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カテゴリ:思想
さまざまに危機を迎える日本の精神的中核靖国神社は、そのたびに国民の努力と叡智と神慮にて守られてきました。ご英霊の思いを原点に国づくりをせよ、ここに立ち戻って国を防御せよとの深き神慮であります。
戦後、最大の危機は米軍の占領政策。以下、靖国神社のホームページ検索より抜粋。中には健全な理解者のあった事を再度確認しておきたい。 焼き払い計画を止めさせたカトリック神父の言葉 日本終戦後も靖国神社が存続したことについて、以下のような逸話が語られている。 1945年に日本を占領したGHQは、靖国神社を焼き払いドッグレース場を建設する計画を立てていたが、賛否両論が巻き起こり収拾が付かなくなっていた。そこでローマ教皇庁代表であり上智大学学長でもあったブルーノ・ビッテル(Bruno Bitter、英語読みでビッターとなっている場合あり)神父に意見を求めることになった。 ビッテル神父は「いかなる国家も、その国家のために死んだ戦士に対して、敬意を払う権利と義務があると言える。それは、戦勝国か、敗戦国かを問わず、平等の真理でなければならない」とし、「靖国神社を焼却する事は、連合国軍の占領政策と相容れない犯罪行為である」とまで言ったという。そして次の言葉で締め括った。 「靖国神社が国家神道の中枢で、誤った国家主義の根源であるというなら、排すべきは国家神道という制度であり、 靖国神社ではない。我々は、信仰の自由が完全に認められ、神道・仏教・キリスト教・ユダヤ教など、いかなる宗教を信仰するものであろうと、国家のために死んだものは、すべて靖国神社にその霊をまつられるようにすることを、進言するものである」。 この進言により靖国神社は焼き払いを免れたという。 以上。 無論、米軍の暴挙が通るはずなく、閉鎖などの指針が正式に打ち出されたら全国民が総決起し、占領政策は水泡に帰したであろうことは充分推測される。存立問題収拾の一つの誘い水の ごとき提起の一つである。 目に見える形で靖国空洞化があれば英明な日本人はたつ。目に見えないところでこれを相対化し、世俗化する策動があればこれを人は見抜けるであろうか。 政府の金を使い靖国を相対化し、批判の議論を巻き起こそうとする勢力が巧妙にこれを仕掛けたら果たして賢明な国民といえこの仕掛けを払拭できるか。公金を使ってつくった反靖国映画を公然化されてはこれが真実のすがたとして見られてしまうではないか。着飾った裏に垣間見られる鎧を見落としてはならない.「靖国」映画は表現の自由の問題でなく、日本間接侵略の問題である。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2008.04.02 08:52:30
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