イラン人科学者の帰国
CIAの諜報活動は、非合法すれすれの行動を信念にしている。情報を得るためには資金を惜しまず、賄賂や工作資金をふんだんに使う。あらゆる手段を駆使して情報を集めないと、なかなか信ぴょう性のある話にはならない。CIAにとって、イランの核開発の実態は、なんとしても獲得したい情報だった。そこで、イラン人科学者が選ばれて、サウジアラビアから米国に連れてこられた。これによって、イラン核開発疑惑が明らかになるという筋立てだった。 そこで、メッカ巡礼に出かけた科学者をCIAはとらえて米国につれてかえった。イラン核開発の真相が暴露されると期待されていた。それゆえに、CIA側の尋問は厳しいものになった。イラン人科学者の本音がどこにあるかを知ることは難しいけれど、何のために米国につれてこられたかを察知した科学者が真相を話さなかったことは当然だろう。 問題は、イラン人科学者に米国行きの意志があったのか、機密情報を売り渡す密約をしていたかが分岐点になる。この科学者が核開発の真相を暴露すれば、イランの核開発の謎を解くことができると考えてCIAが行動したことは間違いない。それでも、米国にまで連れていかれ、拷問に近い取り調べを受けたことが心を変えてしまったことは確かだろう。どうやら、CIAが期待していたような内容を科学者は話さなかったらしい。 5億円の報奨金が与えられるとCIAは持ちかけていたという。ところが、イラン人科学者の話した内容は平凡なものであり、核開発疑惑を解明できるような内容ではなかった。不満を感じたCIA捜査官は、さらに徹底した取り調べを続けた。拷問に近いやり方だったらしい。必然的に捜査官の姿勢が反発を呼び、機密情報を暴露するという流れを変化させてしまった。イラン人科学者は裏切り行為に手を貸すことをやめて、帰国の動きを強めた。 これほどの大事件が、こんな結末になることを予測した人は少ないだろう。イラン人にとって、米国社会は住みにくい場所であり、心が休まらないらしい。イラン核開発疑惑が解明されると期待されていたのに、大騒動ネズミ一匹になってしまった。イスラム教徒にとって、米国での亡命生活はつらいものであり、5億円を手に入れても楽しくはない。そこで、家族の待つイランに帰国することを決めたという。何が核開発の真相なのかは解明できずに終わっている。