おおきく振りかぶって 第5話おおきく振りかぶって第5話 手を抜くな 『三星学園は三橋君が中学までいた学校で野球部には三橋君の昔のチームメイトが沢山います。その三星学園と我が西浦高校の練習試合。二回裏まで両チーム無得点のまま。試合は始まったばかりです』 「頼むよ、織田!!三橋と投げ合う機会はもうない。この試合で俺を三橋に勝たせてくれ!!」 《さっきはビックリしたで。叶のテンションいきなり上がるんやもん》 両チーム無得点のまま迎えた三回。 《いや、待てよ。叶の奴、昨日合宿所の風呂で珍しく鼻歌歌うてなかったか!?せや、今日かて試合前にわざわざフォーク投げて見せよった。普段のあいつらしくないことばっかりやないか。さっき、いきなりやない。叶はずっとテンパってたんや。理由は分からんが、叶は三橋に負けとると思てて、そのことにえらい拘っとるその三橋と投げ合う機会は多分もうない。叶は今日勝たなあかんのや》 《畠君は単調で芸のないリードなんだけど迷いがない分、サインを出すリズムが速いんだよね。追い込まれたらフォークで打ち取られるからただでさえ気持ちが焦るのに…こうボンボン投げられたんじゃバット構える暇もないよ。せめてフォークに手を出さないでくれたら…》 打者として三振とられたのに鼻歌を歌っている三橋。 「三振しといて浮かれてんじゃねえぞ。マウンドじゃ投げてりゃいいけど、打席に立ったら打者やれよ。叶君の球なんか打てません、とか思ってねえだろうな」 「お、思って…ません…」 「ったく…」 三回裏 これまで三振を4回とってきて、ヒットも打たせてこなかった三橋が5個目の三振を取る。 《この次は叶か。意識してんな。叶はある意味三橋の憧れの投手だから、叶の力が健在で嬉しいのは分かる。けど…》 打たれてもファーストの沖がアウトをとり、遂に叶の打者の番が来る。 《けど…それだけか?》 スパイクの土をバットで落とし、バットを一回、二回振り、伸び上がってバットを構える叶。 『9番、ピッチャー叶君』 《か、叶君だ》 《叶は流すタイプ。9番なのは投手という理由からだったよな。一応、用心してボールから入っておこう》 《外を真っ直ぐを外す!!》 叶の打った球はファールとなる。 《へぇ、多少外れても構わずってバッティングだ。打撃は投球よりも大雑把なのか。ん?スパイクの土をバットで落とす。バットを一回、二回振り、伸び上がって構える。こいつ、打席に入った時と同じ仕草を繰り返した。これは癖じゃない、こいつのジンクスだジンクスなんて一打席に一回で良さそうだけど、こいつ、一度ボックスを出ちゃったらやりなおさないと気が済まないんだ。こんな奴が大雑把とは思えねぇ…。視線が三橋から外れない。叶は三橋に対して真剣だってことか?ボールに手を出したのは真剣すぎて力が入っているからなのか!?三橋をなめてないって点では要注意だが、力が入ってるならやり易いぜ》。 《シュート、同じところに。外にシュート投げたら真ん中に入ってっちゃうのに…。でも大丈夫、阿部君には考えがあるんだ。同じトコへシュート!!》 叶がヘッドスライディングするも、アウトになった。 「叶、練習試合でヘッドスライディングするなよ。怪我したら馬鹿らしいぜ」 「馬鹿らしい?こっちはまだノーヒットなんだぞ、お前こそもっと真面目にやれよ」 「ほれほれ、ファーストに3人はいらんで。早、自分の守備につけや」 《今、何か揉めた?》 三星学園の投手・叶は三橋を意識するあまり徐々にペースを崩し、コントロールが乱れ始める。 西浦高校はこのチャンスを活かし、4回の表に4番田島のツーベース、続く花井の犠牲フライで2点を先取し、勢いにのる。 叶はストレートでフォアボールしてしまい、タイムが入れられる。 「落ち着けよ、叶」 「二点くらいすぐ返してやるって!!」 「相手はあの三橋なんだぜ」 「いい加減にしろよ。何度も言ってんだろ、三橋はいいピッチャーなんだよ。俺ちゃ、今あいつにパーフェクトでやられてんだぞ」 「だって…」 「お前ら誰も真面目に聞かねえし、、三橋ですら俺がいい人だから庇ってると思ってたみてーだけど俺は事実を言ってただけなんだよ!!」 「だってあいつがいたから中学で全然勝てな…」 「勝てなかったのはお前らのせいだろ!!お前ら、俺が言っても言っても三橋は贔屓でエースになったんだっつって挙句に試合で手抜くようになったじゃねえか。あの状況で勝てる方が不思議だよ!!」 「手抜いたのは、さ…最後の方だけだろ」 「今日、三橋が力、発揮してんのは捕手の力が大きいんじゃねのか、畠!!お前が三橋を馬鹿にしないでちゃんと使ってればあいつは中学でもきっと今日みたいな投球できたんだよ!!お前は正捕手のクセにずっと三橋を潰してたんだ!!俺達が負けてた原因はホントはお前にあんじゃねえのか!?」 「それはあんまりだ!!畠は叶の為に悪役やってたのに!!」 「そ、そーだよ、三橋は贔屓されてたよ。だって監督だってあいつだけ君付けしてたし!!他にも色々…。エースになったんだって絶対…」 「違う!!実力があったんだ」 「それ言ってんのは叶だけだろ!!」 「落・ち・着け。落ち着け。叶、その頃んことはよー知らんけどな、俺も贔屓がなかったとは思えんよ。せやけど、三橋に何かあんのも認めようや。そうせんと今の状況説明つかんやろ。それから叶、言い過ぎや」 「――ごめん…」 「いや…」 「畠が俺の為に動いてたのは知ってる」 「いいよ、もう…」 「聞けよ!!昔の話をしたいんじゃねえんだよ!!お前らが三橋をなめてる限り、今日は勝てねえって言ってんだ!!俺が三橋より上だっつうなら俺を勝たしてくれよ!!あいつをなめんの止めて真剣にやってくれよ!!」 「お前は三橋より上だ。今日勝てば、そういうことになるんだな!?」 「あぁ」 「宮川、吉!!次から何とかして塁に出ろ!!そしたら俺と織田でお前らを帰す!!必ず逆転してやる。だから安心して投げろ!!」 「おぉ」 「よし、まずこの回終わらすぞ!!元気出していこう!!」 「円陣に加わりてえのか?」 「……」 「おい、三橋!!」 「えぇ!?え…え…」 《分かりにくい…。が、やっぱり三橋は元のチームに戻りたいんだ。ホントは喧嘩しちゃった奴らと仲直りしてもう一度、一緒に野球をやりたいんだ。そうしたい気持ちは分かる。こいつにとってはきっとそれが最高だろうって俺も思う。だけど俺だっていい投手が欲しい。大博打で入った無名の公立校でこんな投手見つけたんだ。絶対手放したくない!!それに勝つためには三橋だって俺と組んだ方がいいはずなんだ!!》 4回表が終わるまでの途中経過は2-0で西浦が勝っていた。 「いいよ、いいよ!!よく攻めた!!大事なのはこの裏!!しっかり守るんだよ!!」 「「「「「「「「「はい!!」」」」」」」」」 「よし、行こう!!あ、阿部君」 モモカンは阿部の防具をつけながら指示する。 「この回は4番よりもその前の打者に集中してね」 「は、はい…」 《そうか、ランナーいなければ3ベースまで打たれてもいいんだ。それなら大分楽に攻められる》 「それから、三橋君を頼むよ」 「はい」 「よし、オッケ!!」 阿部の背中を叩くモモカン。 「ありがとうございました!!」 《そうだ、三橋は西浦に必要なんだ。この試合であいつに俺を認めさせてやる。元のチームメイト達よりも俺を選ばせてやるぜ》 「三橋!!」 《阿部君…》 《お前のキャッチャーは俺だ!!》 《投げるよ、阿部君。力いっぱい全力で》 次回、「投手の条件」 ジャンル別一覧
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