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62歳のトム・クルーズがサプライズで登場 ! 五輪旗はパリ→ロスへ“ミッション:インポッシブル”さながらのストーリー【パリ五輪・閉会式】|Infoseekニュース
■パリオリンピック™閉会式(日本時間12日、スタッド・ド・フランス)アスリートたちが限界に挑み続けた19日間を締めくくる閉会式が、フランス最大級のスタジアム「スタッド・ド・フランス」で行われた。各国・地域の選手たちの入場が終わると、幻想的な雰囲気の中、アーティスティックなショーが繰り広げられた。スタ… パリ五輪終わりましたね 日本の獲得メダルは金20個、銀12個、銅13個でした 前評判の高かった選手が実力が出せなかったとか「やっぱりアウェーだからね・・」という気もしないでもなかったけど・・ 若い選手が育ってきているなあと楽しみになりますね 今度はロサンゼルスですか・・4年後ねえ・・ そのころ世界情勢はどうなっているのかな・・ アメリカの大統領は、トランプかハリスか・・それによってどう動くのか ロシアとウクライナはどうなっているのか・・ イスラエルがハマスの指導者を殺したことによって、イランが報復するといわれています また中東戦争に発展するのでしょうか それより私たちは元気でその日を迎えられるかも心配ですね 台風5号は東北に上陸し大きな被害が出ていますこの後は北海道へ・・ 6号7号も日本をうかがっているようです 地震もどこで起こっても不思議ではない状態です にほんブログ村 私たちの総本山は智積院(ちしゃくいん)といい、京都の東山七条(ひがしやましちじょう)にあります。 智積院は足利時代の中頃、興教大師ゆかりの根来山内の寺院の一つとして、長盛法印により創建された寺院でした。 興教大師亡き後の根来山は、学徳に秀でた頼瑜僧正(らいゆそうじょう 1226-1304)により大伝法院(だいでんぼういん)や密厳院(みつごんいん)が高野山から移築されいよいよ発展し、天正(てんしょう 1573~)年間には坊舎が2000余も立ち並んだといわれ、政治的にも経済的にも大勢力となります。 しかし、この勢力に目をつけたのが豊臣秀吉でした。 秀吉は、天正13年(1585)、根来山を攻めると、山内の堂塔伽藍を灰燼に帰してしまいます。 この時、智積院の能化であった玄宥(げんゆう)僧正は弟子とともに難を逃れますが、安住の地が見つからないまま、智積院再興の志をもちながら各地を流転したのでした。 やっと安住の地を得たのはその16年後のこと。 慶長(けいちょう)6年(1601)、徳川家康により現在の京都東山に寺院を寄進され、五百佛山根来寺智積院(いおぶさんねごろじちしゃくいん)を再興したのでした。 智積院は根来時代の伝統を踏まえ、特に「学山」として教学の研鑚や修行などを厳しく行い、また、他宗の僧侶や一般の学徒にも開放された「学問寺」としての性格を持つ寺として、江戸時代には多くの学匠を輩出するようになります。 しかし明治時代になると、新政府の神仏分離政策により土地を没収され、また、明治15年(1882)には金堂が焼失するなどの不幸にみまわれます。 しかしこれらの困難を乗り越え、明治33年(1900)、真言宗智山派の総本山となったのです。 山号を五百佛山(いおぶさん)寺号を根来寺(ねごろじ)といいます。 こうして弘法大師の教えは高野山から興教大師の根来山に、そして智積院へと脈々と伝えられ、現在、智積院は全国3000の末寺を擁する真言宗智山派の総本山であり、檀信徒の皆さまの総菩提所、総祈願所となっています。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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