近松の作品を読む その六十四
さては、是非にも婿を取って妹に所帯を渡すつもりなのだな。 おお、渡す。むう、よくぞ言ったな。道知らずめと立ち上がって俯向けに踏み退けさせた。肩骨背骨をうんうんうんうんと踏みつけた。 のう、兄様、悲しや、浅ましやと妹が縋れば、おかち構うな、あいつの腹が癒える程存分に踏ましゃ、踏ましゃ。と、身も働かず座も去らず。 妹は堪えかねてあんまりな兄様、わしは何も知らぬ者、死霊の憑いた顔をして、このようにこのように言って下さいな。それからは商いにも精を出して、親達に孝行尽くし、逆らうまいとの誓文立て(誓をたてての申し入れ)、それば嬉しいばかりに病みほほけたこの態(なり)で、怖い怖い、恐ろしい死人の真似して嘘をつかせ、父(とつ)様を踏んだり蹴ったり、それが親孝行か。 年寄った父(とと)様、目でも眩んだら、それはそれは承知しませんよ。と、言いながら縋り付き取り付き泣き喚けば、いき女郎め、この企みは口外しないと誓を立てて約束したのに、この憎い頬桁、死霊よりもこの與兵衛と言う生霊の苦しみ。覚えておけよ。そう言って同じくがばと踏み伏せたのだ。 病み疲れた妹を踏み殺すのか畜生め、と取り付く父(てて)親をはったと蹴り飛ばし、腹が癒えるほどに踏めと言ったな、これで腹が癒えたぞ。 顔も頭も別ちなく散々に踏む最中に、母が立ち帰って、はっとばかりに薬を投げ捨て、與兵衛の髻を引き掴んで横投げにどうどのめらせて、乗りかかり、目・鼻を言わせない握りこぶし、やい、業晒しめ、提婆(ていば、提婆達多、釈迦に敵対した極悪非道の者)め、たとえ相手がどの様な下人下郎でも踏むの蹴るのはしないものだ。徳兵衛殿は誰じゃ。 おのれが親、今の間にその脛が腐って落ちるのを知らないか。この罰当たりが。疎ましや(情けないことだ)、疎ましや。腹の中から(生まれ附き)盲で生まれ、手足が不具(かたわ)な者もあれど魂は人の魂(心だけは人間の心を備えている。おのれの五体(身体)何処を不足に産み付けたか。人間の根性を何故に下げないのだ。父親が違うので母の心が僻(ひが)んで僻みの根性を吹き込んだと言われたくないと、差す手引く手に(もとは舞いの手に言うが、ここは一挙手一動に気を揉むの意)病の種。おのれが心の剣で母の寿命を削るわい。 おのれは先度も高槻の伯父御がお主の金を引き負ったと、ようもようもこの母をようもようも、ぬくぬくと騙しおったな。たった今、兄の太兵衛と行き合い、おのれが野崎での暴れ故に侍の一分が立たずに浪人して大阪に下るとの便(たより)、おのれの嘘が露見したぞ。あの時に母がうっかりと親仁殿に話していたならば後で嘘と分かった時に親子で共謀したものと疑われていただろう。夫婦の義理も欠け果ててしまったろうよ。 内でも外でもおのれの噂は碌な事は一度も聞かない。そのたびごとに母の身の肉を一寸づつ削いで取るような因果晒し目(業さらし、前世での悪業の報いとして現世で受けた恥を世間に曝け出すこと、また、その人。人を罵倒して言う語)め。半時もこの家に置くことは出来ない、勘当じゃ、出て失せろ。 出去れ、出されと、打ったり叩いたり、叩く片手で涙を押し拭い、手の隙はないのだ。 この與兵衛にはここを出て行くところがない。おお、おのれが好いたお山の所にでも出て失せろと、小腕を取って引き出す。 のう、兄様を追い出してわしがこの跡を取る事は嫌です。堪えて下されと取り付けば、何を知っているのだどいておりなさい。これ、徳兵衛殿、きょろりと見ていて誰に遠慮をしておられるのですか。ええ、歯がゆい、叩き出してくれんと天秤棒を取り出して振り上げれば、ひらりと外して引っ手繰り、この天秤棒で和御料(そなた)を打(ぶ)つとはたはたと打ち付けた。 徳兵衛が飛びかかり、天秤棒をもぎ取り、続け打ちに七つ八つと息もさせずに打ち据えて、はったと睨む目に涙。やい、木で造り土をつくねた人形でも魂を入れれば根性がある。耳があるのならばよく聞けよ。この徳兵衛は親ではあるが主筋と思い、手向かいせずに存分に踏まれた。所が今見れば腹を借りた産みの母親に今の様、打ち打擲した。脇から見ていても勿体無くて、身が震えた。 今打ったのもこの徳兵衛がやったのではない。先代の徳兵衛(與兵衛の実父)殿が冥途から手を出してお打ちなされたと知れ。おかちに入婿を取るというのは跡形もないこと。ええ、無念だ、妹に名跡を継がれては悔しいと恥じ入り、根性も治るかと一思案しての方便だ。あの子は他所へ嫁入りさせる。気遣いするな。他人同士で親子となったのは前世からの深い因縁が重なってのことと思い、可愛さは実子の倍、お前が疱瘡に罹った時に、日親様(日蓮宗の高僧。京都本法寺の開祖。大坂生玉の正法寺はその末寺で、そこに日観堂があった。ここはそれを指す)に願をかけ、代々の念仏捨てて百日法華(他宗の者が病気などの平癒を祈るために一時法華信徒になること)になった。これほどに萬に面倒を見て大きな家の主にもと丁稚も使わずに重い物も自分で担ぐようにして稼いでいるが、お前が片端から浪費する。 ええ、うぬ、今の若さの盛りだ、人働き稼ぎ、五間口、七間口の門柱の主となろうと念願を立ててこそ商人だ。間口がたった一間半しかない店構えを譲り受けたいと、母に手向かい父を踏みつけ、行き着く先々で偽り、騙り事ばかり。その根性が続いたなら門柱など思いもよらない。獄門柱の主となるだろうよ。 親としてはそれが悲しいと、わっと叫び入りければ、ええ、じれったい、徳兵衛殿、石に謎をかけるように口で言って聞く奴ではない。出て失せ、出て失せ。グズグズしていると町中寄せて(町内の年寄り・五人組などを指す。勘当となれば五人組に届け出て立ち会って貰うのが例である)追い出す。 又、追い取って母が突っ張る天秤棒の先、怖い目知らぬ無法者、町中と言う言葉にぎょっとして胸の応えた当惑顔。 のう、兄様を出して、私は後には残りません。と、縋る妹を押しとどめて、きりきり失せろ。天秤棒が喰らい足りないかと、振り上げ、擦(こす)り出されて越える敷居の細溝も、親子の別れの涙川。 徳兵衛がつくずくと後ろを見送って、わっと叫び声を上げ、あいつの顔つき、背格好が成人するに従い死なれた旦那様に生き写し。あれ、あの辻に立った姿を見るにつけて、與兵衛めを追い出すのではなくて旦那を追い出す心がして勿体無い。悲しいわいと、どうと伏して人目も恥じずに泣く声に、憎い、憎いも母の親を嗜む涙を堪えかねて、見ぬ顔ながらも伸び上がり、見れども余所の絵幟(のぼり)に息子の影は隠れて見えないのだ。 下 之 巻 葺き馴れた、年も久しいのそれではないが、庇の蓬菖蒲は家毎に、幟の音がざわめくのは、男の子を持った印なのであろうか。 娘ばかりの豊島屋(てしまや)は亭主は外の売掛金の取りたててで外出中、お吉は家内の片づけやら細々とした支払いやら、その間には油も売るで、一人で忙しく立ち働き、三人いる娘の世話、まあ、姉からと櫛笥(くしげ)を取り出して解櫛(ときぐし、髪を解くのに用いる歯のまばらな櫛)に、色香を揉み込む梅花の油、女はや、髪より形より心の垢を梳き櫛です。嫁入り先は夫の家、里の住み家も親の家。鏡の家(鏡匣・かがみばこ を言う)の家ならで(女が自分の家と呼べるのは 鏡の家 名義だけのものよりほかには無い)、家と言うものはないけれども、誰が世に許して定めたのか、五月五日の一夜さを女の家と言うぞかし。 身の祝い月祝い日に、何事もなかれと撫でつけて髪を引く油津(ゆづ、五百津、歯が多く隙間の詰まった櫛、その歯が欠けるのを忌んだ)の爪櫛(つまくし)の歯の、はあ、悲しい、一枚折れた。 呆れてとんと投げ櫛(櫛を投げることも、不吉の前兆とした)は別れの櫛とて忌むことですと、口には出さずに気にかかる。 何を告げるのか、黄楊(つげ)の小櫛(おぐし)なのか。売掛金も十の内で七を済まして、七左衛門大方寄って中戻り、ああ、思いのほか早い仕舞、内の払いもさらりと仕廻い、両替町の銭屋から燈油(ともし)二升に梅花一合、今橋の紙屋から通い(通帳)を持って燈油を1升、当座帳(覚書として一時書きつけておく帳面。書込帳)に付けて置く。まあ、洗足して早くお休みなさい。明日は疾うから禮に出さしゃんせ。 いやいや、早くは休めない。天満の池田町に行かねばならない。ふう、いやいや、気疎いももうよいわいな。池田町は北の果てだ。近くの掛けへ寄ったならば、後の取り立ては節季が過ぎてからにしたらよいわいな。 そなたは何を言うのだ、節季に寄らない銀が過ぎてから寄ったためしなどない。今日暮れてから渡そうと詞をつがった(確かに約束した)。もう一走りして行って来よう。この内飼い(金を入れる胴巻き)に新銀(享保銀)五百八十目、財布の銭も戸棚に入れて、錠を下ろして置きなさいよ。直に帰ってくると立ち出ようとした。 申し、申し、そんなら酒を一つ、姉や、燗をして進ぜなさい。と自らが立って戸棚に近づき酒を徳利からちろりに移せば、あ、こりゃこりゃ、燗をしなくと大事ない。肴も盃も要らない。中蓋(なかがさ、中くらいの大きさの椀の蓋)を添えて持って来い。夜は短い、気が急く。そこから注げ。 あい、とは答えたものの座ったままでは手も届かないので、立ち上がって注ぐ方も受ける方も立ったままなので、お吉が見つけて、それは何ですか忌々しい。子供は頑是が無いにもせよ、立ち酒を呑んで誰を野辺送りするのですか。あ、気味が悪いと言われて夫もちゃっと(素早く)腰を掛けて、取り直して、掛けを乞いに行く門出に、売掛金の取立てがはかどるようにと祝って飲む酒、この世に残らぬ、残らぬと祝い直せば直すほどになお哀れと、世の長い別れと出て行った。 母を見習う姉娘は夜の衾を敷きながら、御座(寝むしろ)よ、枕よ、蚊帳の吊手は長いのだが、届かない足ではないが、短かい夜である。末娘のおでんを十分に寝かしつけて、母(かか)様もちとお休みなされと言ったところ、おお、でかしゃった、父(とと)様もまだ遅いであろう。蚊帳のうちから表は母(かか)が気をつける。我が身もねねしや。 いえいえ、私は眠むたくは御座らぬ。言いつつも寝入ってしまうのも大人しい。 この節季を越すに越されない河内屋與兵衛、菖蒲帷子(端午の節句から五月一杯着る)を新調の手筈も狂い、見窄らしい古袷の姿で、心だけが広い、広袖(袂の部分を縫い合わせていない袖)で下げた油の二升入り、一生差さない脇差も今宵鐺(こじり、刀剣の鞘の末端)の詰まりの分別、勝手を知っている豊島屋の門の口を覗く。 その後ろから、與兵衛ではないかの声。お、與兵衛じゃが誰じゃと振り返る。上町(うえまち)の口入れ(金銭貸借の仲介者)の綿屋小兵衛。あ、此方(こなた)は順慶町に行けば本天満町の親御の所へと言われる。親御に行けば追い出した、ここには居ないと有る。貴様は留守でも判は親御のもの。新銀壹貫目、今宵が延びたら明日は町に断る。 はて、ここな人は意地が悪いな。手形の表こそ壹貫匁、正味は二百目、今宵中に済ませば別条ない約束ではないかいの。 されば、明日の明け六つまでに済めば二百匁、五日の日がにょっと出れば壹貫匁、もと二百匁を壱貫匁にして取ればこっちの得のようではあるが、親仁殿に非業の金を出さすのが笑止さに、そなたの方の為を思って催促するのだ。今宵きっと済ますのだぞと、凄んだ。 小兵衛、こりゃ、念を入れるな、河内屋與兵衛は男だ。男だ、当てがあるのだよ。鷄が鳴くまでには持って行く。眠たくとも待ってもらおうか。 はて、今宵済まして入用ならば、明日また直ぐに貸すわいの。こっちも商売だ、壱貫目や二貫目は何時でも用立てる。 その男気を見届けた、と詞で與兵衛が首を絞める。かくて綿屋小兵衛は帰ったのだ。 與兵衛は見事に受け合う事は請け合ったのだが、一銭の当てもなし、茶屋の払いは一寸逃れ、抜き差しがならないこの二百匁、有る所には有ろうがな。世界は広い、二百匁などは誰かが落としそうなものじゃと、後ろを見れば小提灯、河と言う小文字はこっちの親仁様、南無三方と表戸を閉めた豊島屋の店先に平蜘蛛のごとくにぴったりと身を付けて身を忍ぶのだった。