スクランド日記

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2004年11月06日
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カテゴリ:時代
Re:大人-子供対話 1 2(2004年11月05日 13時43分~14時06分) を要約しました

 考えの狭さ→対立表現←カッコよさのマネ
 対立のもとは、子供のプレッシャーと言葉のズレ。

 恵まれすぎているような居心地の悪い不安は、今の大人世代ももともとある。
 思考基準が狭く、しかもそれに代わるものを見つけずに同じことを繰り返す。

 今さらにどこが違うかと言えば、
 オヤジの背中=信頼、を与えられない不安。
 子供の気持ちの世話をするより、大人は大人の立場で確固とした姿を見せて欲しい。
  』

 理性的に、それが基本でしょうね。

-----------------------
 細かくネタにしたので書くと、

変化
>要は、現代を特殊と思い過ぎることには意味はないということでしょうか。

 変動はいつもあるし。
 どれだけ特殊でも、20世紀の総力戦争やテロの当事国ほどには特殊ではないし。

 まあ、変動は常に加速しているし、未来に振り返れば、まだゆるいと思われかねないけど。
 人間の基礎がなんなのか、皇国も日本株式会社もなくなって、農村社会も産業社会も消費者社会も基準ではなくなって、日本の変動の中で、今となってはどこに帰ればいいのかわからないのでは。

 安定の基準が、みんなと同じ慣れた事をするのが一応の基準だと思っていたら、それが通用しなくなってそうなので、安定という概念が揺らいでいる、という面もあるかも。
 自由に多様になって、平均に収まらなくなれば、特殊さも増える。

 「わからない」と慌てる大人は、大人の方こそ信頼が足りなくて、前向きになれないのだったり。だったら大人が変われば子供は瞬時に変わっていい。
 
 方法はいろいろ出ているんでしょう。
 ただ、実行されていないのと、昔との正確な比較ができないだけ。
 それで、あっちこっちの綱引きで動けないので、答えがないかのように思って不安になると。
 


言葉
>そもそも人間、真似っ子しながら成長するものですし、真似している分にはそう問題視もしなくていいかなと。

 ただ、ネットという言葉だけだと、本気と冗談と皮肉の区別がつきにくいですね。
 リアルだと、軽口に受け取っておくのが最も共通了解に近くても、ネットだと、軽蔑に受け取るのが最も常識に近いみたいで。
 おまけに、袋叩きもしやすいし。

 当人の心理はそう問題なくても、くせの問題でしょう。
 (これは「犯罪統計 → 始まりは言葉か(改訂11/7)」へ)



背中と世界
>俗に言う「大きなオヤジの背中=信頼」がないことの不安かな。
>従って、大人にはよりいっそうの精進が科せられる・・・まぁ大変(笑)
 
 ずっと昔に比べて、
 生産者としては、職場は家庭から離れ、親は組織の一員となり、
 家庭人としては、時間が仕事と休息とに別れ、
 コミュニティーの集まりは共同会館や飲食店に移り、
 消費者としては、世代による好みの違いは大きく、
 これで、親の背中を見せられるのか? といえば、各人が努力してください、としかならない。

 仕事で見せる姿勢、・・・としてはやっぱり、「組織や契約に対しての姿勢」からにじみ出てくるのが現代かも。

 ただそれは、親子の対立を減らしはしないでしょうね。
 大きな信頼があれば、それを資本に子供はさらに無茶をしたがるもんなので。

 人間には限界があり、何とかしてやろうとすると自分の限界の範囲に物事を引きずり込んでしまう。
 それを、わかってくれない対立にしてしまうのではないかな、と。

 混乱の始まりは、子供が世界に何を求められるかという、家庭外のことが多いと思うけど、それを何とかしようとする過程で、主役が親、焦点が親子に移ってしまうのが多いんでは。

 「大きなオヤジの背中=信頼」というのは最後は、「家庭がばらばらになってもしかたないよ」と受け入れられる丈夫さの基礎、みたいな気がする。
 (なら父親にだけ期待する必要はないはず。オヤジは代表していただけでは。)

 とすると、最終的には宗教か、それに相当するものがバックに必要になってくる、と。



 ただ、ちょっと思うのは、親子ともに、自分の相手への思い――こうあってほしいという願い――を完成させないでは簡単に解決させたくない、という気持ちで、完全に勝つまで対立し続けたい気持ちが一部にあって、解決しようと集中できないとか。



社会的思考力
>マニュアル・受験世代

 誰かが問いを立ててそれに答えるのが自分の役割・・・というのは狭いようだけど、みんなが自分だけの問いを立てると協力がうまくいかないこともあって、それは当然かも。
 ただ、言われるような基準で評価されるのは、一つにはマスコミ・一つは大学の権威形式的勉強方法でしょう。

 より決定的なのは、商品・サービス水準が高くなると、完成品がすっと出てこないとだめだという消費者の常識感覚。

 さらに職場で、ずっと親方日の丸とアメリカ市場頼みで、下請け時代に出世した世代が日本の方針を作ってて、市場自体をつくることを仕事にしていない。
 それで若い世代が、消費者としてもてはやされた。

 まじめにものをつくることだけやってても、生き方を作ることから逃げていることもあるし。それはつまり、自分で問いを立てることをしない、と。 
 だから独創力のある人間が引き立てられにくい、と言われるのでは。

 
>大人も「先人の知恵」を見直す時期なんでは。

 先人の「知恵」なのか、「生態系」なのか

 ただ、単純に過去をまねれば、現在の風潮になると思う。
 犯罪者が多いのもずっと過去の時代だし、自己責任という国の無保証体制もそうだし、海外邦人の不幸に言葉だけでわかった気になって非難できるというのも、過去の日本人だったりすると。

 


  「佐世保小6HP殺人」私的総目次
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最終更新日  2004年11月08日 20時10分33秒
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