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Scotch ケンの放言どころ

2021年10月23日
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  北の国から大阪に出て、もう半世紀以上になる。このブログもかつての
  仲間たちが読んでくれているので、そんな話題にすると懐かしいと思う。
  当時は船場も南北に分ける船場センタービルなんてものはなかった。
  丁度1970年の大阪万博の頃に計画されて船場を東西に渡り、南北に分断
  する4階建てのビルである。東は本町2丁目から西は4~5丁目まで東西に
  跨る長いビルで、その屋上を高速道路が通るように作られている。あれは
  画期的な大阪市の都市改革だったろう。地下2階から地上4階までのビルで
  繊維製品中心の問屋(地権者中心に入居)がずらっとならんで、当初は
  見事なものであった。飲食店も相当数一定の場所に集めて入店している。

  私が関西一の現金問屋に就職した頃は、まだ唐物町があり、平行して北久
  太郎町があった。 それまではソロバン片手の掛け売り商売が船場問屋の
  やり方であったのを当時の我が会社の社長はアメリカでCash &Carry式の
  現金払い(一枚売りから)に変えて大成功したのである。それまでは掛け
  売りだからデカ(10枚)単位で地方の小売り屋さんに売っていたのである。
  つまり業態の変革をやったのだった。それが大成功して商売はものすごい
  勢いで成長していった。周りにそれをマネする会社が5つも6つも出て来た。

  それから間もなく、アメリカの大量生産、大量販売という小売の流通革命
  が日本にも起こり、ニチイ、ジャスコ、ダイエー、イトーヨーカドーなど
  が雨後の筍みたいに出現していった。1970~1980年代のことである。
  それにつれて地方の駅前商店街などがさびれて行って、シャッター街が増
  えていくのである。住民は車でもって郊外の大規模ショッピングセンター
  に買い物に出掛けるので近くの商店では閑古鳥が鳴いた。モータリゼーシ
  ョンが進み、車を持つのが当たり前になった。高度成長時代の到来である。
  田中角栄氏が「日本列島改造論」をぶち上げ、日本中道路網が充実して行
  き地方の経済も持ちあがっていくことになる。

  ところで、昨日久しぶりに本町の船場に買い物に行った。まるで浦島太郎
  状態であった。知っていた店がなくなり、店があっても並ぶ品物もすっか
  り変わっていて買いたいものが一つもなかった。この2年にもなるコロナ禍
  もあるのだろう、売れないから皆通販に持っていかれたようだ。地方の小売
  屋さんの疲弊もあるだろうし、船場の問屋もそれにつれて売り上げが激減し
  ているようだ。時代だなあと思いましたよ。私もすっかり「浦島太郎化」し
  てきたようです。嗚呼!






最終更新日  2021年10月23日 09時12分52秒
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