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2020.05.30
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 時は少し遡る。

 セシ公とアシャから指令書を託されたジットーは、ラズーン中央を離れ、ひたすら東へと急いでいた。

 戦局はラズーンに不利だった。西へ兵を取られているラズーン、ただでさえ兵力のないところへ、中央の守りも気を抜けないとあっては東への人員も限られている。この上はアギャン公の『銅羽根』ともども誇り高きミダスの『銀羽根』の一員として、潔く東の地に散るのも定め、そこまで思い詰めていたのは数日前のことだった。

 だが、今はどうだ。

 こうして懐深くに抱いている指令書が、全てをひっくり返すはずだ。シャイラの戦死とともに崩れたラズーンに、シダルナン、モディスン率いる『運命(リマイン)』軍は勝利の美酒に酔いきっている。そこへこの指令、効果はいやが上にも増す。

(何という策士!)

 セシ公、アシャ……煌めく美貌より冴えるという軍師としての才を今しみじみと感じている。あの2人がいる限り、何をたじろぐことがあろう。勝利は必ずラズーンのもとに甦るだろう。

「止まれ!」

「俺だ!」

「ジットー!」

「よく無事で!」

 明かり一つなく沈みきった野営地に戻ったジットーは、仲間の疲れ切った、けれども僅かに期待を含んだ声に頷いた。見てろよ、と心の中で声がする。見てるがいい、『運命(リマイン)』、我らがラズーンの力を見せてやる。

「アシャ様は?」

「援軍は?!」

 詰めかける兵達を見回し、首を振る。

「来ないのか?!」

「俺達は…見捨てられたのか?!」

「違う!」

 うろたえる仲間をきっぱりと制する。

「安心しろ。勝利はラズーンの元にある」

「どうしてだ?! 兵は散り散り、長はどこの野に捨てられたともわからず…」

「俺にはわからない」

 苦しそうに1人が口を挟んだ。

「あの時俺は確かに『退け』と命じられたのだ。自分が死んだと伝令が入り次第退却せよ、次の命令を待て、と」

「俺もだ!」「わしもだ!」

 次々と同様の声が上がり、『銀羽根』は意外そうに互いを見た。

「何、お前もなのか?」

「と言うと、お前も?」

「ああ、長戦死の報があり次第、隊を率いて退却せよと。あの命令はわしだけしか受けていない、他には知らせるな、沈黙を守り身を潜めていよ、とのことだった。何か特別な策でもあるのかと思い、今日まで黙っていたが…」

「ま、待て!」

 別の1人が目を光らせて叫んだ。静まり返る周囲を見回しながら、

「誰か確実な戦死者を知っているか?」

 

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Last updated  2020.05.30 00:00:12
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