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 エデンの南

初めての一人旅 ~コルドバへ~

1997年11月22日(土)

 この家での最後の朝食を食べ終え、さげに行った時に、アウロラさんが、
「タクシーを呼ぶと少しお金が高くなるから呼ばないけど、女の子が案内してくれる。」
と言った。近所の女の子に頼んでくれたらしいのだ。やっぱり最後までやさしい人だった。何も心配することはなかったのだ。
 フェルナンドが寝ていたのが残念だった。やはり前日、夜遅くまではしゃいでいたから起きられなかったのだろう。
 ブザーが鳴ると、アウロラさんが、
「彼女が来た。」
と言った。とうとうこの時が来てしまった。アウロラさんは、エレベーターの所まで一緒に出てきてくれて、お別れのキスをしながら泣いていた。私は、
「今まで本当にありがとう。フェルナンドによろしく。アマリアにも、親切にしてくれてありがとう、と言って下さい。」
と言うと、
「クラロ、クラロ。(もちろん。) 」
と泣きながら言った。私もちょっと涙が滲んでいた。必ず再び逢いに来ようと思った。
 出口には、小学生ぐらいの女の子が待っていた。私を見ると、ニコッとして、荷物を運ぶのを手伝ってくれながら、「こっちだよ。」と合図をした。歩きながら、彼女が上の方を指さしたので見ると、アウロラさんが窓から手を振っていた。私も手を振りながら、彼女のやさしさをしみじみ思い、感謝の気持ちでいっぱいになっていた。
 そこからすぐの所にタクシーが並んでいる所があり、私たちは一番前に行った。運転手は若くてかっこいい人だったので、ラッキー ! と思った。女の子にお礼を言って、タクシーに乗り、バスステーションに向った。
 スペインで会ったタクシーの運転手の中には、全くしゃべらない人もいれば、乗ってる間中ずっとしゃべっている人もいた。でも降りる時には皆、
「ブエン ビアヘ ! (良い旅を ! ) 」
と言って、肩をポンとたたいてくれたりする。これが実にいい。
 少し早めに出たので、バスステーションで時間がかなりあまってしまった。暇なので、電話で宿でもとってみようと思い、地球の○○方に出ているオスタルに電話してみた。
 シングルの一泊の値段を聞くと、書いてある値段の倍ぐらいだった。いくら地球の○○方だって、書いてある値段のプラス五百ペセタぐらいだと思っていたから、「これはないんじゃないの? どうしよう?」と思っているうちに、電話が切れてしまい、まあいいやと思い、やはり電話はムズカシイので、現地でとろう、と考え直した。この時期なら、いくらでも開いているだろう。
 コルドバまでは、マラガからバスで二時間半ぐらいである。バスステーションまでのタクシー代は九百ペセタ+チップ二十五ペセタ。マラガからコルドバまでのバス代は、千五百十五ペセタだった。やっぱり安い !
 バスの中で、マラガでの生活を思い出していた。アウロラさんのやさしさを思うと、涙が出てくる。
 私は人に慣れるのがそれほど得意ではなく、部屋にこもって宿題などをやっていると、彼女は「こっちでやった方がやりやすいんじゃない?」とか、「こっちで話をしようよ」などと、テレビのある部屋によく誘ってくれた。私が音楽が好きで、フラメンコにも興味を持っていることを知ると、テレビでフラメンコをやっている時には「アツコ、アツコ」と呼んで、教えてくれた。話をしていて、私が意味がわからない時には、何度でもゆっくりと、理解できるように話してくれた。こんな二週間しか滞在しなかった私との別れに、涙を流してくれるなんて、本当に感激だった。
 そして、初めての一人旅は大丈夫だろうか、などと考えているうちに、コルドバのバスステーションに着いたのだが、どうしていいかわからず、とりあえず、ロッカーがあったので、スーツケースをロッカーに入れ、宿を探すことにした。
 まずは、メスキータの方へ歩いた。観光案内所を見つけたので、そこで地図をもらうと百ペセタとられた。ホテルリストをもらったが、地図は出ていないし、ダブルの値段しか書いてないので、どうも良くわからない。歩いていると、トリウンフォというレストランの人が客寄せをしていて、「食べてかないか?」と言うので、
「今、宿を探しているので、食事どころではない。」
と言うと、
「すぐそこに、このレストランを経営しているオスタルがある。」
と教えてくれたので、行ってみる事にした。入ってみると、きれいなオスタルである。受付には感じのいいお兄さんがいて、部屋を二つ見せてもらった。きれいでセンスも良くバス・トイレ付きで、テレビも付いていて三千五百ペセタだった。それならいいと思い、同じ値段なら、と、ダブルベッドの部屋を選んだ。
 スペインでは、このくらい出せば、かなりいい所に泊まれるのだ。もっと安くすませたければ、トイレ・シャワー別で千五百~二千ペセタで泊まれる。オスタルとは言っても、ホテルとそれほど変わらないと思う。
 オスタル『トリウンフォ』にパスポートのコピーを渡し、バスステーションにスーツケースを取りに戻った。実は私はひどい方向音痴である。バスステーションに戻るのに、さんざん迷ってしまった。コルドバは一泊の予定なので、時間がもったいない。とにかく人に聞くしかなく、何度か人に聞きながらようやくたどり着き、タクシーで宿に行った。
 フロントにはさっきの人と違う、やはりとても感じのいいお兄さんが居て、二階の私の部屋まで荷物を運びながら、笑いながら英語でなにか言っているのだがわからないので、
「スペイン語の方が、英語より少し解る。」
と言うと、彼はゆっくりのスペイン語で、
「友達が中に入ってるんだろ?」
とジョークを言ったので、笑ってしまった。私の荷物が重かったからだ。学校のテキストと、みやげ用に買った缶詰などで、結構重くなってしまったのだ。
 部屋に荷物を置いた時には、もう四時ぐらいになっていた。時間はあまりないが、コルドバでは、メスキータや美術館が、七時までやっているおかげで助かった。まずはメスキータだ。これを見なければコルドバに来た意味がない。
 メスキータは本当に素晴らしかった。写真で見るよりずっときれいだ。コルドバに来て
「メスキータしか覚えていない。」
と言う人がいたぐらいだから、それだけすごいんだろうとは想像していたが。暗めの照明が美しさを引き立てている。赤と白のれんがでできているアーチは、それは見事である。
 庭もいい。コルドバには、そこら中、オレンジが実っていた。ここにも、入口を入ると『オレンジの中庭』というのがある。
 次はユダヤ人街を歩いてみた。門ごしに、素晴らしいパティオ (中庭) が覗ける。
『花の小道』という所に行きたかったのだが、道が入りくんでいて良く分からなかった。今日のうちに美術館も見ておきたいと思ったので、ひとまずあきらめ、ポトロ広場へ向った。
 ポトロ広場は、セルバンテスも泊まったという、『ドン・キホーテ』に登場する『はたご屋ポトロ』があるので有名だ。この広場を右奥に入ると、『トーレス美術館』と『県立美術館』が並んで建っている。アウロラさんが「素晴らしい」と言っていた、トーレス美術館に入った。十九世紀末にコルドバで生まれた画家、フリオ・ロメオ・デ・トーレスの作品が集められている。二枚ほど気に入った作品はあったが、特に見に行く程のものではないと、私には思えた。県立美術館は、見ずに戻ってしまったのだが、日本に帰って来てから読んだ本、『スペイン5つの旅 (中丸 明 著・文芸春愁) これはお薦め ! 』によると「スルバランやムリーリョ、リベラの絵画を所蔵し、ゴヤのも二枚ある。」とある。しまった ! と思った。こっちの方こそ見ておくべきだったのだ。もうあとの祭りである。私の持っていたガイドブック、地球の○○方には、そんな事は一言も出ていなかった。
 帰りは、信号を渡って、グアダルキビール川沿いの道を通った。車の通りが激しいのは気に入らないが、景色は最高だ。遠目に見る、ローマ橋や、橋を渡った所にあるラ・カラオーラ (ローマ橋を守るために十四世紀につくられた要塞。現在は歴史博物館になっている。) は、なかなかかっこいい。急げばアルカサルも見られると思ったが、ちょっとあわただしいし、おなかもすいていたので、明日にまわすことにした。
 レストランやバルは、どこもマラガよりちょっと高いようだ。いったん宿に戻って荷物を置き、宿経営のレストランで食べる事にした。宿から直接行けるので便利だし、安全だからだ。私のスーツケースを運んでくれたお兄さんが、レストランのカマレロに、
「彼女はスペイン語を話すんだよ。」
と、嬉しそうに言った。マラガでは一生懸命スペイン語で話しても、
「ドゥー ユー スピーク イングリッシュ?」
と言われてしまうのとはエライ違いだ。カマレロも感じが良く、とても優しそうな笑顔をしていた。私はプラトス・コンビナドスという、一つの皿にパエリア、コロッケ、ポテトなど、いろいろなものをのせた、日本のお子様ランチを大げさにしたようなやつと、コルドバの有名なワイン、『モンティジャ』を頼んだ。
 食事は、マラガでの食事があまりにも美味しかったのに比べると、たいした事ないように思われたが、コルドバのワイン、モンティジャは、実に美味だった。
飲んだのは辛口の白ワイン。モンティジャは、これがいいらしい。
 今日は、行動を起こした時間が遅かったわりには、結構見られたと思う。一人だと自由に行動できるので、便利だと思った。特に、写真を撮る人だったら、一人で行動するのが一番だと思う。


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