スクランド日記

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2005年06月20日
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カテゴリ:世界と政治

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 現人神、国家神道についてちょっと調べてみた。
 専門家的ではない視点だが。

<現人神>

 もともと天皇は先祖につながるものであり、先祖の象徴のようなところがある。
 そして、封神演技のように、もともとの神とは人間のちょっと上という程度の存在らしい。人よりも高級な物の怪、見たいなもの。
 すると、先祖を一身に背負った人は、巫女を超えた一種の神であるのも自然となる。

 現人神思想は、天武天皇の時代だそうで、律令体制が整った後、天皇家の皇族が主役の内紛である壬申の乱の後になる。
 これは、天皇を絶対化する意味が強かったという。

 明治の新中央集権体制の下で、神道はキリスト教に合わせて体系化され、近代化の役に立たせたというが。
 しかし、神道は宗教ではない、ということにして、国のまとまりに利用する。
 この辺は、移民国アメリカが国への忠誠を誓わせるのと、郷土を中心とした日本が神社を宗教とは別のものだとするのと、似たようなものだ。

 この時期、現人神という言葉はそうとう教養のある・為政者によって使われるものだったはずなので、先祖の象徴・または体制の象徴が本音だったろう。
 後の昭和十一年頃のこと、「コギトの思い出」によれば、『然るべき筋に伺ひを立てたところ、天皇は皇祖皇宗の神霊を現身(うつそみ)に表現してをられる』 というのがある。
 つまり、先祖の代表という意味でしかない。

<国家意識>

 その後、
 明治末の日露戦争は大規模な戦死者を出した。
 明治末から大正には、天皇崇拝儀礼が義務教育を通して国民に浸透したという。 
 (国家)神道というインフラの上に立った、終末論的な要素を含んだ、国家理想を求めようという宗教が出てきたという。
 満州で活動した大本教、天理教、国体論的日蓮宗、など。
 
<理想・世界観の変容>

 大正から昭和初期、≒20世紀始め頃、は世界観が変動した時期だ。
 1900メンデルの遺伝法則の再発見、 1905分子説の証明・定説化、光が量子だという説、相対性理論発表、
 第一次大戦後の科学発展時代、 又、論理学も記号論理学から1931のゲーデルの不完全性定理まで、新聞紙上で華やかに報道されていたそうだ。
 1914世界初の世界大戦。
 1917にはロシア革命があり、多くの学者がその理想性にだまされて信じていた時期でもある。

 こういう西洋思想の発展の時代に影響を受けて、世界理想を追求したがる宗教が出てきたのではと思う。
 当時の日本の思想に満足できない人たちは、神道という普及部品を利用して自分の宗派を作ったりしている。それは、大して不敬ともなっていないだろう。 
 それは、世界観の変動に対して理想が流行った時代に広げた、大風呂敷のひとつだと思う。

 1929大恐慌が始まる。
 1931(昭和6年)満州事変
 1932年7月,イギリス帝国から、ブロック経済化が始まる。
 大恐慌とブロック経済は、世界に終末論的な気分を広げる。

 1935昭和十年頃から、美濃部達吉博士の「天皇機関説」が問題となり、現人神宣伝が増え始めたそうだ。
 加藤玄智が、「国家的神道」(「国体神道」と「神社神道」)と「宗派的神道」を区別したのが、同年(1935)。

 どうもこれは、当時の世界の時代が原因だろう。
 宣伝が極端になった時期の国家神道の世界観は、カルト的オーバーな表現があるが、それは西洋の世界観の発展と、その後にやってきた終末感のせいだと思う。
 つまりは、行き詰まった世界の中で、ブロック経済の中で、アジアグローバリズムを目指したのは日本全体であり、それが外国になかったのは植民地か混乱状態になっていたからだ、と思う。

 それのどこが悪かったかといって、思い上がりからくる軽はずみにつながったということだろうが、当時実際に相互に接触した人たち同士の感情の方が強かったのではとも思う。

 まあ、こういった話は国体神道とはいっても、靖国神社には関係がない。
 慰霊施設であり、死んでから縁のできる神社に何の力があるというのだろう。


<時代の要請>
 さらに加えて、人種差別である。
 当時の世界では、植民地に絡んで人種差別が問題だった。
 植民地の問題は、自分の国をもつことよりも、不平等に扱われることなのだ。
 この差別を解消することを、第一次大戦後、日本は国際連盟の始めに盛り込もうとしたのだが、イギリス連邦・アメリカに邪魔された。
 帝国主義の時代に理想を求めようとすれば、「日本だけは良き帝国主義を発揮すべきである」 ということになる。それはつまり、「日本帝国の下の民族平等 = 八紘一宇」 ということになる。
 実際、台湾・朝鮮の経営は、日本からの持ち出しだったのだし。
 八紘一宇というものに、神道の名が出ても、神道としてはものわかりよく時代のつき合いに応じた、程度のことかもしれない、と思ったりする。

 アメリカの教会などが当時中国などで慈善活動をしていたらしい。
 しかし、一方アメリカ国内では黒人差別があったし、それを止めるという宣言はせずに、国際連盟を放り出している。
 これでは疑う気になれば、キリスト教会はアメリカの侵略の手先として教会勢力を広めているだけなのか、と疑うこともできるだろう。
 神道への疑いもそれと同じ程度のものだと思う。


<時代の流れ>

 国家神道の教義なんかを人が本気で信じたか? といえば、
 自分は現人神なんか信じない、と思っていたインテリ教師があとで信じたりしたようだが、それは儀式や教義の力じゃなくて、時代のプレッシャーだろう。

 時代に追い詰められた心理にしろ、世界の変動に向かっていった夢にしろ、それもまた歴史。今はただのノスタルジーにしか思えない。
 靖国神社が戦争肯定の歴史批評をしていたとして、それは当時に対する証言だ(理念上の証言が実際の事実とは限らないけど)。
 神道自体に、時代を離れた動因があるとは思えない。

 靖国神社は過去の博物館神社にしか思えない。
 そこに何が祭られるにしろ、春秋戦国時代の臥薪嘗胆の話じゃあるまいし、と思う。

 反省するべきなのは、他人の言うことに簡単に流されてしまうことだろう。
 


    中国/歴史







最終更新日  2005年11月10日 21時09分32秒
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