「陰陽師」を楽しむ上で、必要不可欠な「呪(しゅ)」。 一体、何のことかわかりませんね(?_?) ここは博雅くんと一緒に晴明様の講釈を基に 紐解いてみましょう!
ステップ1【入門~中級編:エンターテイメントで見る呪】 「呪(しゅ)」とは、そもそもややこしい。 だから、初めて呪というものを楽しんで見てみるには「映画(DVD)」を見てしまうのが手っ取り早い! それにはまず字幕付で見ることが肝心です。 邦画なのに日本語字幕?そうなんです、あるんです、ちゃんと。 結構、何度も見た私でも字幕で見ると「ああ、そんな意味の呪だったのか」と気づかされることが多いのです。 ◆2001年10月公開の1作目「陰陽師」より少し紹介してみましょう◆ 「入式神見幻夢~にゅうしきしんけんげんむ~」 シーン:陰陽寮の陰陽師が出席しなければならない「奏聞(そうもん)の儀」をバッくれて(本当は綾子更衣の相談を受けていたんですが)内裏内をウロついてる安倍晴明。 殿上人に見つかり「あそこにいる蝶の命を手を触れずに奪ってみよ~」とからかい&面白半分に言われる。 そこで晴明が「俺を試すのか?全く・・・しょーがないな」という表情でかける呪術がコレ。 傍にあった葉を摘み「入式神見幻夢~にゅうしきしんけんげんむ~」と唱え息を吹きかける すると・・・・・・・・・・ たちまち、蝶は真っ二つ!! 「ひぃぃぃぃ~。」驚いた殿上人たちは恐ろしさのあまりその場を立ち去る・・。 ・・という、こんな有名な晴明伝説を基にしたシーンが出てきます。 そりゃ殿上人もビビりますよねぇ。本当に手を触れずに蝶を殺してしまったんですから。ひょっとしたら自分も殺されちゃうかもしれないもん。 だけど、本当は殺したかのように見せかける「呪」をかけたんですね。 どういうことか?「入式神見幻夢」・・・この漢字(字幕)を見るとその謎が解けます。 おおよそ【式神に「葉に入り、蝶が真っ二つに引き裂かれたように幻を見せてみよ】と呪をかけ命令したのでしょう。 その後に、そこにいた蝶は晴明の式神として再登場します。これが蜜虫(今井絵理子)。 まず、呪(しゅ)についての入門編は映画や小説、漫画などで見る晴明さまのエンターティナー的な部分から入ると、ちょっと分かった気がして面白いはず!! 参考:陰陽師小箱〔月夜のウサコ様HPより"物語"〕へジャンプ ステップ2【中級編~上級編:理論で考える呪】 ◆同じく映画「陰陽師」より◆ 博雅:「お前の言う呪とは一体何なのだ?」 晴明:例えばこの世で一番短い呪は名ということになりましょうか。」 博雅:晴明とか博雅という名のことか 晴明:はい、あなた様は源博雅という「名」によって縛られている・・・ その名がなければ・・・」 博雅:私はこの世にいなくなってしまうということか? 晴明:いいえ、その名がなくてもあなた様がこの世からいなくなると いうことではありません」 博雅:一体何を言っているのかわからぬ・・・ と言うシーンで呪についての『晴明様のワンポイント講座』がされている。 世の中の全てのものは 「名前(=人であれば姓と名の二つ)」という呪で縛られている。 つまり姓は過去(先祖代々)から続いてきた呪であり、名は生まれたとき、または自分で名乗ったときから未来へ向けてどう生きるべきかという呪がかけられている。 石には「石」の、砂には「砂」という名によって呪がかけられていると考えられる。ただ、その名がなくなったとしても、この世から存在自体が 消えてなくなるわけではない。 例えば、その「石」に晴明のような力のある陰陽師などが「おまえは、蛙だ」と呪をかければ石はたちまち「蛙」へとその存在を変えてしまうことだって出来る。 また晴明はこの世で 一番強い呪は「相手への理解」と「優しい言葉」である、とも教えてくれている。 その実践授業の代表が、 コミック版「陰陽師」第1巻「玄象といふ琵琶 鬼のために盗らるること」 に書かれている。 醍醐天皇の秘宝「玄象」という琵琶を盗み出した漢多太(鬼)は、故郷への愛着と宮中で見かけた玉草という女官に心を奪われ、成仏できずに羅城門で日々玄象を弾いてこの世にとどまっていた。この漢多太に対し晴明は、特別な呪術などを使わずに、 「なあ、あの琵琶はよかったなぁ」 と優しい言葉(呪)で語りかけることで、鬼(漢多太)の心を落ち着かせ癒したのだ。 晴明は俗世に興味がないといいつつも、愛情溢れる陰陽師だったに違いない。 【あめみこ「呪」に想いを馳せる】 花や草木に「元気に育ってね」と毎日話し掛けることにより、生き生きと育つ、なんて話を聞いたことはありませんか? やはり言葉は最上の「呪」なのです。 私たち現代人の日常も「呪」によって縛られているのではないでしょうか。 「自分はこうあるべき、他人もこうあるべき、こうでなくてはいけない」と思い込んだりするのも、強い呪にかかっているのかもしれません。 そういった呪に縛られず、晴明のようにニュートラルに生きられると、もしかしたらいつも怒っている人も穏やかに過ごせるのかもしれません。 この呪というもの。奥深い・・・。 この他、安倍晴明さまが映画や小説、コミックで魅せる 『呪(しゅ)』の紹介も追々行っていきます。お楽しみに☆