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草莽の記    杉田謙一

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seimei杉田

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2018.12.20
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明治天皇に多大な影響を与えられた方は西郷隆盛公。その気高き人格が日本国家の根本を決定する維新変革の先頭に陛下自ら立たむとの御決意をお持ちになられた主要なる因となったのではと拝察いたします。

英邁な昭和天皇の教育を担われたのは幼き頃は乃木希典学習院院長、のちに陛下は東郷平八郎大将に指導されお育ちになった。御進講役には後に『人格高邁の国士』と評される杉浦重剛氏もつかれていた。帝王学の一環として倫理を進講された。我が岡崎の志賀重昴先生、三宅雪嶺らと政教社発行の「日本人」(のちに「日本及日本人」)を発行され、本来の「国粋主義」(日本の文化を粗末にしてはならないとの考え)を主張された方でもあります。

乃木将軍は明治天皇の崩御にあって殉死なされるがその数日前に山鹿素行の「中朝事実」を自ら書き写され陛下に献上なされ、しっかり学問を積むように語られたという。

では御父君の大正天皇への教育は。日露戦争で見事な戦いをなされてついに亡くなられた軍神橘周太中佐氏が担われたのでした。

先祖は楠木正成の血統を受け継いだ武士。

明治24年26歳の時東宮武官として皇太子殿下(大正天皇)の侍従武官として仕え 軍事学及び漢学、体操、武術、馬術、水泳のご教育に携われ殿下の御訓育に努められたのでした。

明治29年には台湾守備中隊長として台湾に赴任、郷民からも深く親しまれた 当時の台湾総督は乃木将軍であり中佐の乃木将軍敬慕の念は特に深かったという。

明治35年少佐任官後 名古屋地方幼年学校校長として赴任もされている。

 

橘周太中佐は病弱な大正天皇を厳しく教育なされ、体力をつけられた方であります。

大正天皇の皇太子時代、殿下は、相撲がお好きでよく「橘、相撲をとろう」と言われたという。他の侍従や武官は、わざと負けてやったりしていた。

 しかし、橘中佐は対等に力をだされた。勝負に手ごころを加えるようなことをしなかった。殿下に体力とともに、強い精神力を持って欲しいと願ったからでありました。

 

  殿下が15歳の時、5時40分から1時間の剣道の寒稽古を1月14日から30日間続けてやろうと言い出された。橘死はそのお相手をして、殿下が30日間皆勤され、合計170回の試合をされた時には、涙を流さんばかりに喜んだといわれる。水泳も海にて殿下を放り出して何度も力尽きるまで泳がせ、泳げるようになれば海中で足を引っ張るなど手荒な訓練をされて殿下を強き体にされたといいます。

 隊員を訓練するときも常に情熱を燃やす 特に将兵の精神教育に抜群の手腕を発揮し 常に部下には自らが模範となって厳しくも思いやりを持って接した 部隊の士官候補生たちには『誠心をもって兵に接しなさい どんなに暑くとも兵が休まなければ自分も休んではいけない 兵が汗を拭わなければ自分も拭ってはいけない 兵が部屋に入らなければ自分も入ってはいけない 部下と苦楽を等しくするならば部下は死をも厭わない 死を厭わないのは指揮官を深く信頼すればこそである』と常に諭していた

中佐の功績は多くの人の目を見張らせるものであり 橘は『部下を愛すること深淵底無きがごとし』と言われるほどになる 

 尊王第一の人物で部下の信頼も絶大。日露戦争にて武勲をあげながら銃弾まみれになりついに落命。その日8月31日は大正天皇のお誕生日。陛下の誕生日を祝いつつ戦地にて世を去られたのでした。

 

 明治天皇には乃木将軍の殉死。大正天皇には軍神橘中佐。絶命のきわには皇居に向かい大正天皇の誕生日を祝い亡くなられたのでした。

 昭和天皇には数知れぬ英霊の御霊が。阿南陸相は戦争継続を主張し軍の名誉を守り「一死以て大罪を謝す」の文字を残されて自決なされた。

 かくも勤王心あふれる軍人や学者諸氏が命がけで天皇陛下に忠を尽くされて陛下はその思いにお答えになられたのでした。

はたして今はいかなる人物が天皇・皇太子はじめ皇室に忠を尽くさんとご奉仕くださっているのか。

 宮内庁は決死の思いでお勤めになっているのか。昨今の情勢を見るに藩屏としての責務を果たされているのか不安にならざるを得ません。

 

岡崎中島には大正宮が八幡社の境内社として整備していただいています。

12月25日は大正天皇祭。クリスマスは2の次であります。

有志と大正宮に参拝してまいります。

 

 

今日は建国西尾市チラシ印刷完了。23日夕刻6時半より安城市民会館第5集会室にて建国事務会議。ボランティアくださる方、ご参加くだされば幸いです。


母を見舞う。まだ尿から菌が取れない中、いよいよ転院予定の明日が迫った。薬をいただくことでやっと転院許可が今日出していただく。何しろ市民病院までが遠く、日に何度も行くことができないため、自宅近くの病院に移るのだ。外科的治療は終わり、あとは脳内に残る血液が自然吸収されるのを待つことのようだから、転院しても大差なく回復への道を進むことができる。

 







Last updated  2018.12.20 00:00:03
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