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**************************** 軽く弾んだ息を少しずつ整えながら考える。 今のままではユーノは居なくてもいい人質だ。アシャ達がうまくレアナを助け出してくれたとしても、ユーノを盾にされては身動きとれなくなる。ユーノを見捨ててくれればいいが、アシャはきっとそうしないだろう。仲間を捨てるような男じゃない、だからなおさら、ユーノはここから自力で抜け出さなくてはならない。 「ふ…」 息を吐き、肚を据える。背後の刃の位置を見計らいつつ、体を寄せていく。後ろの武器の金属臭、それともこれは、目の前の棘が吸ったことのある血の匂いだろうか。ぎらつく棘の光から目を閉じ、世界の全てが自分の背中にあるように意識を集中させる。 「っ」 じりっ、と手首を縛った縛めが小さな音をたてた。刃が当たっている。だが、少しずれている。間近にある金属に、皮膚がちりちりと細かな波を走らせるのがわかる。少し腕を動かして刃に当て直し、そのまま上下させていく。じり、じり、と縛めの繊維一本一本が切られていく音が体に響く、それだけを聞く。 「は…」 流れた冷や汗にもう一度息を逃がした。 苛立ってはいけない。急ぎ過ぎてはいけない。気負い込んで倒れれば、よくて手首を切り落とし、悪くすれば、そのまま背中から二つに裂かれてしまう。だが、遅過ぎても、見張りかドーヤル老師が帰って来てしまうだろう。 「!」 手首に焼かれたような痛みが走り、思わずぎくりと身を震わせた。下になっていた左手の感覚の戻りが遅くて、肉まで多少刃が食い込んでしまった。流れ出すぬめり、だが幸いにも左手の縛めは完全に切れた。少し体を揺すると、両手がだらりと背後に落ちる。腕で手を引き寄せ、口許に持ち上げて傷を含みながら、何度か指を曲げ伸ばしする。急速に戻ってきた動きにほっとした。左手首と右腕からたらたらと流れている血に構わず、もう少し安定した姿勢で壁にもたれ、転がっていた剣で足の縛めも切った。足先を動かし、足首の感覚が戻る間に、チュニックの端を剣で裂いて、両腕の傷に縛りつける。 「ふぅ」 とりあえず、少しは自由になった。後はこの自由を十分に生かせる力だ。 手首足首を屈伸しながら、周囲の武具を物色する。軽くてなかなか切れ味が落ちない類のものが欲しい。多勢に無勢、血路を切り開く途中で交換は望めないだろう。だが、この部屋にはあまりよさそうなものがなかった。たまたま手にしているこの剣が一番扱いやすそうだ。 感覚が戻ったのを確認して、武具の隙間から起き上がった。部屋の真ん中で代わる代わる両脚を踏みしめてみる。腹部に鈍痛があるのは当て身のせいだろう。二度三度剣を振ってみる。やや重いが、結構使い込まれている。すぐに手になじむ。 「…?」 と、その時、壁の向こうで妙な物音が響いて、ユーノは振り返った。 (何だ?) 何とも言い表しにくい音、あえて言うなら、濡れそぼった革袋に石を詰めて引きずっていくような音。水が滴る音と一緒に、細い通路を途轍もなく太いものが、壁を擦り天井を擦りながら無理矢理通り抜けていくような音もしていた。 しばらく耳を澄ませてみたが、音はもう聞こえない。 「何だろう……ん?」 とっさに構えた剣に答えを求めて目を落とし、ふと、その柄の紋章に気づいた。 三角形に、緑の貴石をはめ込み、その中央に白く輝く宝石の棒、黒玉の棒を斜め十字に交差させたものを金で固めて食い込ませてある。 (緑に白と黒のぶっちがい……バール将軍の紋章?) 思わず眉をひそめる。 ダイン要城の主であるバール将軍の紋章入りの剣が、どうしてこんな拷問部屋なぞに捨て置かれているのだろう。 「わああっ!!」「うぉおおっ!!」 「!!」 突然、上の方で悲鳴とも怒号ともつかぬどよめきが起こって、はっとした。閧の声にしてはおかしい。何か怯えたような泣き叫ぶような響きだ。 (アシャ! レアナ姉さま!) ユーノは身を翻して、地上へと続く階段を駆け上り始めた。
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Last updated
2018.06.19 08:59:00
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