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草莽の記    杉田謙一

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seimei杉田

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2019.02.06
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明日は北方領土の日。この地を取り戻すのは今に生きるものの重大なる責務。そもそもソ連ロシアが厚顔無恥にもこの地の主権が云々などと言える立場か。戦争終結直前のソ連の蛮行は断じて許してはならない。同時に北方領土が日本領土として主張できているのは、とりわけ占守島8月18日のソ連のの防衛にあたっていた豊橋ご出身の池田末男戦車隊長のご決断のおかげであります。8月18日のソ連の侵攻に対して応戦の決断をしてくださらなかったら北海道留萌以北の道北はソ連領になっていた危険性が高い。道民も多くシベリアの苦難を受けたことは予想できる。隊長はじめ士魂部隊九十六名の将兵の方の尊き犠牲があって初めて北海道本島は辛うじて守られた。無論4島は北海道の付属島であり、樺太千島のみならず北海道の4島を占拠しているロシアの不道義は許されるものではない。

その士魂隊の慰霊碑が三ヶ根山にある。ここを毎月はるばる名古屋から慰霊にお越しになっていた神谷さまも今は泉下のかたとなってしまわれた。生前病のお体でありながら、「どこへでも話に行くから」とおっしゃってくださった言葉を思い出す。

なんとしても4島返還を最低限、実現せねばならない。

碑文に曰く、

 士 魂 の 碑 由 来

 この碑は過ぐる太平洋戦争中皇土最北端の占守島をはじめ大東亜の各戦場において護国の英霊と化した戦車第十一聯隊(士魂部隊)関係者の霊を慰めその武勲を永く後の世に顕彰すると共に在りし日の戦友が冀った祖国の繁栄と人類の平和を祈願して元士魂部隊関係生存者が浄財を寄進し由緒深い三ヶ根山太山寺住職小笠原芳戒師の御懇篤な御配慮に拠ってこの地に建立したものである。

 士魂部隊は昭和十五年三月満州国東安省斐德に創設され満ソ国境警備の任に服する事四年昭和十九年二月転進命令により千島列島に上陸して皇土防衛に当った

 昭和二十年八月十五日部隊はポツダム宣言を受諾し一旦は矛を収めたが八月十八日未明ソ連軍が不法上陸攻撃を試みるに及び、自衛の為敢然起って適を迎え撃ち適に多大な損害を興えてソ連軍の野望を粉砕し終戦の歴史に光輝ある一頁を飾った。しかしながらこの戦斗に於いて士魂部隊は九十六名の将兵之犠牲を出すに至った。

 又ひとたび士魂部隊に入隊しながらあるいは中隊単位で又は単身他部隊に転属した戦友の中には比島、沖縄を始め各地の戦場に於いて士(さむらい)の魂を発揮して勇敢奮闘あるいは敵弾に倒れ或いは戦傷病等により若い命を散らしたのである。

 この碑を建立するにあたり士魂碑と銘し後世に伝える所以である。

   昭和五十二年十一月二十三日

                   士魂碑建立委員会

     士魂碑の碑文  元戦車第三師団長  山路秀男閣下謹書

 

毎月の清掃奉仕の際にはこの士魂の碑の拝礼は欠かすことはできない。

明日1時過ぎに参拝に行ってきたい。

 

中2のお子さんに明日は何の日かを聞いてみたが知らぬと、北方領土の日と語ると、「ああ今日授業があった。ソ連が占領していて、日本が敗戦時に一旦はサンフランシスコ条約で放棄したところだけれど、ソ連はこれを調印していないから権利はない。よって日本が返してくれないかと要求している島。だから所属はどちらともいえないとならった」と答えたのだ。「え、本当か」。私は驚いた。帰属がどちらの国ともいえない、などの授業だったなど信じられない話。7時を過ぎていたため学校に電話してみたが無人。もし本当にこうした授業だったら社会科教師としては大いに問題。両国の領土に絡む条約でも得撫以北が領土交渉の対象地。つまり国後択捉などは北海道の付属島との認識が両国にあった。千島の放棄は国際連合と訳すユナイテッドネイションが対象で帰属先は決まっていないとするのが筋。では千島の最終帰属先は。連合軍と交渉して日本に返還させるのが道理。樺太にせよ同様。それと北海道の一部@北方領土とは全く異なる話。おそらくこの先生は返還へ向けた国民の願いが耳に届いていないのか、かつての条文にあたってみえないのか。感違いなのか。いずれにせよ「北海道の一部」の意識になっていないようだ。これではいつまでたっても返還は無理でしょう。悔しいですが。

建国準備。岡崎の式次第の印刷や御即位30年奉祝記帳の用紙の確保など。昨日は4会場分の360セットの作成。今は冊子の印刷製本1000部の真っ最中。まだ到底終わりそうもない。しかし、明日中には作成完了と配達実施を成さねば。







Last updated  2019.02.06 22:26:09
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