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草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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草加の爺(じじ)

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2025年05月13日
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とは言っても、世上の夫婦中、離縁と言う事を誰が拵えて憂い目をさせる。可愛やな、と歎けばわっと

泣き出す声。あ、声が高い、高い。障子の向こうで父(てて)様の寝入りばな、泣くな泣くなと言いつつも

伝う涙の血筋とて、親(しん)は泣き寄る、哀れさよ。

 平右殿、今日は御気色(御気分、御容態)は如何かと、つっと入ったのは同じ村の金蔵。お千世はちゃっ

と姉の陰へ見つけられじと身を隠せば、ああ、隠れまい、隠れまい。たった今、堤の茶屋で大阪への戻り

駕籠の駕籠舁き達の休みながらの話で聞いたぞ。

 お千世殿目出度い、去られて戻られたげな。と、口も軽げな途方なし。

 お軽ははっと、余所よりも親の聞く耳を憚って、金蔵様たしなましゃんせ、聾(つんぼう)はいません

よ、声を低く言っても済むこと。千世は去られたりはしていませんよ。親の病気を見舞う為の里帰り。奥

では父(てて)様がすやすやと寝て御座る。目を覚まさないでくださいな。声を低く、低く、どうせなら往

ってしまってくださいなと言うほどに声を高めて、親仁は寝ているのか、面白いぞ、いくら隠したって確

かな事を聞いています。お千世殿、何度でも離縁されなさいよ。おれこれの聟達が踏み広げた田地でも百

姓の女房には大事がない(差支えがない、構わぬ)。俺が持って一夜さでも淋しいめはさせないぞ。去られ

て戻ったと気を腐らせて必ず女房振り損なって貰うまい(器量を落として下さるな)。

 去春に俺が嫁に欲しいと貰いを掛けた時に、俺の方に来ればよかったのだ。惚れかかった一念で脇に足

は止まらぬはず。嫁入りする度に去られて戻ると言うのもこのわしに縁が深いからの事。親仁殿に頼み込

んで今日からでも我ら受け込む、姉御を大事にして貰いましょ、と喚くので二人は死に入るばかり。

 冷やす心の奥(魂を冷やす、ハラハラする)、奥の間で手を打って、軽よ、軽よと呼ぶ声。

 あい、あい、あい、南無三、親仁殿が起きられた。金蔵が見舞いに来ていると言って下され。又明日、

お見舞い申そうと言い残して帰ろうとするので、軽は腹を立てて、これこれ、往なずに千世を御貰いなさ

れぬか。

 いやいや、大事な縁組だ、日を見て(吉日を選んで)申し出ようと、減らず口して立ち帰るのだった。

 父(とと)様、お目が覚めましたかと姉が障子を開ける跡から千世もおずおずとさし覗くと、夜着に凭(も

た)れて起き臥しも悩み苦しき老いの坂、しばらく見ない間に年寄って肉も落ち、衰えた親の顔、誰が狩り

するというのではないけれども落ちかけている肉に顔も荒れて、見交わす顔と顔。

 堪えかねて、のう、父(とと)様、お薬を上がってもう一度達者になってくだしゃんせと、思わず知らず

声を立てて、さめざめ歎き伏し転(まろ)ぶ。

 父も見る目に涙ぐみ、大事ない(構わない)つっと来い。つっと寄れと膝近く、又去られて戻ったな、子

に運ぶ親の心は居ながらにして千里万里を行くものだ。ましてや一つ家の内だ、寝ても寝られずに最前よ

り何事も聞いたぞよ。

 そも、我ながらかくも心は変わるものか、五十という年のうちは行歩(ぎょうぶ)も心に任せずながらも

心は若かった昔に変わらず、気も強く義理にも引かれ(義理を重んじ)、おのれ、重ねて去られたならば顔

も見まい、物も言うまいとの我(一徹心、強情)もあったのだが、六十に足を踏み込んでからは年ばかり寄

るのでなく、月も寄り、日にも寄る。その上に病にまで絡まれる。身が衰える程にいや増しに案じられる

のは子の身の上、三度は愚か百度でも千度でも離縁されると定まっている前世からの約束と諦めれば悔や

みもしないし憎くもない。笑う人は笑え、誹るならば誹れ。指も指せ。子の不憫には替えないゾと老いの

繰り言、息も弱る。

 半兵衛めは遠州に失せて留守の内とな、その留守合点(その留守を明けた所に企みがあろう、そんな小細

工は見え透いている)、万一顔を見せたとしても物を言うな、顔も見るなよ。今度は彼奴の身上の百倍の

所に嫁に遣る。離縁を苦にして煩うな。

 のう、姉、下々は野に行ったのであろう。茶を沸かして千世めに中食(ちゅうじき、昼飯)を食べさせて

やれ。と、上機嫌の父親の顔。

 姉は悦んで、これ、お千世、案じた父様(とっさま)の御機嫌は日本一、お側を離れずに御介抱申しゃ。

嬉しや、胸が開けたと障子を引き立て勝手へと出て行った。

 折こそあれ、門に、物もう頼みましょう、何方と答え、入るのを見れば千世の夫の半兵衛。さてこそ、

縁を切りに来た、と思う心で口どまぐれ(詞までまごついて)、去り状様、よう御座ったと言うのだが、相

手は何も気がつかないで、旅装束のままで笠を取り、沓脱ぎ場に草鞋の紐、心も解けたのか、お軽様、何

方も変わることはあるまいな。国元へ帰る時分については事が急で、何も知らせずに居ります。気につか

ない親共で留守の内にもさぞや御無沙汰致しておりましょう。

 拙者も遠州よりただ今罷り帰りました。

 ふう、それはな、御奇特にようお帰りなされましたな、と顔を背けて鼻あしらい(ぶあしらい)。男共、

女共、誰かお茶でも上げぬかと、内にはいない人を呼び立てて、無益し顔の色合い(バカバカしいと言っ

顔色)だ。

 それを見て取りながら半兵衛は立つにも立たれず、仔細は分からない。互いの心を隔てている障子をさ

っと開けて姿を現し、姉様、お薬温めてと言ったのは女房、やあ、お千世、此処にいるのかを聞き捨て

て、物も言わずにつっと入り、障子をはたと引き立てた。

 お軽様、あれは女房、何時から此処に、何故に物を申さないのかと騒いでも、物を言わない譯を聞きた

いのならこなたの心に訊きなさい。人が知った事のように、ははははは、可笑しい事ではあると、空笑い

をして取りつく端もない。

 むうむう、とばかり差し俯むいてと胸を突くより(以外の感にあきれるばかりなのだ)他はないのだ。

 奥では親が苦しそうに咳込む声がする。

 夜が短くて日が長いのは老人の身には良いけれども、それも息災で駆け回っている時の事、病み惚けて

日が長いのははてさて、退屈で暮らしかねる。千世よ、棚の本を下して何なりとも読んで聞かせてくれ。

軽は何処に居るのだ、来て聞かないか。我が相手をしろ、こうしろと忙し気に老いの気の苛立ち、あいあ

い、此処で仕事をしながら障子を隔てて聞きましょう、と答えた。

 流石に半兵衛を捨てても立てないで、障子の側に立ち寄れば、や、親仁様は御病気か。容態が見たいと

言おうとしたが、お軽と千世のそっけないあしらいに憚って、言葉を止めて折を待ち、共に摺り寄り聞い

ている。

 千世は多くの本を取り出して、伊勢物語、塵劫記(じんごうき、当時に広く行われていた算術書)、父様

の側に有るまいと思われる心中天の網島もござんする。徒然草や平家物語、のう、父様(ととさま)どの本

がよかろうぞ。姉が読みさした平家がよい。祇王の段を読んでくれ。

 まことに紙を付けた所がある、と押し開き、母の刀自泣く泣く又教訓しけるは、天(あめ)が下に住まん

者どもこうも入道の仰せは背くまじき事であるぞよ。千年万年と契るともやがて別れる仲もある、あから

さま(仮初)とは思えども存(ながら)え果てる事もある。世に定めなき物は男女の習いなり。

 ほんにそうじゃと、読みさして、わが身に当たる憂き涙を止め兼ねて泣いているのだ。

 父も不憫さに目をしばしばさせ、昔も今も人の気の移ろいやすいのは世上の習い、これ、姉も聞け、平

家物語を千世の身に引き比べて言う時には、清盛入道は八百屋の半兵衛、祇王は千世の身の上よ。その清

盛が心変わりして追い出す。ええ、憎や、清盛、去年聟入りせし折から不調法な娘を進上してしまった。

気に入らないことがあれば打ち叩き、縛り括ってでも直させて末々までも見捨てずに添うて下されかし。

この度は揃って三度の嫁入り、在所は一緒所で世間が狭く何事も直ぐに知れてしまう。又帰って来ては平

右衛門再び人中に面が出されない。娘は気に入らなくとも父親のわしを不憫と思い、必ず去って給わる

な。

 おお、去るまい、去るまい。御臨終の折には先輿は平六殿、跡輿はこの半兵衛、真実の子を持ったと思

(おぼ)し召せ。今こそ町人八百屋の半兵衛、元は遠州浜松にて山脇三左衛門が倅、武士冥利に商い冥利(ぶ

したるの名誉にかけて町人商人の面目にかけて)、千世は去らせない、気遣いするな。

 ああ、忝いと手を束(つか)ね、地頭や代官の外には一生下げぬ頭を下げて互いに契約した。物忘れをす

る老いの身にもその時の嬉しさは骨身に沁みて忘れぬものだ。若い形して忘れてしまったのか。忘れない

証拠、その身は実父の弔いにかこつけて、遠州に出躱(かわ)し、そのあとで姑に追い出させ養母の親に自

分の罪をなすりつける不幸者、義理も法も知った奴か、あれが何の武士の果てだ。鰹節の削り屑、人でな

しめに縁を組んであたら娘を捨てたも同然。碌に吟味もしなかったのかと、死んだ千世の母があの世から

恨んでいるだろうに、悔しい限りだと慎み深い堅親仁が悪口交じりに口説き泣き、二人の娘も正体もなく

涙に暮れる。

 とかく男に縁のない生まれ性かとばかりにて、声も惜しまずに泣いている。

 さては、女房は去られて此処に戻ったかと始めて驚く半兵衛。胸に盤石を据え置いたかの如くに、呆れ

返つて涙も出ずに暫くは詞もなかったのでが、ええ、情けない、女房、たとえ一言一宿の附き合いでも人

の心は知れる物。ましてや足掛け二年の馴染みだ、子までなしたる夫の心を知っても言い訳をしてくれな

いのか。親仁様のご立腹に申し開くことは承知しているが、我が罪を養い親に塗り付ける不幸者との一言

からはゆめゆめ存ぜぬ。我らは去りは致さぬと申し分ける程に不孝の上塗りになる、親仁様に約束した詞

には背かない。武士の性根を見せる、見て疑いを晴らしなされとずはと引き抜いた脇差、それを見てお軽

は早くも縋り付き、千世も驚いて、のう、悲しや。こな様に恨みはない、と障子を引き開けて走り寄り、

止めても止まらぬ男の力、父様(ととさま)お願い申しますと、騒げど騒がず平右衛門、お身が居ると知っ

ての当て言、耳に止まっての自害か。

 おお、よい分別だ、自害して死んだらば、あれ見よ、八百屋伊右衛夫婦、嫁を憎んで去ったので、子

は面当てに自害したと養子に悪名難を付けて、口々に噂をして取沙汰すれば手柄、手柄。止めるな娘、存

分に自害させろ。見物してやろう、との一言に孝心深い肝を拉(ひし)がれて、はあ、そうじゃ、謝った真

っ平と額を擦り付けて身を悔やみ、然らばお暇致す。千世も同道せよ。いざ、お立ちやれ。

 えい、やっぱりわしを女房に持って下さんすか。おお、たとえ死んでも、体も戻さない、尽未来まで夫

婦、夫婦。

 ああ、忝い、父様、姉様も喜んで下さい。と、早くも締めなおす抱え帯、平右衛門はその帯の先を手元

に手繰り寄せてにじり寄り、父ははらはらと涙に咽び、半兵衛、これを見ろ、このしどけなさ(とりとめの

なさ)帰ろうと言う一言で嬉しくて親の病はそっち除けで悦んでいる顔を見よ。その娘の悦ぶ顔を見ている

親の心の内の嬉しさを叶うならば見せてやりたい。禮も言いたいぞ、取り締めのない愚か者伊右衛門夫婦

の気には入るまい。頼むのはそなたの心ひとつだ。

 親は老いて明日も知れない、黄泉路の底の底までも、心に懸かるのは千世一人。明日の日に瞼を閉じた

としても姉夫婦にきっと言い付けて、十両や二十両の金の遣り取りならいつ何時なりとも事欠かせない。

随分と商いを手広くして娘の事を頼み入る。

 契約の盃事をしよう、銚子、銚子、姉よ酒を切らしたのか。親子の仲に遠慮はないぞ、酒と思って飲め

ばそれがとりもなおさずに酒だ。燗鍋に水を入れて来いと、盃が出る間も焦がれるのは子故の闇、引き受

け引き受けてずっと干し、半兵衛さそう、親子夫婦が水盃、差しつ差されつ、酌めども尽きぬ、飲めども

酔わぬ水酒盛り。

 不憫と思う親の気は余って色に出たのだ。命があれば又会おう。死んだなら親子の末期の水だ、未来は

八功徳池の水、この世に思い置く事はない。二人ながらにお往にゃれ、お往にゃれ。

 さらばと夜着に打ち凭れて二度とは詞をかわされれぬ。親の心に身を恥じて、姉に細々と言い交わして

思いを述べて立ち出でた。

 しばしと父は起きあがり、姉のう、重ねて戻らぬように祝って内で門火を焚け。忌々しいとは思うのだ

が、親に従う焚火の煙、めでたく此処から焚きますと、庭に焦がれる下燃えの果ては夫婦の無常の煙、灰

になっても帰るなと、その一言をこの世の名残、留まる名残、行く名残、長い名残となったのだ。





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最終更新日  2025年05月13日 20時53分10秒
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