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草莽の記    杉田謙一

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seimei杉田

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2019.02.24
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陛下と共に歩んできたこの30年。家を離れ、地元岡崎に帰ってきたのも同じ30年でしたので感慨もひとしおです。今は亡き父が私を勘当から解いたのも同じ年月。それまでは友を集めて、チャイナの台湾進攻の時にはいつでもはせ参じていくを決意して自衛隊員となったり、今思えばこうした平穏な時が来るなどと思ってもみなかった。改憲無くして日本の戦後体制は変わらないと必死でもあった。昭和天皇に対する仰慕の思いを持たれる圧倒的に多くの人々がみえたが多く泉下の人となられ、命がけの教育復興に命ささげられた方が沈黙をされ世を去られた。今上陛下に対して昭和天皇に対するがごとき恋闕の情を抱かれる人が出てくれるであろうか。いや皇室を守る責務を担うのは戦後生まれの我らしかないではないか。常に自問自答の日々であった。まだまだ日本人の感性は鈍麻したままであるのでしょうが、少なくとも清廉にして潔白なる大目標を常に示してくださったのは昭和天皇の御心を生き抜こうと御決意くださった両陛下でありました。華やかさや経済的豊かさをともすれば第一になされる諸外国の国王とは全く異なる気品ある皇室存在を維持くださった両陛下無くして日本人の良心は保ちえたのかと思えば答えは明らかでありましょう。

 陛下の30年のお姿を振り返るとき感慨も無量。今朝1時過ぎまで岡崎市内の中心街に陛下御即位30年奉祝の幟を掲げさせていただいた。東京に住む我が子家族も夫婦そろって仕事の休みをもらって帰ってきてくれた。昼中に林立する奉祝幟の写真を撮ってくれ、私の写真も撮ってくれた。親父の葬儀にはこれを使うよと。まあそれも良かろう。いやぜひそうして欲しいものだ。

市内の交番もすべて国旗が建てられていた。見事であります。10年前の御即位20年時には祝日でさえも交番には一本も国旗が建てられなかったことを思えば本当にうれしいことであります。本当は今日を祝日にしてくれなかったことが安倍内閣にクレームを付けたい一つなのですが。しかし警察官が率先して祝意を表してくださり、岡崎市役所も祝賀の記帳所を土日閉庁を覆してなしてくださったことなど、さらに記帳のトップには市長副市長はじめほぼ全員の市議の記帳を実現してくださったこと、感慨ぶかい物があります。また商店街も奉祝幟の掲揚に賛同くださったことなど、感謝あるのみです。

心新たに陛下の御代の残された2か月を深き国思う心を抱いて過ごしたきものです。

 







Last updated  2019.02.24 22:28:41
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