おおきく振りかぶって 第4話おおきく振りかぶって第4話 プレイ 「マウンドには隠れる場所ないんだからな」 「うん」 「よし、他を全部やってやるからお前は一生懸命投げるんだぞ」 遂に三星学園との練習試合が始まった。 中学時代のトラウマを抱えたまま試合に臨む三橋。 《きっと三星の皆に睨まれてる。でも、マウンドには隠れる場所はないんだ。一生懸命投げるよ、阿部君》 ウグイス嬢を務める篠岡に男子校の三星野球部員達は飲み物を持ってきたりしていた。 三橋の実力をよく知る元チームメイトたち三星学園野球部の面々は楽勝モードで三橋をなめてかかる。 《宮川はミートが上手い。特に低めは上手に当てる…ね。こっちが向こうを知ってる分、向こうもこっちを知ってるんじゃ五分だ》 《真ん中に全力投球…!?》 《宮川には中学時代の三橋とは違うって印象を持たせるぞ》 「来い!!」 《全力投球していいんだ。畠君、叶君、見て。これが俺の全力投球だよ》 全力投球ではコントロールが上手くいかないためデッドボールくらい近くに飛んできたボールに驚いた宮川が少しバットを振ったようで、ストライクになった。 《駄目だ、コントロールできない…》 「三橋、ナイスボール!!」 宮川はどこがナイスかと思っていた。 《そっか、全力投球が上手く入らないのは阿部君の計算の内だ。大丈夫、阿部君に任せれば大丈夫》 《さっきより肘の位置が低い。初球の速球を意識させられたみたいだな。インの低めにスライダーを外すぞ。お前のスライダーは少し落ちるから…》 《ストライクの長さからボールになるとこ…!!》 投球を投げられるもボールが落ちたために飛ばず、ワンアウトを取れた西浦野球部。 『2番、センター柊君』 《またボール。こいつが中学時代贔屓でエースやりよった奴か。話半分に聞いとったけど、球遅いし、コントロール悪いし、ホンマに贔屓やったんやな…。――の割には打てんのぉ》 「三橋の球、織田には打ちにくいかもよ」 「叶、何?」 「お前、2,3年の遠征について行きたがってたけど、三橋の球打っとくのもいいと思うよ」 「3番、ショート吉君」 《何や、叶の奴、三橋の奴に一目置いとんか?もしかして叶は贔屓と思ってないとか?叶はええ投手や。今日かてセレクション組さしおいて投げとる。贔屓でもなきゃ叶がエースやろ。それにしてもれには打ちにくいってどういう意味や。キャッチの技術高いからえらくいい音さしてるけど、110くらいしかでとらんし。フォームも特に癖ないし、“俺には”て何や?中学の内輪揉め知らんもんには燃えん試合や。ま、一個楽しみが出来てよかった》 だが三橋は阿部のリードもあって、一回を三人で押さえる好投ぶり。 《通用するぞ。宮川君と柊君と吉君からアウト取ったぞ。これは阿部君の力だ。キャッチャーって凄い。阿部君は凄い人だ》 三橋は阿部が凄いからだと絶賛し、阿部への信頼を強めるのだった。 『二回の表、西浦高校の攻撃は4番、サード田島君』 《このレベルなら完封させてやれる。後は先制点だ。打てよ、田島》」 続く攻撃では田島が見事、叶の得意球である“フォーク”を捉え、ツーべースヒットを放ち、その類まれな野球センスを発揮する。 《あぁぁぁぁぁ、いいわ。ちょっと前まで全く知らない者同士だったのにバッテリーが繋がり始め、攻撃の軸が回り始め、チームの形が出来上がっていく》 一個人同士の集まりだった西浦高校野球部は、少しずつだがチームとしてまとまりを見せはじめていた。 『5番、センター花井君』 《いっぺんにランナーを帰す必要はない。一人一ベース進めればいい。送れっていうんならバントしますよ。――打っていいのか?》 《高級に触れて一月足らずの子達にとって硬球をバントするのはハッキリ言って恐い。叶君の守備は良かったけど、バント失敗してフライ上げるよりは転がした方が何か起こる可能性は高い。それに今日は初試合。技術と違って試合度胸は試合でないと計れない。好きにさせた時にどう動けるかで試合度胸を見極めて今後の使い方を迷わないようにしておきたい》 《初球真っ直ぐ!!》 花井は3球とも打てなかった。 『6番、ショート巣山君』 「フォークを待ってたスイングだったね。2-1からフォークって読みは分かる。ランナーがいるとはいえ、ここまで全部その配給だからね。で、フォークを待ったのは何で?」 「う、打てると思って…」 「ならいいのよ。田島君のバッティングを見て打てるってイメージ持てたんでしょ?ならフォークに絞っていいの。だけど、今回は打てなかった。どうすれば打てるのか、次の打席までに考えるんだよ」 「はい!!」 「それから皆も聞いて。皆も知ってるように田島君は飛び抜けた野球センスを持ってる。でもね、彼が持ってないものがあるの。田島君は身体が小さい。あの体格ではどんなにセンスが良くてもHRは打てないんだよ。HRを打てないってことは彼一人では点を取れないってことだよ。田島君はホントに頼もしい4番だけど、彼一人では点を取れない。点を取るにはあなた達の力がいるの。このことをよーく覚えておいて頂戴」 「さぁ、チェンジチェンジ。気持ち切り替えて!!」 《今の打席、ランナー進めるにはもっと確実な方法があった。フォークを打てそうだと思ったのは本当だけど、わざわざフォークを待ったのは田島と張り合ったからだ。でも打てなかった。今の俺にはあのフォークは打てねえんだ。俺の打順なら田島が塁上にいる場面がきっとまたある。今日は勝たなきゃいけねえんだ。次はストレートを狙う》 《叶はあぁ言うたけど、スピードなさすぎやもんな。遅すぎて打ち難いんはあるな》 「あいつが4番だったな。」 「あぁ、関西弁の…」 「ランナーなしで当たれるこの打席であいつのデータをなるべく取りたいんだ」 「デ、データ?」 「そう、データ。探りいれてくっから打たれるかも知れねえけど、後ろを押さえりゃいいんだからな。ビビんなよ」 《阿部君って凄い。そんで凄い阿部君は味方なんだ。キャッチャーが味方だとこんなに楽でこんなに力強い。俺は投げることだけに集中できる》 《立ち位置はほぼ中央。スタンスも狭めだけど、こいつのリーチなら踏み込めばどこにでも届きそうだぜ。一級目は真っ直ぐをインハイに外すぞ。インが好きなら動くだろうし、俺もこいつがよく見れるからな》 《真っ直ぐをインの高めに…外す!!》 「ボール!!」 《随分しっかり見たな。打つ気があるならボール球でもどっか動くもんだが…一級目は見るって決めてるタイプか?もう一球インを試す。今度は低めだ!!》 《インローに外す!!》 「ボール!!」 《動かねえ…っ。馬鹿みてえに慎重なのか?いや、この遅い球に手を出さないのはやっぱり何かあるんだ。三橋の球はハタから見たら待つような球じゃない。それを二球も見るってことはミロって指示されたんだ。三星側にも三橋の真っ直ぐの特殊さに気づいてる奴がいる!!だとすれば軟球も見せてやることはない。外のカーブでストライクを一つとろう》 《外にカーブ》 《チ、変化球》 「ストライク!!」 《ほぉ、ギリギリかいな。狙ってそこなら大したもんやけど。ま、そんなことより、ストレート来いや、ストレート》 《同じ所にカーブ!!》 織田は動き、打つもファールだった。 《外のカーブをあんなに引っ張って…!?》 「三橋!!」 《そうだ、打たれるかもだけどビビんなって言われたんだ。恐い打者となら今までに何度だって対戦してる。いつも一人でビビリまくってた。今は一人じゃない!!》」 《三橋は大丈夫そうだな。さて、やっと織田が動いたぞ。今のカーブはストライク、ファールしたのは好きなコースで振れすぎたせいだ。考えてみりゃ、この長い手足だ。窮屈な内角より、外角が得意ということか。ただ、真っ直ぐ待ちの時、変化球に合わせる技術はない。そして、ボールを飛ばす力がある!!田島とは違うHRの打てる4番打者だ!!》 「真っ直ぐ放ってえな。な、打たへんから真っ直ぐ放らして」 《…何ぃ??こりゃ確実に三星の誰かが見ろって指示してるんだ。…にしてもこいつ打たねえって…》 だが、真っ直ぐ投げるようには指示しない阿部。 「打たへん言うたのに…。ドケチ」 「ワンナウト!!」 《しかし、今、全く動かなかったぞ。織田はマジで打たねえ気だったんだ。もしかしてエスカレータ式でない奴らはこの試合、やる気ねえのか!?だとしたら、この試合…勝った!!》」 『えっと…5番、キャッチャー畠君』 「おいおい驚いたで」 「そうか?」 「手品みたいや。あの遅い球が浮いてきよった」 「浮くわけねえだろ、あんな遅い球」 「んな焦らさんと種教えてや」 「ふふん、簡単に言えば…」 「言えば…?」 「三橋の球は遅いストレートより速いんだよ」 《畠の好きなのは腰元のインコース。打席の一番前で初球から振ってくる…》 《畠君だって関係ないっ。ただ投げるだけっ。…ホラ、阿部君がサインをくれる。俺は一生懸命投げればいい》 《インコースのストレートいただき……うっ…シュート…》 畠の打ったボールを三橋がキャッチし、これでツーアウトとなる。 『6番、ライト門田君』 《あんなつまっちゃって。3年受けてて真っ直ぐかシュートか分かんねえのか。一番厄介かと思ってた畠だけど、このまま三橋なめてんなら怖くねえ!!》 「遅いストレートより速い?!ってどういうこっちゃ?」 「バッティング練習で三橋にストレート頼むとどうも予想と違う球が来てさ。周りに聞いても皆そんなことねえっつうんだけど、やっぱ俺には不思議な球に思える」 「せや、なんか気持ち悪い球やねん」 「色々考えてみたんだけど、あいつの球って速度とで出しの角度がかみ合ってねーんだと思うんだ。俺のストレートの軌道がこうで、チェンジアップがこうだとするだろ。俺も織田もこの辺の角度でボールスピードを予測する癖がついてるんだ。三橋の球はバックスピンが足んねえのか、俺のストレートより落ちる角度だけど、チェンジアップよりは速度も回転もある。出だしの角度で緩い真っ直ぐを予想しちゃうと変に手元で伸びる球に見えるんだ。実際、三橋は中学時代あの球で結構相手を空振りさせてたけど、皆それは相手の腕のせいだと思ってた。あいつらはもう三橋の球筋を覚えてて、あの球を打てるからな」 「…今日は打てへんようやけど?」 「それはキャッチャーのせいだろうな。織田、さっき何狙ってた?」 「真っ直ぐ」 「配球は?」 「真っ直ぐ、真っ直ぐ、カーブ、カーブにシュート…あ?」 「織田の狙い球あのキャッチに読まれたんだよ。他の奴らも多分そうやって打ちとられてる」 「はは、だいたい俺打たへんから真っ直ぐ放らせてキャッチに言うたしな」 「織田、勝つ気ねえのか?」 「え!?いや…いつでも打てそうやし…」 「お前まで三橋をなめんのかよ!?4番のお前がそんなんじゃ、俺はまた三橋に負けちゃうじゃねえか」 「またて…中学ン時のことは…ひ…贔屓やったんやろ?」 「贔屓?そんなの畠が一人で言ってるだけだよ」 《球筋の話はさし引いても、叶のが上やで。畠が言うてるだけちゃうやろ》 「俺は三橋に勝てる気がしない…。でもこんなこと言う奴はマウンド登る資格ねえのも分かってる!!」 《この食い違いは何やねん。叶は一体三橋の何に負けとるちゅーねん》 「頼むよ、織田!!三橋と投げ合う機会なんてもうない!!この試合で俺を三橋に勝たしてくれ…!!」 三橋は三振とれたようだ。 「いい調子だぜ、」 「阿部君…」 「気温が上がってきたからな、水分取っとけよ」 「あ、阿部君…。俺…ピッチャー楽しい。マウンドが楽しい…また登りたい。俺…」 「俺もキャッチャー楽しいよ」 「おぉ…」 「はは!!まだ試合は序盤だよ。ホントに面白いのはこれからだからね」 《そうだ、まだこれからだ…。まだあそこでいっぱい投げられるんだ。いっぱい…!!》 次回、「手を抜くな」 ジャンル別一覧
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