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 エデンの南

セビリヤの旅

1997年11月8日(土)

 朝、タクシーでステイ先に行き、スーツケースを運んだ。アウロラさんの孫のフェルナンドという十才の男の子が来ており、はじめて対面した。かわいい男の子だった。起きたばかりの眠そうな顔で、私の名前を聞いてきた。『アツコ』と教えると、けっこううまく発音していた。そして、荷物を置くと、すぐに出発した。
 ともみちゃんのステイ先で待ち合わせだったので、そこに行き、タクシーでバスステーションに行き、そこからセビリヤまでは、バスで三時間ぐらいだ。
 セビリヤ行きのバスで、日本人のおじさんに会った。一人で旅行しているようなのだが、マドリッドだったかで、パスポートと現金を盗られた話をしていた。しかもホテルの中でやられたそうだ。言っちゃ悪いが、いかにもねらわれそうな、へらへらしたオヤジだと思ってしまった。
 セビリヤに着いてまず、予約してあった宿に行った。ゆりが数日前に、電話で予約してくれたのだった。『個人旅行』 (この本は、地球の○○方よりも情報が新しく、写真入りでわかりやすくて良い) に出ていたオスタル (ホテルより小さい、食事などの付いていない宿) 、『ブエン・ドルミール』 (良く寝られるという意味) と言う所だ。
 本に「動物好き」と書いてあったように、入口を入ると、鳥などがたくさんいる。壁のタイルがきれいである。部屋もわりと広くてきれいなのに、一人千五百ペセタという安さである。
 お昼は、中華料理屋に入った。すご~く久しぶりに、ラーメンやチャーハンを食べた。
 食後は、セビリヤの象徴、ヒラルダの塔、スペイン最大というカテドラルを観光した。
 ヒラルダの塔を登りながら、何か違う、と思った。塔からの景色は素晴らしいのだが。何が不満かと言うと、ここは四人でペチャクチャしゃべりながら見るには合わないという事だ。ここは一人でゆっくりと登りながら、塔からの景色を楽しむのがいい。きっといつか実現させたいと思う。

セビリヤ

ヒラルダの塔からの景色


 そして、カテドラル。ここは、素晴らしそうな絵がたくさんあるのだが、残念な事に、あまり修復していないので、絵がきたなくて、はっきり見えない。そこがスペインらしいとも言えるのだが…
 夜はできればフラメンコを見たいと思っていた。セビリヤと言えば、フラメンコの本場である。宿では、タブラオ『ロス・ガジョス (にわとり達の意味) 』のチケットがとれるが、今夜の分は売り切れだそうだ。それでも直接行けば、チケットか買えるかもしれないと思い、私達はロス・ガジョスを探した。
 地図を見て人に聞いても、同じ所を行ったり来たりで、なかなかたどり着けなかった。さんざん探し回ったあげく、やっと見つけたら、そこは宿からすぐの所だった。チケットは簡単にとれた。本場のフラメンコが見られる! セビリヤに来たかいがあった。
 宿の人に、今晩ロス・ガジョスに行く事を伝えると、
「うちには売り切れと言っていたのに、どうして?」
と、納得がいかない様子で、すぐに電話をかけて確かめていた。多分むこうは、キャンセルかでたとか、理由をつけたんだろう。怒っていた顔が和らぎ、「わかりました。」と、明るく電話を切ったので、安心した。
 十一時近くになったので、私達はワクワクしながら、タブラオに入っていった。私達日本人が入っていくと、ギタリストのおじさんが、♪知りすぎた~の~わぁ~などと日本の演歌を歌った。私は演歌はよく知らないので、よくわからなかったのだが、「矢切りの渡し」だとか、いろいろ歌ってくれ、おもしろかった。
 私達は結構早く来たみたいで、一番前の席に通された。そしたらなんと、バスで会ったおじさんがいるではないか。すみよちゃん達はこそこそと、
「また、こうゆうとこに一人で来て、やっぱりねらわれるタイプだね。」
などと話していた。まあ、しかし、やはりフラメンコは見たいだろう。私だって一人でも来たかもしれない。もちろん最小限の現金のみ持ち、貴重品は持っていかないなど、気をつけるだろうが。
 いよいよショーが始まると、私はすぐに引き込まれていった。ギターが素晴らしい。有名な人かもしれない。すごい技術だ。技術だけではない。ギターもカンテも人を引きつけた。言葉ではとても言い表せない。とても人間的なものがここにある。彼らにとってフラメンコは生活であり、命であり、全てなのだ、という事が伝わってきた。観光客に見せる為のショーではなく、本物のフラメンコを見た。一生忘れられない思い出になった。
 ゆりと、「見られて本当に良かったね。」などと話しながらベッドに入って思い出していると、おじさんがまだ歌っているのがきこえた。外で歌っているのか? これは素敵だった。うっとりと、いい気分にひたりながら、眠りに入った。


1997年11月9日(日)

 この日は、朝九時半に出掛けようという話だったので、ゆりと私は、それまでに支度を済ませ、他の二人の部屋に行った。ところが一人はまだパジャマを着ており、起きたばかりという感じだ。また待たされる事になった。お化粧にやたらと時間がかかり、しゃべりながらやっているので、よけい遅い。彼女等はしばらくセビリヤに住むのだからいいだろうが、私はマラガに帰らなければならない。時間がないので、早く観光したい。結局出たのは、十時二十五分だった。
 まず、朝食を食べに行った。私はカウンターでカマレロと話したいと思うのだが、やはり彼女等は、外のテーブルに座ろうとした。欲求不満におちいっていた私は、一人でカウンターに座り、典型的なスペインの朝食である、チョコラッテとチューロを頼んだ。これは、チョコラッテ (どろどろに溶かしたチョコレート) に、チューロという揚げたお菓子を浸して食べる、というものである。朝食に向くとは思えないが、スペインにいるからには、一度食べたいと思っていたのだ。
 思ったとおり、カマレロが話しかけてきた。値段も私の方が少し安かった。テーブルに座ると、運び賃がかかるそうだ。カマレロとも話ができたし、初めてのチョコラッテ&チューロを食べ、スペインらしい朝食をとり、満足して観光へ。
 アルカサルを見てから、グアダルキビール川へ行った。天本さんの番組を見ていたので、ここだけは見ておきたかった。グアダルキビール川は雄大だった。ここもきっと、一人でゆっくりと散歩するのがいいだろう。
 お昼は、地球の○○方に出ていた、トリアーナ地区にある『タベルナ・カサ・バラド』というバルに入った。タパスがおいしいと書いてあったので、小さいタパスをいろいろ頼み、ビノ (ワイン) やセルベッサも飲んで、一人八百ペセタぐらいという安さだった。本に出ているせいか、日本人が結構来るらしい。カマレロも陽気で楽しい雰囲気だ。味のほうもバッチリ。
 そして、スペイン広場でゆっくりして、マラガに帰る事になった。
 セビリヤは素晴らしかったが、望みどおりの観光ができたとは言えない。セビリヤに何か大きな忘れ物をしてきた気分だった。次に来る時は長く滞在したい。セビリヤの語学学校に通いながら、フラメンコギターを習うのもいいなぁ、などと、帰りのバスの中で、前日のフラメンコを想い出しながら考えていた。


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