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草莽の記    杉田謙一

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2021.11.14
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カテゴリ:カテゴリ未分類

関口長太郎先生慰霊顕彰法要がいよいよ今日11月14日(日)12時半より西尾小学校敷地内の関口先生顕彰碑の前で開催されます

 2時からは場所を移して関口家の菩提寺盛願寺にて法要と講演・語りの買いがなされます。終了後も夕刻5時過ぎまで講師の李登輝友の会事務局長 柚原正敬先生や 語り「関口長太郎伝」を詠じてくださる田中ふみ枝先生、市長市議諸先生他魅力たっぷりの皆さんと親しく語りあう座談会が為されます、ぜひご参加ください、

入場無料です、会員も募集しています、

 

昨年までは磯貝さんが熱心に進めてくださったのですが現職教育委員のままお亡くなりになり今年は悲しみの中、残された者らで諸準備を進めてきました、磯貝さんの思いは、郷土の偉人の業績をしっかり受け継いで誇りある日本人を育てたいというもの、多くの人に感激を与えてみえた磯貝さんの姿は芝山巌教育そのものだったように思い返します。

立派な方が早死にされるのは本当につらいものです、

 

先ほど準備で両会場に行ってきました、横幕や縦幕などを設置、紙製ですので雨が降らなければ良いのですが、

 

以下印刷資料の一部を記載しておきます、

 

台湾教育芝山巌精神に殉じた教育烈士を思う

 

 文部省学務部長心得であった伊沢修二(元愛知師範

学長)は、初代の台湾総督の樺山資紀に、教育を最優

先すべきと具申し、六人の志ある人材を連れて台湾に

わたった。楫取(かとり)道明、関口長太郎、中島長

吉、桂金太郎、井原順之助、平井数馬の各先生である。

先生達は、台北市内、士林の芝山巌に学校を開設し教

育をはじめた。この六名が明治二九年正月、非命に倒

れられたのである。楫取先生は松陰先生の甥である、

 

 六先生の教育に対する情熱、精神は明治天皇の一視

同仁の教育実践そのものであり、多くの人々に感銘を

与えた。その精神は「芝山巌精神」と称され、人々の

間に語り継がれるようになった。

 

 昭和五年には芝山巌神社が創建され、六氏先生をは

じめとして、台湾教育に殉じた人々が、昭和八年まで

に三百三十人祀られた。そのうち、台湾人教育者は二

十四人を数えた。 また、「六氏先生の歌」がつくられ、

時の首相、伊藤博文揮毫による「学務官僚遭難之碑」

も建てられるなど、六氏先生の精神は台湾の学校教育

の原点となっていったのである。

 ところが、大東亜戦争後、台湾に乗り込んできた国

民党は、神社、石碑、日本人の墓を次々と破壊、この

碑も倒され、そのまま野ざらしにされた。

 

 しかし、李登輝政権の誕生、陳水扁台北市長の誕生と、

一連の台湾民主化の動きが進む中で、六氏先生の精神

を復権する動きも高まり、芝山巌学堂が開かれて満百

年にあたる平成七年には、芝山巌学堂の 後身である

士林国民小学校で、日本からも多くの卒業生、遺族、

教育関係者を迎え、開校百年記念祝賀式典が盛大に開

かれた。

また同年一月一日には、同小学校卒業生有志によって、

「六氏先生の墓」が新たに建て直され、その後さらに

「学務官僚遭難之碑」も再び建て直された。 

墓標の右側に「一八九六年卒」と没年を、左側には

建立者の名前として「一九九五年一月一日壱百周年紀

念士林国小校友会重修」と記されている。

 

 関口先生は西尾小学校の初代校長を務められた方。

先生の死を悲しみ小学校横に顕彰碑が建てられ、その

精神の気高さを同僚や後輩の教師達により顕彰されて

きた。しかし、時は移り残念ながら郷土では先生のご

業績がほとんど語られていなくなっていた。

先生のご生誕百五十年を期して有志相集い先生らの

慰霊顕彰を行うことにし、毎年開催とした。

ちなみに松陰先生の刑死は安政の大獄。1859年

で、この年の十一月十一日に関口先生はお生まれにな

られているので十一月の良き日を選んでの開催、

 

 この過程で本日の講師でみえます柚原先生が六氏先

生の靖国神社合同慰霊祭を開催して下さったり、現、

西尾市教育長が西尾翔校長として勤務されていた五年

前には学芸会にて小六生が初代校長の関口先生の劇を

演じたりして、芝山巌教育のすばらしさは世の多くの

方の知るところとなった、

今年は悲劇より百二十六年、かくも多くの皆さんが

お集まりくださり心より感謝いたします、

 さらに現地小学校との交流や西尾市と台湾行政区

との交流などを是非進めていきたいものです。

死をも恐れず教育を使命として生き抜かれた先生方

の気高い精神を我らの誇りとして世の為に尽くしたい

ものです

皆さんのお力添えを心よりお願いいたします、

 

 引用以上

 

日本人としていかなる生き方を目指すのか、深く考える良き機会となる

ことでしょう。よろしくおねがいします

 

 

 







Last updated  2021.11.14 00:30:35
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