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SDの猫の夕涼み

SDの猫の夕涼み

小説ひめ(仮題)プロローグ

プロローグ
「はぁ……はぁ……」
 彼女は上っていた。
「はぁ……はぁ……」
 彼女は階段を上っていた。
「はぁ……はぁ……」
 ここに来るまでどれほどの時間、どれほどの労力がかかったのか、もはやその記憶すらない。
「はぁ……はぁ……」
 彼女の意識はただ一つに向いていた。
「はぁ……はぁ……」
 それはこの階段の先にある彼女の希望、彼女の切望。
「はぁ……はぁ……」
 体は土で汚れいたる所に擦り傷・切り傷が見え無事な部分などない。
 本来は美しい装飾をしていたはずの彼女の服も擦り切れ、既に体にわずかばかりまとわりつい
ているにすぎない。
「はぁ……はぁ……」
 息も荒く階段を上がる足も重い
 靴は無く素足が見えそれも傷にまみれている。
「はぁ……はぁ……」
 手を壁について体を支え、よろめきながらも上り続ける。
 壁には彼女の割れた爪の間から滲んだ血が、彼女の指先の肉と共に壁に残され延々と染み込ん
でいく。
 指先は既にぼろぼろ、彼女の綺麗だった指の面影も既にない、このままさらに酷使を続けるな
ら骨に至るまで肉が削げ落ちるだろう。
 いやそればかりではない、ここまで酷使した体は既にあちこちが痛み、出血し、肉が削げてき
ている。
 足はこれまでの酷使とぶつけ続けた傷で右足は引きずり、左足は感覚すらない。
 手からは既に触覚が失われ壁の感覚すら定かではなく、伝えてくるのは痛みだけ。
 これ以上無理をすれば指はおろか手足すら失う。
「はぁ……はぁ……」
 それでも彼女の足は止まらない。
 ここまでの苦労に比べたらこの程度のことなどなんと気持ちのよいことか、そんなものは彼女
の行く手を遮る障害となりえない、彼女はこの先を恋焦がれ待ちわび、求めてきたのだから、そ
してそれがもうすぐ手に入るのだ彼女が足を止める道理など始めからありえない。
「―――ッ!」
 そう、それはもう目の前にある。
「はッ……ぁッ」
 ずっと暗闇を進んできた彼女に希望を告げる光
 それは彼女のこの願いの答えの終着点
 嬉しい、嬉しくないはずがない、彼女はずっとずっとこれを求めてきたのだから、彼女の身
をかけぬけている興奮・歓喜の感情は他の人が味わったなら間違いなく感動と呼ばれるもの、
それも最上級のソレであることは間違いないのだ。
 しかし彼女にはもはやそれを表現するために声を出すことは叶わない、だから歩いた、彼女
が出来る唯一の、そして最大の事柄。
「はぁはぁはぁはぁ」
 それまでよりも早く、それまでよりも確かな足取りで、ここまでの疲れなどまるで無かった
かのように早く早く、残りは50段ほど。
「はぁはぁはぁはぁ」
 力強く確実に進んでいく、一体彼女がここまでにどれほどの力を使ってきたかなど他人が知
ることなどかなわない、しかし彼女のソレも報われる、それまでの労働に対する対価、すなわ
ち報酬を得る時が来たのだ。
「はぁはぁはぁはぁ」
 彼女は上る、力の限り上っていく、足をもつれさせることもなく上り続ける、ただ一つの渇
望のために、残りはわずかに20段。
「はぁはぁはぁはぁ」
 高鳴る心臓を押さえつけ、必死に足を階段に乗せていく。
 この一歩が
 この一歩が
 彼女が求めたもの
 彼女の望んだもの
 果てしない道の終わり
 彼女の思いは既にこの先へ、最後の一段を今、、上りきった。
「はぁはぁはぁ……」
 そして遂に彼女は辿りついた、見上げるほどに長かった、無限とも思われた階段を上りきっ
た、そして彼女の目の前にはその終着点、一つの扉。
「はぁはぁ……は~……」
 扉から漏れ出る光、それが彼女の心をいざなう、しかしすぐには開けない開けれない、みっ
ともない姿を見せるなど彼女にはもってのほかだ、待ち焦がれた瞬間を今のこのボロボロの姿
のまま迎える自分を彼女は許せない、それは約束だ。
 手櫛で髪をくしげ、心を落ち着かせる、服はボロボロだがこれの代えはないのだ、仕方ない、
、と申し訳程度にしかならないと知りつつも服装を整える。
「ッ……」
 出来うる限りの身支度を整えた彼女は扉に手をかけ、意を決し震えそうになる手を睨みつけ
それを押す……その扉が彼女の力でわずかづつ、しかし確実に開かれていき、同時にわずかに
漏れていただけだった光がじょじょに強くなり……暗闇の中にいた彼女を強烈にしかし暖かく
包み込んでいった……。



小説ひめ(仮題)第1章ノ1 平常


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