おおきく振りかぶって 第10話おおきく振りかぶって第10話 ちゃくちゃくと 「集合!!」 《俺は阿部君とちゃんとしたバッテリーになるぞ。阿部君には俺が投げるんだ》 「さて、うちも大分チームとして形になってきたけど、まだ足りないものがあるよね」 「もう一人投手が欲しい」 その言葉にショックを受けた三橋。 「うん、私もそう思う」 阿部だけではなく、モモカンからもそう言われてしまった三橋はフラフラになっています。 「おい、どうした?」 三橋は涙を流し始める。 「これは…」 「もう一人投手がいたらマウンドを取られちゃうとか!?当たりっぽい」 三橋はその場でボロボロと泣き崩れてしまう。 《あらま、このチームでもマウンド独り占め願望は健在か》 「どうすんだよ、この先、投手一人で。今週から練習試合組んでんだぞ。一日に二試合やるには二人投手がいるんだよ」 「二試合投げれる…」 「ざけんな!!」 「許しません!!」 「でも…中学じゃ…」 「二試合とも投げてたって言うの!?ムキャー!!信じられない!!毎週試合のたびに300も400も投げさせるわけにはいかないの!!」 「で、で、でも…」 「もうすぐ夏の大会が始まるでしょ。夏大のスケジュールは厳しいよ。あの炎天下、試合間隔はどんどん短くなってその上、相手はどんどん強くなる。そこを勝ち上がっていくんだからね!!出りゃ負けてた中学時代とは違うの!!一人でこなせると思ったら大間違いだよ!!」 「容赦ないな」 「もうちょっと言い方あるよな…」 「篠岡!!何か書くもんかして」 マジックを借りた田島は三橋の練習着にでっかく「1」と書きます。 「1番?」 「1番はお前のだからよ、いつもしょっとけ!!」 皆を見渡す三橋は嬉しそうに「1」と書かれた練習着を見つめています。 「じゃ、投手の話に戻って…投手経験ありなのは花井君!!」 「え!?はい」 「登板回数は?」 「あ、えっと…延べ三試合くらいです。でもほとんどブルペンにも入ってないし…公式戦では投げたことないです」 「成程ね。それから沖君。プロフィールには書いてないけど、左利きで投手経験が全くないってことはないよね」 「えっと…まぁ…はい」 「登板経験は?」 「全部足すと五試合分くらいです」 「へぇ」 「でも…中学3年以降はファーストしかやっていません」 「うん。他に投手経験者はいる?じゃ、この二人で一試合こなせるようにしましょう。それから捕手ももう一人作りましょう」 「…!?」 「またかよ。おい、阿部、背中に「2」って書いてやる」 「いらねえ!!俺は控え作られたって焦んええよ!!つうかいなきゃ困るんだよ!!」 「だよ。お前が青くなんなくてもいいんだよ」 「うーん、とはいえ、経験者ってプロフィールだと阿部君だけなんだよね。じゃ田島君どう?」 「俺がキャッチっすか?」 《成程、田島か。捕手の第一条件は肩。田島の地肩はなかなかのもんだ。三橋の変化球にも田島なら対応できる。インサイドワークは遠隔操作って手もあるし。それに何かこいつら仲いーんだよな。俺が捕手をやれない場面でパニクった三橋を上手いこと引っ張れんのは田島かもしんねえ」 「田島君はどう?興味は」 「ん~~あんま興味ないっすねー。着てるもんも重そうだし」 「田島君はサード好き?」 「はい!!」 「それは何で?」 「だって一番強い球飛んでくるから面白い!!」 「サードよりもっと強い球来るトコあるよ」 「え、どこ!?」 「キャッチャーだよ。キャッチャーが何であんなに防具つけてるかっていったら危険だからでしょ?危険てのは強い球が飛んで来るってことだよ!!チップなんて目の前1メートルで軌道変わるんだよ。それに空高ーく上がったキャッチャーフライを追って追って飛びついて捕れたらすっごい気持ちいいんだよ!!」 「マジ!?」 「おお!!」 「俺、キャッチャーやるわ!!」 「モモカン、うめぇ」 「他の皆もポジション動くからね。今日から一人、二つ以上のポジションで練習していくよ」 防具をつけた田島。 「思ったより軽い」 「そうね、印象より軽いかもね」 「これなら走れるや」 「ミットはあまり慣らしてないの。自分のクセつけた方がいいかと思って」 「え、俺用にしちゃっていいんすか?」 「いいよ、その代わり、きっちり慣らしといてね。手入れ進化あったせいでフライ弾いたりしたら許さないからね」 ミットを嵌めた手を強く握りこまれる田島。 「きょ、今日持って帰って慣らします、厳密に」 「三球!!」 三橋が阿部と投球練習しています。 「こら、自分で投球の出来、分かってるな?合宿の疲れ、残ってんのか?」 三橋は首を横に振ります。 「だったら気のねえ投球すんな。意味ねえし、怪我の元だろ。…あのさ、喋んなきゃ分かんねぇかんな」 「……」 「言ってる意味分かってる?」 「?」 「?出しながら頷くなよな。分かんなけりゃ聞いて来いって言ってんの。…頼むぜ。何聞かれても怒ったりしねえから。いや。全く怒んねえってことはねえな」 「…う」 「えっと、一個ずついく、一個ずつ。まず、これ。気のねえ投球の理由。二人目の投手作るのそんなに嫌なわけ?」 花井の投球をキャッチする田島。 「おぉ!?構えたトコに来た。スゲエ、スゲエ、まぐれでもスゲエ!!」 「まぐれったぁ何だ!?」 「嫌なのか?」 「え!?う、ううん、それは…あ、嫌だけど…嫌だけどいいんだ。俺が意地…張っても通らないのが気持ちいい…」 「ふーん」 《この意地は中学時代は通ってたんだもんなぁ。空気持ち悪い世界だよな》 「もっかい言うけど、投手もう一人欲しいっつったのはお前が頼りねえからじゃねえぞ」 「へ…へぇ?」 「練習試合をダブルで組むには投手が二人いるんだ。エースかどうかじゃなくて、体きかなくて投げらんねえ日があるかもしんねえってこと。そういう日を花井と沖で乗り切るんだよ。そいでお前は次の試合までに復活すりゃいいだろ」 「捕手も…?」 「そうだよ、捕手もだ。俺だって何があるか分かんねえだろ」 「何が…」 「何だ、そこかよ」 「だって、あ、阿部君がいなかったら、お…俺はただのダメピーで…」 「んなことねえって!!」 「あ、あ、あるんだ!!…俺はダ、ダメピーだ。阿部君が捕ってくれなかったら俺は―…また…また役に立たない投手…になっちゃう…」 「…俺が受けりゃあ、お前はいい投手になんのか?」 「…う…うん」 《こいつ…自分を肯定する台詞言ったの初めてじゃねえか!?》 「なら俺、三年間怪我しねえよ、病気もしねえ。お前の投げる試合は全部キャッチャーやる!!」 「ホ…ホントに!?」 「その代わり、お前も故障すんじゃねえぞ」 「うん!!」 《ムフフ、いいお返事。何話してんのか分かんないけど、きっといい話したのね!!》 「ハイ、お疲れ様。今日の練習はここまで。えーさて、野球部が始まってから一ヶ月、お互いの性格も分かったよね。ここらで主将を決めましょ。誰がいいと思う?」 《三年間やるのかな?》 《だとしたら重要だぞ》 《皆、同じ学年だからちゃんと注意とか出来る奴がいいな》 《そんで監督にも文句が言えて…》 《一生懸命なんだけど…》 《一人で空回っちゃわない奴》 皆の視線が花井に集中する。 「お、お前ら!?」 「あらま、一発だわね」 「マジすか!?」 「花井君、私も同意見ね、やってくれる?」 「…ま、いっすけど」 野球部員から拍手が贈られるものの、担ぐなと照れ隠しする花井。 「えーっと、副主将二人は俺が決めてもいいっすか?」 「そうね、いいんじゃない。いいよね?」 「「「「「「「「「は~い」」」」」」」」」 「じゃ、同じクラスから一人。阿部!!」 「うっす!!いいよ」 「と、栄口、内野の中心やってくれ」 「はいよー」 「じゃ、花井君、声出しして終わろっか」 「こ、声出しって何言うんすか?」 「何でもいいのよ」 「そんなこと言ったって…。ええっと…夏大まで頑張るぞ!!西浦ーーーぜ!!」 「「「「「「「「「おお!!」」」」」」」」」 練習試合で花井が投手をやっています。 初めての試合で西広がキャッチできて喜び、皆からナイスレフトと言われています。 《うんうん、初めて捕ったフライって気持ちいいよね》 《西広君、初キャッチだ》 じっとしていられない三橋は篠岡にぶつかってしまいます。 「ご、ご、ご…」 「ごめんなさい、大丈夫?どっかおかしくしなかった?」 「俺は平気。そっちは?」 「平気、平気。あははは。ぶつかっちゃったね」 《優しい…》 「は!?ねぇ、三橋君、今日誕生日でしょ?」 「え?」 「マネジだから知ってるんだよ。誕生日おめでとう」 「あ、あ、あ、あり、あり…」 「三橋、整列!!」 三橋も整列のため、走っていくのだった。 「さてと、試験週間に入るわけだけど…皆勉強してる?」 「いーすよ、勉強の話は。何で先生みたいなこと言うんすか!!」 「だ、だって…」 背後にいる志賀のことがモモカンも怖いようです。 「あのね、野球を一生懸命やるには勉強しとくことも大事なんだよ。とあるきっつい練習の後、ふと思っちゃうの。『俺、こんなに野球ばっかやってていいんだっけ』。で、ぱらりと成績表を見る。きゃー、びっくり。3つも4つも赤点だ!!そうすると、やっぱ野球ばっかやってる場合じゃねえぞっとかって思っちゃうわけ。つまり、勉強は格好のサボりの口実になるってこと!!言っとくけど、部活サボっても勉強はしないよ、しないけど…本人は部活と勉強にグラグラしちゃって燃えるに燃えらんなくなっちゃうんだよ!!ちょっと、聞いてみるね。グラマーやばい人?」 挙手するのは三橋と田島。 この二人はオーラルでも、数学でも、現国でも挙手するため、モモカンに赤点取ったら試合に出してあげられないと言われ、背後の志賀の眼鏡も怪しく光っています。 「お前ら、どんくらいやばいの?」 「どんくらいやばいのか分かんないくらいやばい」 「お前も聞かれてんだぞ」 「え?」 「しょうがねえな、今日付き合える奴、付き合え」 「つうか、俺にも英語教えてくれ」 「はぁ!?」 「俺に古典を!!」 「古典は教えてやっから数学頼む!!」 「俺も英語」 「あ、俺にも英語教えてくれ」 「全員になっちゃうな。場所どうすっか…。ファミレスか?絶対ガヤガヤしちゃうしな」 「は…は…」 全く気づかない花井ですが、泉に叩かれて気づきます。 「あ、俺?何?」 「お、俺…俺…俺ん家で」 「お前ん家で?勉強?」 「うん」 「いいけど、皆入れんのか?10人だぞ、10人」 「うんうん」 「金持ちだ、金持ち」 「行く行く」 「親に電話する」 携帯で電話する三橋は誕生日に人を家に呼んじゃったとドキドキしながら、皆勉強しに来るんだから騙しているわけじゃないよねと自分に言い聞かせています。 帰宅しても誰もいない大きな家に皆入っていきます。 阿部は庭に目が留まります。 三橋の部屋は散らかっています。 「お前、ベッドでしか生活してないな。何で時間割揃えてる気配すらねえの?」 「だって、こいつら教科書全部学校の机ん中だもん」 「こいつら?」 ベッドの上を片付ける三橋とエロ本を探す田島の首根っこを掴んだ花井は二人を西広の所へ連れて行きます。 「何と西広先生は試験の為には勉強しないという強者だ!!何でも教えてくれるぞ。まずは一時間やっか。よーい、始め!!」 「レーン」 「何か鳴いてる?」 「鳥?」 「お、親が帰ってきた」 「は、まずい?」 「大丈夫、言ってある。皆、やってて」 沢山の買い物袋を手に帰宅した三橋母(尚江)。 「仕事は?」 「抜けてきたわよ。昨日言ってくれればお母さんだってちょっとはさ…」 「ご、ごめんなさい…」 「まぁ、いいか。ほら、ケーキも一番大きいの。お寿司も注文したよ。足りなかったらピザでも…」 「な、何で!?」 「何でって…あんたの誕生会でしょ?」 「三橋、誕生日なの?」 「うん、そうなの…。今日ね、5月1…」 「言わないで!!」 「へぇ、誕生日」 「誰が?」 「三橋?」 誰も三橋が誕生日だと知らず、慌てる廉の姿を見て、三橋母も気づきます。 「やだ、この子、誕生日関係なく呼んだの?」 《ということは…今の廉の立場って自分プロデュースのサプライズパーティ?》 《ど、ど、どうしよう…。俺、浮かれすぎた…。誕生日なんて関係ないのに、皆の為に来たんじゃないのに…》 《誕生日だからなんか積極的だったのか?》 《どうして言わねえんだ?》 《これまでのこと考えたら分かる気もするけどさ…》 「じゃ、皆でお岩視しようぜ!!蝋燭つけて、そんでケーキ食おうぜ!!」 「そうしよう、そうしよう」 「おばさん、この辺運んでもいいすか?」 「あぁ、お願い。廉、あの…」 「お母さん、食べ物ありがとう…ぅ…っ」 「もう高校生にもなって泣かないでよ!!」 「あの…おばさんも一緒に食いますよね?」 「え!?いいの?」 「勿論すよ。俺らの方がお邪魔してんすから」 眩しいばかりのマダムキラー笑顔で言う花井。 「いい子ね~」 「花井君はキャプテンだよ」 「まぁ」 誕生日ケーキにロウソクが灯されています。 「せーの。誕生日おめでとう、三橋!!」 「「「「「「「「「おめでとう!!」」」」」」」」」 「三橋、ロウソク」 ロウソクの火を吹き消す三橋に皆拍手を贈ります。 勉強そっちのけでピザやチキン等を食べています。 「もしかして三橋ってこん中で一番年上?」 「巣山、4月だろ?」 「うん」 「ほえもひあふら(俺も4月だ)」 「ハハ、祝わないで過ぎちゃったな」 「あ、あ、今…二人ともロウソク…同じ年だから…」 「そっか、もっかい火つけて」 「え?」 「まずは巣山ね」 巣山もケーキのロウソクの火を吹き消してお祝いします。 今度は花井の番ですが、照れて俺はいいと言う花井。 「三橋、あそこって投球練習場?」 「う、うん…」 「近くで見せてよ。駄目?」 「駄目じゃないけど…見てもガッカリする…」 「しねえよ、バーカ。食ったら降りようぜ」 栄口と水谷はケーキを分け合って食べ、田島は花井の皿まで舐めています。 「勉強は?って人の皿舐めんな!!」 「あの…ホントにヘボイからね」 庭に明かりを点けた三橋。 手作りの的を見ている西浦野球部員達。 「今でも使ってんの?」 「え?ちょっとだけ…」 「三橋、おま…指示された以上の球数投げてるな」 「プレートあんの?的当てやらして」 「あー、田島ちょっと待て。三橋、軽くやってみせてくれよ」 9分割された的に向かって阿部の指示通り投球する三橋。 「田島、真似できるか?」 「努力の賜物だろ?真似はできないよ。三橋、行こうな、甲子園!!」 「…い、行き…たい!!」 「お前、変わったな。初めて会った日にゃ『無理だ』っつってモモカンにケツバットされたんだぞ」 《あの時、俺は三橋の弱気は変えられないと思ったし、変わらなくていいと思った。俺のサインに首さえ振らなきゃ性格なんてどうでもいいと思ってた。俺が俺の野球をやれりゃいい――なんてつまんないこと、どうして思ってたんだろ。テープが新しい。しょっちゅう貼り直してるんだ。こいつの努力、全部活かしてやりたい、三橋を勝たせたい!!そのためにはまず…赤点回避だ!!》 三橋を引っ張っていく阿部。 次回、「夏がはじまる」 |