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草莽の記    杉田謙一

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seimei杉田

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2019.10.02
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ご母堂とうたう高徳有り難し

        君にあだなす覇者は必滅

時に范蠡無きにしもあらずと記したる

        高徳公の心うつくし

 

病と闘う友を見舞う

岡山ご出身の方。建国の講師送迎など国思う活動に多大なる活躍をしてくれている。病床にあってかかる歌を歌って逆に勇気づけられた。

 

尋常小学唱歌(卷六) 大正36

船坂(ふなさか)山や杉坂と
()あと慕いて院の庄
微衷(びちゅう)をいかで聞こえんと
桜の幹に十字の詩
「天勾践(こうせん)を空しゅうする莫(なか)
 時范蠡(はんれい)無きにしも非(あら)ず」

御心(みこころ)ならぬいでましに
御袖露けき朝戸出に
(ずん)じて笑()ますかしこさよ
桜の幹の十字の詩
「天勾践(こうせん)を空しゅうする莫(なか)
 時范蠡(はんれい)無きにしも非(あら)ず」

児島高徳
 南北朝時代の武将、備前の人。元弘の乱に隠岐に配流される後醍醐天皇を途中で奪おうとして失敗。後天皇が船上山に遷幸されるや、一族を率いてはせ参じた。

勾践(?~前465
 中国春秋時代の越国の王。呉の夫差と会稽山に戦い敗れて(会稽の恥)幽閉(494)された。忠臣范蠡はいろいろ苦心の末、勾践を救い出し再び呉と戦い(前477)夫差を自殺させた。(十八史略より)

後醍醐天皇を救出するため、宿舎に忍び込んだ児島高徳公は,警備の厳しさに救出をあきらめざるを得なかった。せめて自分が来た事をお知らせするため、桜の木にこの文字を記載されたのです。いずれ必ずやお助けもうしあげますので、気落ち成されずに志を曲げずにいてくださいとの思いを込めて。

 

昭和天皇への最大の無礼を働く確信犯諸氏に対する憤懣を語っていた際のこと。私よりずっと若いのに。かすれた声ながら立派にうたってくださったのだ。落ち込んでいては申し訳ないと痛感。

 

 家に帰って新田義貞公とともに足利と闘われた宇都宮泰藤公の碑文周辺を清掃していると名古屋からわざわざこの碑文を身にお越しになられた初老のかたがみえた。三河一向一揆の研究のため上和田城での大久保一族の戦いのことなどをお聞きになるのでわかる範囲で語る。同時に大久保一族の前の名は宇都宮。碑文に記載がある宇都宮泰藤公が新田義貞公の首を持ち帰り塚を築いて生涯守り通したことや、一向一揆で家康を守って倒れた土屋長吉の碑のことを語ると感慨深げに2つの碑の写真を撮っていかれた。

 

 歴史に興味を持たれる方が最近とみに多くなった気がする。歴史に恥じぬ三河男児の道を目指せと言われているような不思議な日であった。

 
 

 

 







Last updated  2019.10.02 00:41:34
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