スクランド日記

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2004年10月20日
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カテゴリ:時事

2回 大人はどう向き合うのか


 何を求めるのかという設問には、ありのままにわかってほしいという声が返ってくる。

1 小学~高校の生死観
日本女子大の調査で「死んだら生き返らない」と答えられた小中学生は僅か3割。


調査
    
長崎の小学校六年生への今年の授業 (すでにカメラマンが教室に入っている) 
西田利紀教師
死についてのイメージ――病気・事故・けが・なぐられる・自殺・殺人 (寿命はなし) 
「なぐられる~殺人」はなんかイメージが違うんじゃないか?という誘導の後、

――死んでしまったらどうなる?
『死んだら周りが真っ暗になって、さびしい気持ちが残るです。』 (女) (死んでも意識が半分ありそうな)
『血のつながっていない別の人の体で生き返ると思う』(男) 
『生き返れると思います。・・・また人間やるかはなにか・・』(女) (生まれ変わりを自由にできるみたい・・。いったん抜け出た魂が同じ体に戻ると、生き返りになるという推理なのだろう。)

質問――生き返ると思う人?
 33人中、28人(85%)が手を上げた。 ( 話しの流れでは、「生まれ変われる」または「意識があまり途切れずに生まれ変われる」、という意味のようだ、・・が・・)
 
――どうしてそう思う?
 『殺されたら、何もしてないのに、 死んでから生き返ると思う』(男) (お話の世界だな) 
 『生き返るという気持ちがあれば、生き返ると思います』(女)(アニメ) 
 『人には心とか感情があるから、生き返れると思います』(女)(死んでも心が消える理由がない、と)

 (最近の小学生は、地動説を知らない者が多いという発表が、この番組より後にあった。)
 
<西田教師>
 『尋ねてみたんですけども、ほとんどの子供たちは、テレビの影響を受けているように思えました。
 再現ドラマ風に作ってあるテレビ番組、そういうのも子供たちけっこう見てるわけですね。

 私も同じ番組を見て、「そう、あったよね」と、こう、話をしたんですけど、
 ただ、それを、事実、というふうに子供は受け取ってしまってる。
 要するに、番組の作り方自体、事実を放送する場面もあるし、つくってる部分を放送する、同じ番組でそういうのをやってる。そのために子供自体がそれを事実であると受け止めてしまってるんではないか』

(‘殺されたら生き返れる’というような子供たちの言い方はそれらしい。
 再現シーンをどう解釈しているかといえば、たぶん混乱して気分で受け取っているのだろうが )
 
掲示板から

17 14歳女
 命の大切さはよくわかっています。命はひとつしかない、その命を簡単に捨ててはいけないということを。
 けど、今私は死にたいなと思っています。私はこの世に必要ないんだと思うのです。
 いてもいなくても同じだと思います。私は生きていく自信(勇気)がないのです。

 (求められる必要なんて、思想や仮説の一つだろう。いやこれは、この子の気持ちの表現か。
 生きる意欲は、思想の次元だと思う。 自分を責めるより、思想を捜すべきだ。)

18 14歳男
 死が何で怖いの?何で生きていたいの?
 死ぬことは、始まり。生きていることはその過程に過ぎない。
 人は死ぬために生きている。だから死なんて怖くない。 
 (特攻隊みたいな思想ぶりだな)
 
19 17歳女
 実際に「死」を見たことはありません。
 生き物は見えても、「命」は見えません。
 「命」も「死」もリアルにはわからない。
 意味はわかっても理解してない。
 (死んだことがないのに、わかりきれるものじゃない)
 
<金森教師>
 私は58歳ですけど、死は怖いですね。淋しい、怖い。もっと人と生きていたい。

<義家教師>
 ほんとにこわいのかどうかもわからない。ただ悲しいこと。悲しみを避けるのでなく、それを越えて感動に向かいたい。

その授業の子の家庭での母親との会話

――そう思う理由は?
 『テレビで見た』と。
――ふつうに生活している中で、身の回りの人や動物が死んだりしたとき、生き返ると思うの?
 『人間は、思うけど・』
――・・・・・(解説のため聞き取れない) 
 『なんでかはあんじょう覚えておらんけど』 (聞き取りにくかった) 

――死んだ人は、絶対生き返ることはないんだよ。
 ??(えっ)??怪訝な不賛同の表情
――わかる?
 『たぶん』
――どうしてたぶん?
 『生き返るかもしれん、けん!』
――生き返るかもしれん?
 うなづく


 (今年二月に同居のおばあさんを亡くした家庭。人の死について語ってきていたが、 
 場合によっては生きかえる人もいる、と答えていた。)

 『自殺とか殺されたりしてなかったら、まだ生きていたから、その残りの人生をまた生きかえってできると思う。』
――どがん人たちが生き返ってくると?
 『気持ちの強い人』
――ばっちゃんももっと長生きしたかったと思うとったじゃなかと。それとはまたちょっと違うと?
 うん
――今の人生でだめでも、次の人生でやり直せばいいと考えとったとじゃ?、なかったとねえ。
 うん
――人を殺したいという気持ちが少しでもあったことがあるかと聞いたら、・・ありえんていったよね。
 うん
 (自己主張のしっかりした人は、社会制度が救ってくれる、というような感覚かな。
 この子の場合、前向きな気持ちがそのように現れているみたいだ。)

 (子供たちが、無知なりに考えようとするとき、周囲の世界を見ると、死が存在しないかのような世の中に思えるので、死に出会っても、それは一部でしかない、と思うのだろう。葬式は表通りでやらないから。
 昔の子は神風を信じていたり、大人が「SF作家は宇宙人を信じているか?」という質問をまじめにしたりけども )
 
教師たちの発言
 死を語るのは、むずかしい。悲しみとして語る方法はある。
 生を伝えて、その上で喪失の悲しみが語れる。・・といった所。

<西田教師>
 子供たちにとって死は他人事なわけです。
 それを自分に近いものとしてどうとらえさせるか、私個人でなくて、学年で、教師集団としてどうしていくか、捉えながら進めていかなきゃ行けないかなと。



 死を教えるというよりも、「不可逆の重さ」を大人がどう捉えて行くか、だろうがなあ。
 その辺は、大人はごまかし合いながら前に進む。

 ごまかさなきゃ、けんかするしかないからだ。
 経済発展の時代というのは、誰かが得して誰かが損をするか、外国に輸出して自国だけ黒字を稼ごうとするかの、どちらかでやってきたから、不可逆に対する心を大人は忘れている。 そして、いつまでも若そうな老人が増えてるし。

 「不可逆なこと」=「忘れること」になっているのが現代だろう。それが人類の進歩の夢の結果だ。
 それを、どう考えるかは、教育だけよりも人類としてのテーマだろうな。
 それを考えてはいけないことにしていると、理由のない-まるで哲学的な-自殺になってしまうのでは。
 


--------このあと後半の時間、テーマが、「生死」から離れていく---------------




 再放送予定 10/31 日曜深夜 午前2時21分~3時51分 総合テレビ

 11/6。その後の展開を放送する予定らしい。



  「佐世保小6HP殺人」総目次
  子供問題









最終更新日  2004年10月31日 15時24分28秒
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