おおきく振りかぶって 第1話おおきく振りかぶって 第1話 ホントのエース 本編動画はこちら 「三橋の奴、高等部へ行かないんだって」 「マジ!?やったぁ。俺、高等部行っても野球続けよう」 「ようやく、あのヘロ球と縁切れるのか」 「あいつ、行った先で野球やるかね?」 「やるなら出てかねえだろ。ここでしかレギュラー取れねえんだからさ」 すぐメソメソと泣くピッチャー・三橋廉は中学時代、経営者の孫と言う事で贔屓でエースになっていた上に、マウンドを3年間譲らなかった事でチームメイトに嫌われ、悲しい中学時代を過ごしていた。 自分のせいで野球部は負け続け、皆も野球を楽しめなかった。 その罪悪感から、彼は完全に自信を失い、人間不信に陥っていく。 中学卒業後、エスカレーター式の三星学園を出、野球をやめる覚悟で県立西浦高等学校へ入学する。 《そんなの分かってる。高校の野球部入ったってピッチャーやらしてくれるわけないよ。ピッチャーやれないなら、野球部入ってもしょうがない。だから、見るだけ、見るだけ、見るだけ》 実力のない自分はもうピッチャーにはなれないだろうと三橋は思いながらも、その足はまっすぐに野球部グラウンドへ向いてしまうのだった。 そして、肩に手を置かれ、驚いた三橋は女の人に引っ張られ、グランドの真ん中に連れられていく。 「もう1人来たよ~。お名前は?」 「み、三橋…」 「ポジションは?」 「と、投手…」 「あら、投手がいたわ。うちは1年生しかいないの。今年から野球部は硬式になったのよ。私は軟式時代の卒業生で監督やらせてもらってます、百枝まりあです。私は教師じゃないのよね。で、こちらが専任教師の志賀先生と散歩中のうちの犬。というわけで、念願だった投手が入ったところでまずは軽くポジション確認しましょうか。投手の三橋君の次は捕手は阿部君ね」 「はい」 「それから内野の栄口君」 「はいっす」 「2人は春休み中から練習に来てます。シニア出身だから硬式の扱い教えてもらおうね」 「よろしくお願いします」 「栄口っす」 「じゃあ、他に野手の人は…」 「はい、はい、俺、田島。サードで4番だった」 「田島って…」 「サードで4番…凄い…」 「へへん」 「俺も4番だったけど?でも野球部入るのやめます」 「えぇ!?花井、君よね?どうして!?」 「監督が女だから。監督、女ってありえねえだろ。それに俺、別に野球じゃなくてもいいし」 まりあがバットで野球ボールをバウントさせていた。 《何、これ?》 「あ、俺もやる!!」 「キャッチ、行くよ!!」 バウントさせた野球ボールを打った。 《垂直!?》 「高ぇ」 落下してきたボールをキャッチする阿部。 「ナイスキャッ」 《キャッチャーフライってこんな綺麗に上がるのか!?中学の時の監督って下手だったんだ…。つーか、試合相手のどの監督もこんなフライは…あれぇ!?》 「そうだ、ジュースがあるんだ。折角だから飲んでって」 「飲むって?」 「待っててね」 まりあが片手で甘夏を握りつぶし、絞られたミカンの汁がをボールに溜まっていく。 それがコップに注がれる。 「はい、召し上がれ」 震えながら、コップを受け取った花井は涙を流しながら飲むのだった。 「皆も飲む?」 皆、首を横に振る。 《ここの監督って…》 「恐い…」 「三橋君?ちょっと投げてみない?」 《そういえば…投手は俺だけなんだ…。ここでも投げられる。ピッチャーが出来る》 「お…俺…やめときます」 《馬鹿、調子に乗って投手とか言っちゃって…投げたいけど…投げたって恥かくだけだよ。俺なんか絶対認めてもらえない》 涙を流す三橋。 「俺、泣かすようなこと言った?」 「ち、違う…投げても意味ないから」 「何で?」 「…っ…球遅いから…」 「的外れな期待はしてないと思うけど、補欠だったの?」 首を横に振る三橋。 「何だ、レギュラー?どこ中?」 「み、三星」 「三星?知らないや。知ってる?」 「知らないな」 「もしかして、群馬の三星学園かな?」 首を縦に振る三橋。 「お前、群馬県民なの?」 「え!?外国人部隊だ。かっくい~」 「馬鹿、野球留学なわけないじゃん」 「でも、何で埼玉に?」 「転勤とか?」 「うぜえな。エースだったんだろ?リームで1番だったんだろ?回りくどい自慢するなよ」 「ち、違う…」 「違くねえんだよ」 「あ、そこにいると贔屓で…エースになっちゃうから…」 「贔屓だ?」 「いいな~エース。贔屓でいいからエースになりてえ」 「どういうこと?」 「…うちの爺ちゃんの学校だから…っ…」 「経営者の孫だからってエースやらせるの?ひっでぇ学校だな」 「監督のせいじゃないよ。自分から下りたって、部を辞めても良かったのに、そうしなきゃ駄目だって分かってたのに俺、3年間マウンド譲らなかった…。俺のせいで皆、野球を楽しめなかったんです。俺のせいで負けて、俺のせいで皆野球嫌いになっちゃって…」 「お前、マジでウザイ。マウンド譲りたくないなんて投手にとっては長所だよ」 「長…所?」 「ま、嫌な奴なのは確かだけど。でも、俺は投手としてなら好きだよ」 「好き…。ごめんね。球、投げてみる。けど、ガッカリさせるから先に謝っとくね…」 《投手やってる奴って皆、癖あるけどこいつは相当変だぜ》 三橋はマウンドに立つ。 「春休み中はグラウンド整備で終わったんだ。ほら、外野まで手が回ってないでしょ?マウンドはどんな投手が来るのかなとか思いながら土とか盛ったわけ。俺の作ったマウンドはどうよ?」 「良いです」 「投げんの久しぶりだろ?あんまり力まずに…」 「投げてた」 「自主トレやってたんだ。偉いじゃん」 ふらふらになる三橋。 《おっと、プレッシャー与えたか?扱いにくい奴だな」 「期待されるような球は投げられない…」 「あ、してないしてない。好きに投げてみて」 《球遅いのは本当だろうし、これだけ扱いにくいとなると…》 自分の後ろに皆がいるので緊張する三橋。 《一級投げれば俺がダッピーだって事、分かっちゃう。三星を出るって決めた時、覚悟したじゃないか。さっさと投げて終わりにしよう》 三橋がボールを投げるも、遅かった。 「三橋!!」 何度も投げさせられる三橋に近づいていく目を輝かせた阿部。 「変化球はなしかよ」 「ある!!」 何と4つも変化球を持っていると答える三橋に驚くまりあ。 「多分とか、つもりとか、あのさ、投球指導受けたことある?」 首を横に振る三橋。 「成程、だからか…。よし、サインを決めよう。それで花井」 「何だよ」 「打席立ってくれないか?」 「いや、悪いけど俺、入部する気ないし」 「4番だったんだろ?3打席勝負しよう」 「勝負!?」 「俺もやる!!俺も4番だった」 「田島はまた今度な」 「何でだよ!?」 《間違いない。こいつ、荒川シーブリームスの田島だ。流石に名門チームの元4番を完全に押さえるのは難しいだろう。かと言って小物じゃ意味がない。いかにも飛ばしそうな花井を討ち取らせ、自信をつけてやる。しかし、田島こその打者が何故ここに?》 田島の家は高校から自転車で1分で、それが理由で入学したのだという。 「さてと、それじゃ内野だけ入ってくれる?」 「内野だけ!?辞めるってのが気にくわねえか?でも、いいの?見た感じデカイの打っちゃうけど」 「デカイの打つようなら止めないでって頼むのだけどね」 その言葉に目を熱血に燃やす花井。 「三橋、使ってたサインあるだろ?こっちが覚えるからそのまま使おう」 「サインなんて久しぶり。キャッチャーには凄く嫌われてたと思う…。あの人、4番だったって」 「知ってるよ」 《だから指名したんだもん》 「大丈夫だよ。俺、中学の時、あいつを見たことあんだ。典型的なプルヒッターだよ」 《このタイプの攻略には自信がある。充分煽れたし》 「ご、ごめん…」 「まだ言う…ここまで来て退くなって」 「やるよ、でも俺のせいで阿部君も負ける」 「三橋、俺がお前を本当のエースにしてやる。その代わり、俺の言う通りに投げろよ。サインに首を振る投手は大嫌いなんだ」 3打席勝負が始まる。 三橋はガタガタに緊張しながらも、阿部のサイン通りにボールを投げると、ストライクになった。 「何だよ、見えてないじゃん!!」 「デカイの意識しすぎた」 《この球の下を振るってことはこいつは目がいい。そうでなくっちゃ》 《アウトローにカーブ…》 2級目もサイン通りにボールを投げる三橋は打たれてしまい、ショートゴロになる。 「1アウト」 「まだ1打席だろ!!次来い、次!!」 《速球も変化球も手を出したとなると、まだ頭回ってない。俺を信じて投げられるか》 《真ん中に真っ直ぐ!?》 負け覚悟でも打たれる所に投げるのは嫌だと思った三橋だったが、阿部の言葉を信じ、真ん中に投げると、これもストライクになった。 《俺の真ん中、真っ直ぐを空打った!?》 《集中し始めたか。もう1球様子見しよう》 阿部のサイン通りに投げる三橋は阿部のリードのお陰で2アウトまでいく。 皆が凄いと言い始めると、凄いのは阿部だと思う三橋だったが、このチームで本当のエースになれるかもしれないと下向いていた顔が上向く。 サイン通り、真ん中高めに真っ直ぐ投げた三橋はストライクを取るのだった。 「ちょっと何!?今の何!?あの遅い球が何で浮くんだ!?どんな球なんだ、あれは!?」 「言い訳すんなよ」 「確かに浮いたんだよ」 「あれは三橋の真っ直ぐだよ」 「真っ直ぐだって!?ありゃストレートじゃねえだろ!!」 「ストレートじゃないよ。三橋の持ち球にストレートはないんだ。ストレートってのは変化球なんだよ」 「何それ!?変化しねえからストレートなんだろ!?」 「いや、ストレートはボールに綺麗なバックスピンをかけて投げるれっきとした変化球だ。普通はその投げ方を叩き込まれるけど、三橋はその指導を受けてない。だからストレートが投げられない。けど花井は三橋の球を最高のストレートを見たみたいに浮くって言う。これは花井がいい打者の証拠なんだ。花井は三橋が投げてから急所に遅いストレートだと見極めている。だが、三橋の球は落ちにくい。これをストレートが浮いているように見えるんだ。三橋、お前の真っ直ぐは武器になるよ」 「俺の武器…?」 「でもさ、そいつ中学時代駄目駄目だったんだろ?」 「ま、遅いストレートより上って癖玉なだけだから、慣れれば誰でも打てるんだよ」 「じゃ、何で俺は慣れなかったんだよ!?」 「慣れさせない投球を三橋ができるからだよ。三橋、お前さ、球を投げる時、ストライクゾーンを何分割してる?」 「えっと…3つずつ」 「9分割!?」 「プロでも出来ないようなボールコントロールの技術を三橋は持ってる。それを上手く使えば正直、花井からはいくらでもアウトを取れる。三橋、投手としてお前は充分魅力的だと思う」 「お、俺は…阿部君が凄いんだと思う」 《分かってるじゃないか。俺のリードがなければ、お前はただ球が遅いだけの投手だ。自分の力のなさを覚えておけ。お前は3年間、俺の言う通りに投げるんだ》 「こいつはこれからどんな打者にも勝てる投手になるよ。あとは打たせた球を取ってくれる野手と1点入れてくれる打者がいれば、甲子園にいける」 「む、無理です」 「無理とか言うなよ、一応目指すとか…」 「野球を本当に楽しめるのは本気で勝とうとする人間だけよ。私は勝ちたいの。やる前から無理無理言って、チームの士気を下げる人間にエースナンバー1番はあげない」 「む。無理じゃない…」 「あんまイライラさせると打つよ。今日から2週間は受験で鈍った体を叩きなおすとして、GWは合宿します。その仕上げに三星学園と練習試合しましょう」 「嫌だ~」 三橋をバットで打つまりあ。 「その弱気、どうにかしなきゃマウンド登らせないからね」 「そんなこと言っても、こいつのウジウジが治るわけねえだろ。ピッチャー辞めろと同じことだぜ」 《確かに変えようとしても変わるとは限らない。騙し騙し使っていくしか…》 「お、俺…」 まりあは甘夏を片手で握りつぶす。 「私は本気。エースになりたいなら性格くらい変えてみせてよ」 まりあの絞った甘夏の汁を飲むワンちゃん。 《お、俺…エースに?エースに?》 次回、「キャッチャーの役割」 ジャンル別一覧
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