オイディプス王観劇レポ「成長すればやがて父を殺すことになる」 「オイディプス王」観劇レポート ![]() オイディプス王FLET'S特設カウンターに飾られている舞台初日公演フォト (以下敬称略) 演出:蜷川幸雄 オイディプス(テーバイの王):野村萬斎 イオカステ(テーバイの妃):麻実れい クレオン(イオカステの弟):吉田鋼太郎 テイレシアス:壤晴彦 コリントスの使者:川辺久造 羊飼い:三谷昇 報告者:菅生隆之 神官:瑳川哲朗 他 ネタバレありです! 【開演までの道のり】 入った瞬間、目に飛び込んでくる照明。 目を前方へ向けると2002年前回公演の鏡張りの舞台とはまるで違った趣のセットになっていました。 石造りの宮殿。ここがテーバイ王の館。完全に古代ギリシャの世界へ迷い込んでしまったかのような雰囲気。前面鏡張りだった前回公演よりもこちらのほうが古代ギリシャの世界へ入り込みやすいかもしれません。 香が焚かれ煙が立ち昇り、館の入り口へと続く階段には生気を失った葉が覆っている。 ここからすでに、疫病と悪しき神に支配された国そのものの苦しみを感じ取ることが出来るのです。 私の座席は前から2ブロック2列目。 舞台までの距離は大体15メートルくらい?!オペラグラスを使用しなくても、割と役者さんのお顔は確認することはできました。 1.開幕 東儀秀樹さんが手がけたオイディプス王の音楽が静かに場内響き始め、白い紙面を被ったコロスたちが嘆願の小枝を手に舞台に登場。 この小枝にはよく神官が持つお馴染みの玉串が巻きついており、とてもアジアンチック。 2.オイディプス王登場 「わが市民たち、カドモスの国テーバイの末裔たちよ!」 心臓の奥深く響く素晴らしい声と共についに萬斎さんのオイディプスが登場。(かっ、かっこいいっ) 神官から事の成り行きを黙って聞いているオイディプスの表情は苦悩に満ちて険しい。 【衣装:前回との比較】は前回よりもシンプルで、肩から袖にかけて赤い紐飾りもなく首飾りも小さなものに変っている。上衣の後ろのデザインは前回と同様でイオカステとお揃いのものでした。 私は比較的シンプルなこちらの衣装ほうが、好きかもしれません。 3.コロス嘆願の舞 6/3はは東儀さんの出演はなく、高橋さんという方が舞われました。 指先にまで神経が行き届いたその舞は神秘的で美しかった。基本的には前回と似た雰囲気の舞のように思えたけど、少しアレンジが入っているのかもしれません(?) 独舞を行うコロスの回りを嘆願者が笙を吹きながら回り始め、幻想的な世界に誘われていきます。 【前回との比較】基本的に同じシーンのようですが、笙を吹き鳴らし円を描きながら回るコロスたちは、全員膝を曲げ腰の重心を落とし歩いていました。これはかなり負担が大きく大変かもしれませんね。 4.クレオン登場 お馴染みの吉田鋼太郎さん演じるクレオン。 衣装はオイディプスに合わせ、飾りも前回公演よりもシンプルなものになっています。 【前回との比較】神託を携え帰ってきたクレオンが頭につけてきた月桂樹の冠は少しバージョンアップ?したように思えます。2002年のものは、何だか不出来だったように思えたから(^^; クレオンのキャラクターについてはプログラム中の吉田さんコメントにも書いてありましたが、「雄弁者の国の芝居」ということを意識してされているということです。 怒りと絶望を前面にオイディプスへ押し出すのではなく、論理派クレオンとして甦りパワーアップした感じでした。 5.テイレシアス登場 ここでのオイディプスとの押し問答は、前回公演よりも台詞は短めに感じました。 【前回との比較】オイディプスからは真実を話せと迫られ、真実を口に出来ず困り果てた挙句、オイディプスから発破を掛けられ大声で口論となる。 少し予言者にしてはオーラが足りないかな?という雰囲気が前公演時テイレシアスのイメージ。 今回は予言者としての威厳を称え、堂々としたテイレシアスでした。オイディプス王に罵倒されながらもさして激しい逆上もせず、話し口調も低音静かに悲劇王の運命を語る。 その様子は普通の人間よりも長寿を生きている(※)からこその落ち着きかと思わせます。 衣装については前回公演では羊飼いやコリントスからの使者との見分けがつかない色合いで、ただ首に鳥の羽を纏っていることから、「鳥占い」を得意とする予言者をイメージしていたように思います。 今回のテイレシアスは黒い衣装を身につけ、僧侶のようにも見え、また重々しい雰囲気を纏っている。 ※テイレシアスって何者?の豆知識・・・神話によると男性と女性、両方の性を体験した人物だとされている。ゼウス(男性の神)とヘラ(女性の神)に「男と女、どちらが性の悦びが大きいか」と質問され「女性」と答えたことを、ヘラが激怒しテイレシアスを盲目にしてしまった。逆にゼウスからは「予言の力」と「長寿」を授けられた。 ※2004年公演のテイレシアスのキャストは壤晴彦さん。知る人ぞ知る狂言大蔵流 茂山千五郎さんに師事していたこともあるお方。この公演では和泉流、大蔵流(元)の狂言師が立ち並ぶ舞台となったわけですね。 6.オイディプスとクレオンの言い争う声を聞き、イオカステ登場 衣装は前回公演とほぼ同じで白を貴重としたものとなっている。上に羽織る衣はオイディプスと同じ模様のもの。 王妃の気高さ、強さ全て兼ね備えているように見える。さすが麻実さん。 彼女のデコルテは白い肌がとてもキメ細やかで、登場の瞬間は「ほぅ」っと息を呑むほどの美しさ。 7.暗雲立ち込める記憶に襲われるオイディプス イオカステとの会話の中に少しずつ開けてくる真実と、自分自身の暗い過去と不安に囚われるオイディプス。苦悩の表情を浮かべ、また時には一光の望みはあると信じる萬斎オイディプスの演技、感情の移り変わりはさすが。 そんな王を温かく包み込む麻実さんのイオカステはまるで女神のように優しかった。 【前回との比較】オイディプスの育った土地、コリントスでの出来事、自身が受けた信託、テーバイへ向う途中の三叉路での出来事を語り始める。前回は殺人の過去を話し終えたとき、興奮し眼前の棒を振り回し舞台下へ降りる階段へ座り込む、という「動」が目立つシーンでしたが、今回は全てを話し終えそのまま「静」の状態で終わりました。 8.館にオイディプスと共に入ったイオカステ再び登場、そしてコリントスからの使者登場 前回はお香をくべていたが、今回はコロスが持っていたものと同じような玉串を持ち捧げる。コリントスからの使者は前回公演と同じ役者さん。この辺りはあまり変更はないように思われた。 9.オイディプス再び登場。イオカステ真実を知る オイディプスが実はテーバイで生まれたという事実が判明する。 「神々にかけて、もうこれ以上は詮索するのはおやめなさい」と懇願するイオカステの演技は涙を誘う。私も泣いてしまいました。 DVDでは 「ああ、なんてかわいそうに。あなたにはもうこの言葉しか言ってやれない」と言っていますが、今回の公演では 「ああ、なんてかわいそうに。おまえにはもうこの言葉しか言ってやれない」と言ってました。 オイディプスとイオカステの最期の会話となるこのシーンは、イオカステの視点で見て、夫として接してきた関係がここで、母と子の関係となった重要な台詞なのではないでしょうか。 9.羊飼い登場。オイディプス、ついに出生の秘密と神託のとおりとなっていたことを知る お妃イオカステが我が子を殺し捨てるようにと命じた過去を知ることになるシーンでは、萬斎さんのオイディプスは痛々しいほどの苦悶の表情を浮かべていた。もう彼の演技に目が離せない。 10.報告者登場 「オイディプス王」の観客は神の視点を与えられていると言われています。 でもここでは一転して自分が報告を受ける嘆願者コロスと同じ立場にいるような気がしました。 前回と同じ重要な報告者を演じる菅生隆之さん。ギリシャ劇では人が死ぬというシーンは観客に見せない手法を用いるとされています。 その上で、観客が見ていない部分で一体どんなことが行われていたのかをどれだけリアルに観客に伝え引き込むかが、この報告者の力量だと言われています。 この公演中菅生さんの報告により、館の中でオイディプスとイオカステを襲った惨劇がどんなものであったのか、観客の想像力を高める素晴らしい演技だったように思います。 11.鮮血のオイディプス登場 両手で天を仰ぎ、血だらけとなって登場するオイディプスは正視できないほどに痛ましい。 永遠に闇に覆われる恐ろしさ、両目の激痛がひしひしと伝わってきます。 「痛ーーい、痛ーーい、両目の激痛が絶えずこの身を襲う・・」 オイディプスの叫ぶ「痛い痛い」は、この劇中最も脳裏に残ってしまう台詞です。この日の公演ではいわゆる「裏声」で悲鳴にも聞こえるような叫びを観衆に投げかけた。 DVDをご覧になった方はお分かりになるかもしれませんが、地声で「痛い」と叫ぶよりも、遥かに裏声を使い悲鳴に近い高温で叫ぶほうが、オイディプスを襲うその目の激痛が体感できるほど。 これを見て、席を離れるギリシャ人はいないと確信してしまいます。 12.コロスの合唱 【前回との比較】前回は、観客席にまで下りてきて布が垂れ下がる紐を交互に張り巡らせる演出でしたが、今回は笙を吹きながら歩くというものでした。 13.クレオン再び見るも無残な姿となったオイディプスの前に登場 【前回との比較】「このように穢れた者を神にさらしておいてはいけない」と自分の上衣でオイディプスを隠していたが、今回の公演ではこういった演出はされていませんでした。 14.オイディプスの娘たち オイディプスが自分の娘であり妹でもある彼女たちを抱き寄せ泣くシーンは、完全に胸が苦しくて見ているほうも押しつぶされそうになるほど。 特に「この手はおまえたちの父の輝いていた眼をこんなふうにしてしまった・・・」と涙を流しながら語るシーンではすすり泣く方もいらっしゃったはず。。 15.終幕 16.カーテンコール カーテンコールは全部で3回でした。寄り添う萬斎さんのオイディプスと麻実さんのイオカステはお二人ともとても美しく本物の夫婦のようでした。 拍手鳴り止まぬ劇場で、萬斎さんは笑顔で観衆に手を振っていました。表情をもっとアップで見たいとオペラグラスの覗きたかったのですが、拍手もしなくてはならなくて、どうにもなりませんでした(笑)このときほど、手が4本あったらよかったのに・・・いや、それは怖いから誰か手を貸して~猫でもいいから・・・と思ったのでした(^^; ☆そのほか☆ 【オイディプス、クレオン、コロスなどが履いていた靴】 前回の公演では普通の靴底だったと思うのですが、今回の公演はみーんな厚底。10センチ位はあったのでは? だから結構オイディプスと裸足かサンダルのイオカステが並ぶと身長差が前にも増していたかもしれません。だけど、階段を下りるとき「くじいたり」したら大変だと・・・いらん心配をしてしまいました(^^; 【血糊】 報告者が「どす黒い血の雨が降り注ぎ・・・」と言う様に、鮮血というより前回公演(DVD)の血糊よりも「黒い血」だったように思います。同じ血糊であっても、もしかしたら照明の違いなどでDVDとは違って見えたのかもしれませんけども・・・。 萬斎さんの頬には赤い血飛沫だけが付いているのではなく、黒い血の塊のようなものまでこびりついている気がしました。すごくリアル・・・。痛々しい・・・。 【舞台】 役者の方は観客席に降りるような演出は一切ありませんでした。前回は完全に観客席に下りて来て役者さんを真横で見る、なんて羨ましい人もいましたが、今回はアテネ公演を見据えた演出であるためか上へ上へと、むしろ2階席に向けて発信する、そんな感じでした。もしかしたら1階席よりも2階席のほうが美味しいかも?? 【オペラグラス】 やっぱり観劇には必需品でしたね。忘れずに持っていってよかった・・。萬斎さんの汗ひとつひとつ、とんだツバ(爆)まで見えますもの(笑)お肌もとってもつややかで、とても38歳とは思えませんでした。 【オイディプス王髪型】 萬斎さんの髪型はやっぱりファンとしては気になるところでしょう?Bunkamuraのサイトで発表された初日舞台の模様の髪型は前髪が少し上がってすっきりしているようにも見えましたが、私が観劇した6/3は、前回と同様に少し逆立てた感じの髪型でした。 【髭】 口ひげ、顎ひげ、ありました。ちょっと薄っすらでしたけども。全部自前のお髭でしょうか?そこまでは分かりませんでしたけど。でも全く違和感なく見られました。もみ上げも結構長かったですね。 【プログラム】 販売されていたのはシアターコクーン限定>のプログラム(1800円)です。なかなか読み応えがあるものです。絶対に買いです! 福岡公演では福岡公演の、アテネはアテネのものが作られているのでしょう。世の中には全部手に入れる羨ましい人がいらっしゃるのでしょうか??他の公演のプログラムも見てみたいですね~ 【劇場で売られていたもの】 上記プログラムのほかに・・・ ■「オイディプス王ポスター(大)確か1000円かな(小)700円」 ■「オイディプス王Tシャツ 3000円(ちょっと高いですね)」 だけどスタッフが着ている黒いTシャツのほうがよかった・・ ■「東儀秀樹さんグッズ」・・・CDや著書、すごい沢山ありました。 ■「当然の萬斎さんグッズ」・・・狂言著書、DVD(藪の中、RASYOMON、子午 線の祭り、狂言でござるなど・・・)、萬斎さんインタビュー掲載の雑 誌、オイディプス王前回公演時DVD、何でもありました。なぜか「陰陽師 シリーズDVD」も並べられてました。しかも買っている人がいた(笑) 【全体を通して思うこと】 テーバイで最も高貴な血筋に生まれながら、テーバイで最も惨めに落ちぶれてしまったオイディプス。 神はなぜこんなにも惨い仕打ちをなさるのだろう。 何度観ても、終幕後は何とも言えない想いが頭を駆け巡っていきます。 そしてオイディプス。なんと壮絶で、なんと過酷な役でしょう。 これを東京、福岡、アテネ公演までの強行スケジュールをこなして行く強靭な精神力と体力の持ち主、野村萬斎さんには恐れ入ってしまいます。 他の方のご意見と同じになるかもしれませんが、ギリシャのヘロディス・アティコスでの舞台を念頭に入れて工夫、作りこまれた舞台演出となっていて、役者さんたち全てが天へ向けて声を発信する感じです。物語の進行や舞台、衣装に関してもシンプルに生まれ変わりました。 だけど、それが決して「物足りない」と思わせるのではなく、むしろベストになったのではないか?と思います。 「Simple is the Best!!」まさにそんな感じでした。 9月に発売される写真集、DVD発売もするのであれば絶対に購入してしまうと思います(^^) ![]() ![]() こちらの素敵な絵はDRAMA BOXさんのサイトよりご提供頂いております。 他にも様々な観劇レポート、素晴らしいギャラリーが沢山あります。こちらからどうぞ♪ 【追記】 この物語のあとにも更に物語りは続いている。こちらで、簡単にご紹介しましょう。 オイディプスは「すぐに国から追放してくれ」と懇願していたが、その希望は叶わず失意の中、宮殿の中で数年間の蟄居生活を強いられていた。 ようやく心が落ち着いた頃に国を追われ、以後は娘のアンティゴネに導かれて放浪のたびを続け、みじめに物乞いをしながら生きる。 そしてついにアテネの国境、コロノスの地でその苦難に満ちた生涯を終える・・・。 さて、オイディプスの息子、娘たちの運命はどうなったのでしょう。 息子たちは忌まわしい大罪を犯した父に対し嫌悪感を抱き、庇うこともしなかった。 これを強く恨んだオイディプスは将来、この兄弟が遺産争いによってお互いの手にかかって命を落とすよう呪いをかける。 結局その通りとなり兄弟はお互いにお互いを血で染める結末となった。 クレオンが結局テーバイの王となる。 オイディプスの娘の一人、アンティゴネはクレオンの息子、ハイモンとの結婚が決まっていた。しかしアンティゴネは国法を破り禁じられていた兄の遺体を埋葬したことにより、死罪となる。 ハイモンは深く悲しみ後を追い自殺。 息子を失くした失意で相次いで、ハイモンの母(クレオンの妻)も自らの命を絶つ。 一気に、クレオンは妻と息子、息子の妻を失ってしまう。 参考文献:構想社「オイディプス王」作:ソフォクレス 訳:山形治江 著より |