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またもや出してはならないゴミがあるアパ¥とのゴミ収集場所に出ているので管理業者に電話して処置をお願いした。今日で会連続。4月の引っ越し者なのかもしれない。 朝家の椿の木を2本と千両の木を彫ん植え替えをする。畑を広げるため。根を傷めないように深く掘って植えたがおそらく成功したと思う。 町内の北の端の荒れ地が見事に駐車場として復活しているのを確認。これは大成功。市が設置したガードレールも撤去されており車の出し入れが可能となっていた。駐車場ての収入は占部用水さんとなるでしょうがこれも又良し。農業事業の足しになるわけですから。 今まで相当苦労して草取りをした場所であるが今月からは手を加えずともよくなったわけであります。といってもその清掃は今まで私一人がやっていたわけで、町民の手を借りていなかった場所。これは企画の勝利。遊休地の有効利用ができただけのことかもしれないが、私にとっては願ったりかなったりの大成果なのであります。5年前までは本来町の責務で掃除すべきところであっても、とても手を付けようもなく放置されており、近隣の住民の方にとってはイラつく土地であった。町がなすべしと何度も理解を求めたが対処案なく放置。よって私はここを責務感だけで清掃していた。それ~解放されるのだ。
その地の西の側溝部を清掃する。またもやゴミが捨ててある。側溝のふたがない場所。この側溝に蓋を蓋をつけれないものか。役員会に諮り合意を得られれば市に要請したいものであります。
先日清掃文体の件で総代とお話しして町をきれいにするきれいにするにはまず交差点での草やごみ・土の撤去などをなすことができないかを提言申し上げた。毎月、清掃の日を決めて皆さんにうごいていただくことも提言したがまずは交差点のクリーニングこれを町内の合意にまでもっていければとおもう。 毎月が無理ならば年一度でもやっは法が好ましい。
豊橋発の「ごみゼロ・530」運動がある。ならば草取りへ特化して「くさゼロ・930」運動を岡崎発の美化運動としてうたったらどうだろうか。2番煎じとはいえ、意識付けにはもってこいのネーミングではなかろうか。
昼からになってしまったが豊橋の大孝道場、御嶽社の碑群の清掃に行く。これはしっかりやれたが驚くことに碑を覆う草木のつるや、小枝などを取り去っているとなんと土に埋もれたお賽銭が何枚も。その一つは昭和45年鋳造の5円玉。ちょうど50年前でしかも三島森田両烈士の義挙の年のもの。庄平翁の自決からは25年たってはいる。
私が豊橋に住んでいた時には豊橋にて三島森田良烈士慰霊祭をなしていた。岡崎にもどってからは名古屋の慰霊祭に参加していたが10年ほど前からは参列できずにいる。 今年は何とかせよとの天のご遺志か。 友と諮ってみたいものである。
さて必死に清掃したがもう一日行かねばお祭りができるまでには至らない。日を改めていくしかない。 帰りて事務所の草取りとコンクリうち。夕刻から仕事。よく動いた日であった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2020.04.08 23:26:43
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