢いでビンの 蓋を開けた。 クルッ、クルッ、クルッ。 カラカラカラーン。 勢いで蓋はどこかへ飛んでいった。 「ふぅ。開けたよ。ほら見…ぎゃあああああああ!!」 蓋を開けて中身を見ようとした瞬間、何かがビンの中から巧 の前を飛び出していった。 「ぎゃあああああああ!!」 今度は少年の方が叫びだした。 「出た!出た!!やっぱ出た~!!」 二人でパニックしながらリビングの中を走りまわっていると 、何か生温かいものが巧の足に触れた。 「ぎゃー!ぎゃー!!なんか足に触った~!!」 今度はさすがに気絶ほどしないが、鏡の時と同じような状況 。 「あ、あ…それ…」 少年が巧の足の付近を見てそういった時、その足に触れてい た「何か」が、突然声を発した。 「何やギャーギャーうるさいわ!叫びたいのはこっちの方や! 」 「…え?」 巧は恐る恐る足元のそれを見ると、ついに白目をむいて倒れ 始めた。 「おっと!」 そこを倒れる前に少年が受け止めた。 「ハ…ハハ…、喋ってるよ…こりゃやっぱ夢だ。ハハハ…」 巧は受け止められながら口をパクパクさせ、半分壊れていた。 「まさか…。動物が喋るなんて…」 少年も目を大きく見開きながら、それを凝視している。 そう。 巧みの足元で声を発した、その声の主は…、なんとネズミで あった。しかも、お洋服つきの。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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